ソムリエにインタビューした時、「知識で何とかなってしまうが、それが危うい」という言葉を聞いた。
その時、「あ、心理師と同じだ」と、筆者は思った。
カウンセラー(心理師)とソムリエ、2つの職業ほど、誤解があったり理解されていないものもないかもしれない。
その2つの仕事を知ると、どのように周囲から勘違いされているか、その中にいる人はどんな風に仕事をしているか
そして、2つの仕事の共通点のようなものも見えてくる。
共通点は、膨大な「専門知識」を使いながら、仕事としては「感性」を磨かないと成り立たないという点。
さらに、その専門知識を一般の人に「翻訳」する必要があるという点だと思う。
心理師の仕事は「カウンセリング」だと、多くの人は理解している。
しかし、ほとんどの仕事が「アセスメント」だと理解してはいない。
誰かの悩み相談に載るとき、心理師は心理学や精神医学など、人が悩みを抱えたときに必要となる多様な知識を使い
その人がどのような状態であるかを「見立て=アセスメント」するという作業を行う。
心理検査といえばわかりやすいが、それ以外にも様々な言語的・非言語的、または環境的な情報から
その人が抱える悩みを、心理学的な観点からカテゴライズし、どんな状態であるかの理解をしている。
この見立てに専門知識があることが心理師の心理師たるゆえんであり、
悩みを専門的に治療するための「心理療法」を実施できるのも心理師の特徴となる。
(公認心理師に適切なアセスメントや心理療法が可能か?という論点は他に譲りたい)
そして、アセスメントの結果を、一般の相談者に分かりやすく伝えるのも心理師の職務となる。
実は、心理師の仕事のもう一つはこの「翻訳」にあるのだが、その点もあまり知られていない。
例えば学校にいるスクールカウンセラー。彼らの仕事の一つは、医療機関や福祉施設などで行われた心理検査の結果や
診断結果を知り、それをどうやって受け止めながら、学校や家庭で活かすかについて悩んでいる保護者の相談に載ることが多い。
ここで行われるのは、医療や心理の専門知識の適切な「翻訳」である。
例えば医療機関にいる心理師。医師や看護師、作業療法士や社会福祉士など、多様な専門職が存在する。
患者はそれらのスタッフから、医療やら福祉やら、様々な領域の専門家から治療に必要な情報を得る。
だが、特に精神科領域の情報は患者の手に余るものが多い。
さらに、専門家同士もお互いの情報を適切に理解できていない場合もある。
心理師は、これらの専門的情報を分かりやく「翻訳」し、葛藤が生じないように潤滑油となる役割を求められる。
ここまでは心理師、ここからはソムリエの話。
(筆者がソムリエやワインエキスパートを持たない1素人という点は留意いただきたい)
ソムリエの仕事は、一般人がワインを選ぶ際、ワインに関する膨大な量の専門知識や情報を整理し、
飲み手の趣味嗜好について「理解=見立て」をしながら、適したワインを「選考」することも大きな仕事となる。
ワインに関する専門知識は膨大となり、そのまま専門用語の通りに伝えると一般人は混乱してしまう。
つまり、以下に分かりやすい言葉で「翻訳」して伝えるかが、ソムリエの真骨頂となる。
次に、心理師とソムリエの共通点の話。
心理師とソムリエの共通点は、膨大な専門知識や情報を「翻訳」して、分かりやすく伝える、という点になる。
専門用語をわかりやすく伝えるために必要な要素は何か?
それは、相手の理解度を「見立てる」ことが重要になる。
どのような言葉を使えばどこまで伝わるのか、その専門用語が相手にとってはどれくらい理解されているか。
伝える相手の理解度を見立て、適切な言葉を工夫しながら会話を展開しなければならない。
ただし、注意点がある。
相手の理解度だけ、見立てればよいのか?
それは違う。
相手の「思い」を受け取る必要がある。
心理師なら、相手がどのように悩みを抱いているかという「思い」
ソムリエなら、相手がどのようにそのワインを求めているかという「思い」
専門用語をわかりやすく伝えるには、その目的である「思い」が重要である。
そして、その思いを「適切に・的を得て」捉えることが、特に難しい。
心理師には、3つの重要な基本的態度がある。
相手の思いをありのまま受け止める「受容」
自分のことのように相手の思いを感じる「共感」
そして、自分の気持ちにも正直であるという「自己一致」
相手がどんな思いで悩みを抱えているのか、その本質について深く理解するため
心理師はこの態度を大事にする。
一方、知識に頼った心理師は、この姿勢を崩して相手の問題をカテゴライズすることに編住する。
(この人はどうやら「発達障害だ」、「人格障害だ」などである。)
しかし、もし精神疾患であったとしても、その人がどんな風に人生を生きてい行きたいのか
その病気を抱えるまでにどんな人生を歩み、どう苦しんできて、どうしていきたいのか。
その「思い」の本質を捉えられなければ、心理的な用語に当てはめてしまうことで
無駄どころか悩みをより強固にする手助けをしてしまいかねない。
ソムリエの場合はどうか。
ソムリエが捉えるべき思いの本質は、むしろ飲み手より「作り手」かもしれない。
そのワインがどのような哲学や背景で生まれてきているのか
もちろん知識的に理解できるものもあるが、「感覚的」に理解するワインの本質がある。
感動を覚えるレベルのワインには、分かりやすくそれがある。
そして、どのワインにも背景や想いがある。
だからこそ、ワインがもつ本質的な何かについて受け入れながら、
己の感性を最大限に発揮し、その本質を伝えることこそ、
ソムリエの仕事なのではないか。
我々は真摯でなければいけない。ワインも、人の悩みも
どこかに本質的に受け止めようとする感性がなければ、すぐに何かを見失う。
それは、この2つの仕事以外にも通じるものがあるのではないだろうか?