時々、

うちの子は、ゲームばかり!

とか

ネットばかり!

という嘆きが聞こえてきます。

不登校の場合、学校にも行かないで、

というのが頭につくことも

 

そんなに、ダメ…かなあ?

 

次女は「あらゆることは、youtubeが教えてくれた」と

魚をおろし、いろいろな料理をしたり、

驚くほどマニアックなことを知ってたりします。

長女の豊富な美容知識は、ネットで培ったもの。

 

好きなものが言えるうちはいい

何が好きだったのかもわからなくなってた時よりも

 

そう思って、ゲームもネットも制限しませんでした。

(SNSだけは、いろいろな事件やケースを踏まえて、

十分に気を付けなくてはならないと教えましたが)

そして、すごい勢いで、

自分の好きなことを吸収していきました。

もともと知識欲が強かったというのも、

一役買ったのかもしれませんが、

つらい時、笑うことも許されないと思っていた

不登校の子どもだった二人に、

好きなことを諦めたり、我慢したり、

楽しんじゃいけないと思ったりなんか、

しなくていいってことを全力で伝えてきた。

 

ただ、

親として、そのゲームやり放題・ネットし放題を

許し、見ているだけでいい、

というわけじゃないと言うのも、

私の考えの中にはありました。

 

子がたくさんの知識に触れ、

その中から興味を持てるものと出会ったのであれば、

それに必要な道具や知識の扉に手が届くように

導く必要があると思っていたからです。

すぐやめてしまってもいいから、

なんでも体験するように提案しました。

 

いくら魚をさばく方法が面白いと思ったって、

魚や包丁を与えなかったら。

美容に興味があると言っても、

実際にどこで手に入れ、

化粧品には、どんなものがあるのかを知る方法を

知らなければ、

それはただ「動画で見ただけ」「ネットで見ただけ」

で終わってしまってたかもしれません。

 

そして、できれば親も一緒にやる。

 

最初は、きっと親の方がいろいろなことを

上手にできるでしょう。

一応「先人」だから。

 

そして、

次に親は、「子に負けてあげる事」が必要になってくる。

親が永遠に壁になってたり、強い親でいることは、

子の達成感や到達、そしてその後の伸びしろを

潰してしまうことにつながるから。

 

親は無敵ではなく、

超えられない壁なんかではなく、

親はいつか老い、

自分はその背を追い越してしまうんだということ。

親も人であること。

それを知らせるのです。

 

子が大人になるために。

親から巣立つために。

親が子を認めていることをはっきり示すことで、

子は、自信を取り戻し、さらにその先へと育っていく。

 

ネットやゲームはまだまだ「遊び」という反応が

多いですが、そんな大人から見た「遊び」に、

親も一緒にやること、

そして、親が子に負けることが、必要だと思うのです。

鳥栖市いじめ裁判のZoom集会参加しました。
Zoomでは、裁判所の判決を元に、

先生方がとても分かりやすく説明しておられました。

 

いじめ被害が、いじめの定義に基づいて認定されたことや、

加害者らの責任が認められたにもかかわらず、

学校に対しては、何故責任が認められなかったのか。

 

危害が加えられるようなことが起きないように、

安全配慮義務を負っていることや

文科省からの通知も提示しつつ、

未然に防止するために、適切な処置を講じるべき

「職務上の義務」を負っていることも

裁判所は判決文に書いているのにもかかわらずです。

 

予想どうりでもありますが、

「教員がいじめを認識できたか否か」

 

認定されたいじめ行為を教員らが目撃していたにも関わらず、

教員らがいじめを認識していた、

認識することができたとは認められない。

なので、安全配慮義務違反があったとは、

認められない、ということでした。

 

教員がいじめだと認識できなかったから責任はない、となれば、

その認識をなにで判断するのでしょうか?

過去にも、プロレス技をかけられるという暴力行為を受け、

死を選んだ子どもたちもいるのに、

目の前でプロレス技をかけられてる生徒を見ていながら

認識できなかったから、責任を問えないですね、

という判決を受け入れることは、できないのではないでしょうか?

 

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和威さんは、

心を絞り、

思い出したくもない記憶、

忘れたいけど忘れられないいじめ、

そのつらさ

同じように苦しんでいる子がいることを、

言葉にしようと一生懸命に話してくれました。


一生懸命に話す姿も、

言葉も、

怖いことも、

つらいことも、

感情があった自分と、

被害が続くにつれ、壊され、感じない、動かない心になった

自分の対比

長女の姿、言っていた事とほとんど同じでした。



長く苦しむ長女の言葉を繰り返し聞いてきた私ですが、

和威さんが顔を出してまでも、社会に伝えようとしている

その行動の原動力は、

未来に向けた再発防止への強い思いだと感じました。

 

事件、事故発生において、
その事件・事故を回避できるポイントというのが必ずあって、

そこには、少なからず「人が犯した過ち」があります。

 

長女の言葉を借りるとすれば、

 

「二度と起きないようにして欲しい」

という再発防止への気持ちは、

自分のつらいこの経験が、

今後良い方向にいくきっかけとなってくれたなら、

自分がされた事を納得はできないけれど、

『報われる』

 

そんな哀しい話がありますか?

 

家族が、和威さんについても語ってくれました。

ずっと、見てきた家族の声は、本当に胸が痛いことばかりです。
あの日につながるものすべてを遠ざけなければならない。

それでも、何かがきっかけでもなく、

突然起きるフラッシュバック。

いつ、家族の命が消えてしまうかもしれない恐怖。

もしかしたら、ここまで読んでくれた皆さんは、

この消えてしまう命とは、

和威さんのことと想像したかもしれませんが、

消えてしまう家族は、

和威君かもしれないし、

妹さんかもしれないし、お父さん、お母さんかもしれないんですよ。

いつもと変わりない日々だったのに、

家族が誰ひとり欠けませんようにと祈りながら生きる。

そんな生活に変えられてしまった。

 

四角(4人家族)が三角(3人家族)に
三角(3人家族)が線(2人家族)に

線(2人家族)が点(1人)に

和威さんのお母さんが話していた言葉です。

 

そんな思いを、家族だけで乗り越えろなんて、

私は、させたくないです。

 

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現在、高裁判決を受けて、最高裁判所へ上告中のこの裁判。
いじめはあった、被害はあったと認めながらも、

学校はいじめだと認識していなかった

だから、その責任はないとするこの判決を

受け入れてしまっては、

 

知らなかった、

そんなつもりはなかった、

いじめだと思わなかった

 

と言って、いじめ対応をしない理由になりかねません。


どうか署名活動をご検討ください。
オンライン署名

 

 


署名用紙を印刷して使用する場合は、全国学校事故・事件を語る会に署名用紙のリンクがあります。
全国学校事故・事件を語る会

 

 

長女さんは、いまも高校の時の担任の先生と

連絡を取ってる。

もちろん、会いに行くこともある。

厳しいことを言う面もあった。

だけど、いつだって正しかったし、

本気で向き合ってくれた。

そう、長女は言う。

 

次女さんも、いまも中学の時の先生方に

会いに行く。

時には、中学時代の同級生たちが

互いに連絡を取り合って、

みんなで担任の先生に会いに行く。

 

生徒が、間違えて「おかん~」って呼んじゃうほど

生徒から慕われてた担任の先生は、

厳しい時はいつだって正しかったし、

優しい時はいつも真剣だった。

 

娘二人は、どちらも小学校から不登校だったし、

先生の言動で不登校になった部分もある。

だけど、先生を一括りにはしない。

 

ひとりひとり、個人をみることが大事。

人をみる事。

娘達に、常に伝えていたことだ。

 

 

次女の高校では、

お世話になった人に手紙を書く授業があった。

次女は迷わず、中学の時の担任の先生に

手紙を書いた。

以来、節目の便りが、次女と担任の間で行き交う。

 

どの先生にも、裏の顔はあるだろう。

良くも悪くも、人間らしい「裏」が。

めんどくさそうにしたり

悪口を言ったり

噂話をしたり

自己保身に走ったり

いじめを見ても、その場を立ち去ったり

都合よく、言った言葉を忘れたり

謝罪した事実すらも忘れたり

嘘をついたり

 

娘たちの恩師は、

人間の醜悪な部分の「裏」を

見せない先生だった。

 

信頼は、積み重ねた上にある。

佐賀県鳥栖市の中学校で起きたいじめ事件。
鳥栖市の中学校に通っていた佐藤和威さんは、

中学1年生だった2012年に、

同級生らからいじめを受け、PTSDになったとして、

いじめ加害者ら同級生8人と、

鳥栖市などに損害賠償を求めて訴えを起こしました。
 

高裁判決の不当に対し、補充書面を提出するなどをし、

現在、最高裁へ上告中です。

 

【高裁判決の不当性】

これを、広く理解していただくべく、

zoomによる集会が開催されます。

 

日時:5/21(土) 午後3時から5時

 

参加方法は、changeorgの署名活動ページにある

メールアドレスからできます。

合わせて、署名活動についても、

お読みいただければ幸いです。

https://chng.it/8frvzytj

 

 

いじめ裁判経験者として 

 

いじめ裁判では、

保護者が代わりに報道会見することはあっても、

原告自ら法廷に立ち、報道の前に実名・顔出しをしてまで

訴えることは、これまではほぼなかったと思います。

なぜなら、

いじめ後遺症を抱える被害者は、思いがあっても、

自分のつらさを訴えたいと思っても、

人前に出る、当時の経験を話す、

そのこと自体が病状を悪化させます。

立ちたいと願い、立つと決めても、できなかったりします。
(長女がそうでした)

 

彼は、それでも立ちました。

実名・顔を出してまで、社会に対しても訴え続けています。

 

でも、決して「もう大丈夫」、だからではありません。

 

自分と同じ被害者がこれ以上出て欲しくない。

苦しんでいる被害者が、救われて欲しい。

ずっとそう願いながら戦い、何度も倒れ、

何度も苦しみながら、いまも戦っています。

 

原告はいじめの様態を、エアガンで撃たれる、

刃物を首や顔に突き付けられる、

現金を奪われるなどの被害を受けたことを訴えました。

 

被告である加害者らは、プロレスごっこ、ちょっかい、

そして、お金は挙げると言われてもらったと言い、

学校は、それらが発覚した当時はいじめを認めていたが、

裁判では、悪ふざけ、ちょっかいにあたる

「軽微なもの」と、いじめを認めず、

市や学校の責任はないと主張しています。

 

裁判所の判決 

 

地裁は、一部の加害者に不法行為を認めたものの、

男子中学生の格闘技を真似た遊びは珍しくなく、

一定の苦痛を受けることを承諾していたと言える

としました。

また、市に対しては、

教員がいじめを認識してたとも、

認識していなかったとも認められない

として、責任を認めませんでした。

 

裁判においては、原告が立証しなければならない。

裁判前に、学校がいじめと認めていたので、

当然ながら、こうした学校側の発言は、

証拠として提出されているはずです。

それでも、裁判所が

「あったともなかったとも言えない」

と判断したのはなぜでしょうか?

特に理由を明確にされずに、

主張が認められないことがあるのは、

自身の経験からもあることですが、

いじめを認識していたかどうかは、

認識できず、対応できなかったのか、

認識していながら、対応してなかったのかという差があり、

原告側としては大きな点であるにもかかわらず、

あいまいなまま責任はないと言う判決を出したのには、

驚きました。

 

高裁では、加害者である被告5人に対して、

暴力や金銭要求などの継続的な加害行為を加えていた

と認め、他の3人は、継続的とは認められないが、

いじめに当たる。

プロレスごっこについても、

悪ふざけ、軽微なものしかなかったとは考え難く、

社会通念上許されるとか、不法行為が成立しないことに

なるとは解されない

として、加害者ら被告8人全員の責任を認めた一方、

市への訴えについては、

加害行為を複数回見ていたことは認められたものの、

いじめが行われていることをうかがわせるものとは

認められない

として、地裁判決同様に、責任を認めませんでした。

加害者らの責任を認める一方で、

医師4人が認めたPTSDも認められませんでした。

現在、原告は高裁判決に対し、最高裁に上告手続をし、

補充の書面を出すなどして、高裁判決の破棄差し戻しを

目指しています。

 

佐藤さんが求めている

 

自分と同じ被害者がこれ以上出て欲しくない。

苦しんでいる被害者が、救われて欲しい。

 

そこにつなげるために、

ぜひ、zoom集会で、お話を聞いてください。

久々にここをひらいた。

明けてなかった理由は・・・ない。

なんとなく、

PCを開いても、動画を流しながら寝落ちて、

気が付いたら朝だから、支度して仕事に行って。

 

このご時世、どこかに行くとかもなくて、

平日は、職場と家の往復。

土日は、友人宅の庭仕事。

それから、0時前就寝がふえたなあ。

 

かといって、健康的になったとかもなく、

喘息の強い発作を起こしてたのだけど、

ご時世柄、肩身が狭かった。

心にも、自分でどうにもできない重いなにかがあって、

本も読まず、

ゲームもせず、

あんなに好きな編み物をする時間も取っていない。

その上、学校や教育委員会の人から投げつけられた言葉に

息が詰まる思いをしたあの頃を思い出したり、

夢に見たり。

 

義母との別れも、結構きつかったから、

時折、思い出しては、何も孝行できなかった申し訳なさが

いつまでもいつまでもわいてくる。

 

有難い事に、

それでも桜は咲き、

次女も大学が始まり、

長女も無事誕生日を迎えた。

働くところもある。

 

ゆっくり

浮上できるまで、漂うように生きるか。