余命宣告をうけた友からの電話
他県に住んでいる私の友達は6年前のある日、体調不良のため検査をしていた病院で両肺に原発不明の癌が見つかった。両肺の他にも、副腎やリンパ、肝臓などにも癌が見つかり、余命半年の宣告まで受けていた。離婚後,幼かった3人の息子さんを立派に育て上げた彼女は、子供たちが巣立った後、年老いた両親と3人で暮らしていた。定年を迎え、ゆっくりと今後の人生を見つめ直そうとしていた時期だった。彼女の父親は学校の校長まで務めた厳格な教育者だったため、気難しいところがあり大変だとよくこぼしていた。それでも母親が認知症になってからは、父親が母の世話を焼いてくれるので病身の彼女にとってはとても助かっていると言っていた。しかしそれもつかの間、その父親が急逝したことで介護は病弱で入退院を繰り返す彼女に全て圧し掛かってきた。6年という長い年月、化学療法を続けながら一方では親の介護を続けて生きた彼女行政から受けられる支援は何も無かったという。それでも「余命半年と言われた私がもう6年も生きているのよ。不思議ね。」と事も無げに笑った。普段はおっとりしていて物静かな彼女の芯の強さやその精神力にいつも感服していた。以前から彼女とは月に1度のペースで、互いの近況を報告し合っていたが、それは彼女の病状や生存確認の意味もあった。昨年、夫が胃癌を患った時も彼女が一番の相談相手であり、理解者であるとともに夫の生きる道しるべとなった。彼女から掛けられる言葉には経験した者にしか分からない強いパワーとメッセージがあった。そんな彼女と昨日、久しぶりに電話で話した。以前よりも大分擦れて聞き取りにくくなった声にこれまでにない不安を覚えた。「話すの辛かったら無理しないで電話を切ってね。」と言うと「もしかしたらこれが最後になるかも知れないからちゃんとお話したい」という彼女じつは数日前に主治医から癌が大きくなりすぎて治療方法が尽たと言われてしまったらしい。このまま治療をせずに生きて余命は3ヶ月・・とのこと。それでも彼女は生きる事を諦めてはいなかった。来週の火曜日から最終手段の抗がん剤治療を受けることにしたそうだ。「昨日ね、入院のためのPCR検査を受けてきたのよ」その抗がん剤は強い副作用で腸に穴が開くかもしれないと言われたが、何もやらないよりはやったほうが良いからとの判断らしい。長い期間、化学療法を続けてきた者にとっては、何も治療しないほうが不安が大きいみたいだ。「もしかしたらそのまま退院できないかもしれないから私の声を聞きたかった」と言う彼女私はこれまで彼女から受けたすべての事に対する感謝と敬意を会話に交えながら話をした。でも私はこれが最後だなんて思わない。また1ヶ月後に連絡するから、その時は元気に電話に出て欲しいとお願いして電話を切った。どうか神様、悲しみが癒えない私から親友を取り上げないで下さい。