さて、ブログでライブのこと書くのも久しぶりですが

(いつもはTwitterで垂れ流してるので)

まとめて書いたほうがいいかなと思ってブログにしております

というわけで行ってきました

 

坂本真綾「IDS!EVENT 2018 “STAND UP!”」東京1日目夜

 

です。

 

10数年ぶりのオールスタンディングでのライブ開催、ということでしたね

自分は最前ブロックいちばん下手側の2列目、いい位置で観ることができました

ライブ前に暇つぶし用のナレーション流すとか気を使ってるなぁ、とw

そしてライブ中も舞台上をいつも以上に右へ左へ動く動く

久しぶりに近くで生真綾を観れた気がする

Twitterでも言ったけど、ほんとショートカットかわいいよね。。。

後ろからの感じがとてもよかった、美しい、本当に美しかった

 

でもって曲は最初アッパー、そのあとミディアム~しっとり、最後アッパー、みたいな流れ

新しい曲をやりたいんだろうなたくさん、という感じもしたが、よかったんじゃないかなとは思う

なによりもEncoreでユッカが聴けるとは思わなかった

自分が真綾を初めて知った曲である、ユッカ

いまでもすごく好きな曲、武道館giftでも聴けたけど、やっぱりとてもよかった

 

さて、こっからはちょっと今回のライブで思ったこと

今回のライブ、オルスタ超楽しかった~最高~!の人は読まなくていいと思います

そういうこと書くので

あと自分は東京1日目の夜だけ参加です、他の回が違っていたらそれはそれでいいと思うと先に断っておきます

 

今回は坂本真綾も何度も言っていたが「10数年ぶりのオールスタンディング」であった

FCイベはアコースティックで着席、という流れができていたところで坂本真綾は「オルスタ」にした

なかなかにチャレンジングなことだとは思う

とはいえ、通常のライブは席指定はあるものの、ライブがはじまればみんなほぼ立つわけでね

「立って真綾のライブを観る」というのはいままでも普通なわけだ、でも今回はこの「オルスタだ!」だったわけです

FCイベという限定はあるものの「オルスタでやる」というのは真綾としてはすごく「いつもと違う」という決断であろう

別にZeppで席を並べてやっても、アコースティックでなくバンドで、そしてバンマス北川勝利でやればみんな立つだろう、のに、

「オルスタ」なのである

 

だからこそ自分は真綾ライブではいつもはしないシリコンバンドをつけ、手を上げ、高い位置でクラップをした

声も出したわ、「ひゅー」って久しぶりに言ったわw

そういう風に今回を楽しんできた、だから楽しかった

 

他の人達はどうだったのだろう

どうでしたか、坂本真綾が私達に出してきた「10数年やらなかったオルスタの坂本真綾ライブ」は

自分はステージ近くの前の方にいたからお客さん側全体は見えていない

ただ、自分が見た舞台上の坂本真綾を観る人の多くが「席があるときに立っている坂本真綾のライブ」と同じに見えた

あの曲とあの曲だけで手の振りをし、クラップもいつもと変わらない感じ、だった、ように、見えた

そう、いつものFCイベとは違うが、いつもと同じ「坂本真綾のライブ」だったように思った

ライブがはじまる前、アンコール待ちの間に座ることができない、入場してから開演まで立って待つのが長いだけの

坂本真綾のライブ(自由席)だったかな

 

どういう楽しみ方が正解か、なんてのはわかんないし決められない

でも、いつもと違う形式だったことは事実である

その「いつもと違う」を身体で感じられたかな、って、思ったんだわ

だから思った、

「いつもと違うオールスタンディングでのライブをやりたいと言った坂本真綾に、彼女に、舞台の上からの最高の景色、見たかった私達の景色を見せることはできたのだろうか」と

私はもちろん坂本真綾ではないから答えはわからない

ただ、これが坂本真綾が求めていた景色だったのだとしたら、次にオルスタがあれば自分は多分いつもと同じライブとして観ようと思う

そう思ったライブだったな、と

 

他の回がもしかしたら自分が考えるような回だったかもしれないからそこもわからない

でも自分から見た感じはこうだった、というだけのこと

 

最後に

「真綾さん、私達はあなたの速度についていけてますか?」

真綾さん、私達はオールスタンディングのLIVEをやりたいと言ったあなたに舞台の上から最高の景色をみせられま

したか?」

この前Liveに行ったナナシス、そういやナナシス関連の歌でまだ書いたことはなかったなぁ、と

そんな中でゲーム内イベントでピックアップされた曲、聴いてて「あああああああー、好き」ってなった曲がある

だからそれで書いてみようと思う

Le☆S☆Ca「ひまわりのストーリー」、最近ずっとこればっか聴いてるんだけど、

すごくいいんだけど、すごく好きだし、なんか聴いてると泣きそうになるくらいなんだけど、

難しい。。。難しいんだよ、ストーリーが。。。

でも、とりあえず書きたいから書く、それだけ。

 

Le☆S☆Ca「ひまわりのストーリー」

https://www.uta-net.com/song/251875/

 

さて、最初に言っておこうと思うけど、いつも自分の場合は「好きな歌詞」の曲は聴いてて頭の中に映像が出てくるんだわ

PVとかではなく、その曲と歌詞の世界のイメージが映像化されることが多い

抽象的だったり、具体的だったり、もうそれは千差万別で、でも、映像が出てくる

んだけど、この曲に関してはどうしてもその映像がうまく定まってない

逆に言えば「定まらない」曲なのかもしれない、そういうのは自分にしてはすごく珍しい

あまりお気に入りにならなかった曲は映像なんざ出てこないんだが、好きなのに出てこない

それだけこの歌詞ってすごく不安定で、隙間が多くて、捉え方が多いのだろう

だから本当は自分も「あんまりこうだろうと解釈を自分の中で固めたくない」のかもしれない

でも、ちょっと「こんな見方もいいかな」と思ったところがあるので書こうと思った

なので、「何いってんだこいつ」という視点だと思うのでまぁあんま期待しないでください

 

さて、Le☆S☆Caである

ナナシス曲もどっかで書こうと思っていた、けど最初は777☆SISTERSかSiSHだろうと思ってたのにLe☆S☆Caである

それはまぁいいや、SiSH推しでスイ推しだけどレナもかわいいからいいや、いいね、いい

 

この曲を聴いてまず最初に思ったのは一人称が「僕」なこと

いままでのLe☆S☆Caは一人称は「わたし」だった、それが今回「僕」になった

Le☆S☆Caのコンセプトって「十代の甘酸っぱい青春の日々」だから「僕」はある意味でぴったりなんだけど、

なぜかいままでは「わたし」だけを使っていたんだよね

今回なぜ「僕」という一人称を選んだんだろう、というのが最初の素直な疑問だった

考えた、そしてこれ「僕」じゃなきゃだめだったんだわ

はっきりいう、この歌を一義的には「恋愛」で、と恋愛の歌と捉えてる考察があるけど、違うと思う

「キミはいつかの少年 頬濡らして旅に出ようと靴を磨いた」

「キミ」は少年、そして一人称は「僕」、BLでないなら恋愛ではない、というかBLじゃないよねこれw

BLだったらごめん、恋愛で合ってるw けど、他の考察では多分BLとは捉えてないはず

「ボクっ娘かな?」いやー、Le☆S☆Caだよ、スイじゃないんだよ

となると、、、この曲なんなんだ、ってなるわけで

 

Le☆S☆Caはタンポポ、トワイライト、Behind Moonと恋愛の歌を多く歌ってるからそう考えるのもわかるけど、

今回は一人称の「僕」と二人称の「キミ」の関係を考えなければならない

さぁこっからお得意の妄想文学的読み解きタイムです

(言語学的考察を最近捨てている気がするけど、まぁ勘弁してください)

 

僕とキミというわかりやすい2人がいて、青空とかひまわりとかわかりやすい風景がある

それなのに頭の中に映像が出てこない、そこが引っかかっていた

そう「視点が定まらない」んだ、この曲。

その中でふと思ったことがあって、その視点で考えたら自分の中で収まった

この一人称の「僕」、多分、「人」じゃない

なぜだろう、そう思って読んだらなんかイケる気がした

考えたきっかけは数箇所ある

まず、「キミ」が「僕」を認識していると読める歌詞がまったくない、「キミ」から「僕」へのアプローチがないんだわ

この歌、「僕」が「キミ」をただずっと見ている歌なんだ、「キミ」から「僕」へのなにか、は「ない」

「真っ白な世界の片隅で【いつのまにか】キスをしよう」

いつのまにか、なんだ、キミは気づいてない、認識されてないと思う、キミから僕は

そして歌の最後の部分、これなんだわ、歌詞カードには書いてないけど、この言葉が大きかった

「Everything your story」 すべては「キミ」の物語

僕とキミの物語じゃない、「キミ」の物語

 

さて、ではこの「僕」って一体なんだろう、考えるよね

そこでこの1節

「キミはいつかの少年 頬濡らして旅に出ようと靴を磨いた」

「もう一度 翔ぶ気なら 青空まで連れてってあげる」

ああ、わかった、、、この「僕」、、、「キミの夢を叶える翼」だ、キミの中にある夢とか希望とかへ向かう翼、そのメタファーだ

ここで意味がわからなかった歌詞がふっと解けた

 

「握りしめた切符を 上手に隠してきたから 周り道をしたけど これだけは間違いじゃない」

「僕」はキミの「夢」を叶えられる切符を隠してきた、いつでも渡せるし、キミに渡したかった夢への切符を、隠してきた

「いま渡しちゃダメだ、まだダメだ」と成長を促してきた、周り道をさせた、いっぱい周り道をさせた

そうやってキミは成長した、キミは「ひまわり」になった、そうだから言えるんだ「これだけは間違いじゃない」

 

「飾りのない言葉をリュックに詰め込んできたから」

「キミの笑顔と涙でポケットが溢れているから」

このあとに僕はキミに「キス」をする、今までの経験や成長を信じて、それを教えてあげる

こんなにできるんだよ、こんなにやってきたんだよ、まだ大丈夫、やれる、キミの背中に、僕が、ついてあげる

キミの背中に僕という翼がくっつくことを「キス」で表現しているのだろう

 

「キミはいつも笑って ジョークを言って 木漏れ日の中 猫みたいに 真実をくれるから かわりに僕のすべてをあげる」

キミの翼でよかった、周り道させたのも間違えてなかった、いつも素直で真実をくれる

だから、一緒に翔び上がる準備はできた、いこう、空へ、ってことだ

「約束だよ どこにだって行かないよ ふたりで行くんだ」

ようやく一緒にいける、もう隠れたりしない、キミの背中の翼に僕がなる、そういうことだね

 

そして最後

「雨の日だって 曇りでだって キミを【見つける】ことを選んだ」

「光に向かって綺麗に咲いた キミだけをいま【見つめてる】」

キミが諦めないでがんばって、泣いて笑って、ここまできたから、僕は翼になれた

キミの夢でよかった、僕がキミの夢への翼でよかった、そういう「僕」なんだな

 

あー、やべーなこの歌詞、やべー

 

そして思った、この歌、、、「YELLOW」の視点が違う歌だ

成長の歌、翼で空へ翔び上がる歌

YELLOWが仲間と自分の視点だとすれば、これはその「翼」の視点の歌だともいえる

夢を諦めかけた少年を「よくやったね、ここからは僕も協力できる、翔ぼう」って、今までの努力と経験と成長が「翼になって応援する」歌

そして、「キミ」の夢が叶う瞬間、キミの背中に翼がついて、大空に羽ばたく瞬間の歌だ

もう翔べる、だから「大空にためらいも後悔も放り出してしまおう」なんだな

はぁ、なんか書いててまとまった、ありがとう、映像出てきたわw

すごいな、すごい、この歌

 

そう思うとこの歌、「翼」という言葉は出てこない、翼が僕だからだ

そして「僕」が漢字で「キミ」がカタカナなのもこの「存在してる次元の差」だと思う

 

あと書き忘れてた、引っかかってたもうひとつもあった

「風を掴んで 夢を刻んで 大人になんかなるなよだって」の「だって」のとこ

「あれ、ここって「なんて」じゃないんだ、「だって」なんだ」って思った

でもいいんだ、翼が言ってるんだ、この「だって」は次のパラグラフへのつなぎでいいんだ

これも「なんて」だとキミから僕のアプローチになるけどそうしてないんだね、と

 

最終的にまとめるとこの歌はナナスタというものの歌ともいえる

つい最近、ナナスタシスターズにはCi+LUSというユニットができた、CASQUETTE'Sもできた

新しいユニットができることもまた発表された

Le☆S☆Caはもう末っ子妹じゃない、お姉さんになった

だから、後輩を、妹たちを引っ張っていかなきゃならない、そういう決意、そういう歌なんだろう

「いつかの少年」の「いつか」、それはLe☆S☆Caだ、「キミ」は、これからも出てくるであろう後輩たちだ

だから楽しさもつらさも悔しさもうれしさも全部、わかってる、

「もう一度翔ぶ気なら【青空】まで連れてってあげる」

一緒にあのステージへ行こう、自分たちLe☆S☆Caのこれまでと、「キミ」たち後輩への応援歌、なんだ

ああ、なんていうすごい歌だ。。。こりゃ考える必要もなく直感的に「いい」と思うわけだ

 

というわけで、Le☆S☆Caかっこいい、ますます好きになる

ひまわりのストーリーいい歌なので聴いてくださいw

以上、最後宣伝でした

さて、この前に逆光でちょっと文学方面に走ったのですが、読んでみたらまぁすごいという歌詞がまたあったので
せっかくなので書こうと思う
んだが、まだ頭の中で練りきれてない部分があるので微妙になるかもだと思うが、書いとこう

星野源「アイデア」
http://j-lyric.net/artist/a0512cf/l0484bd.html

星野源、アイデアである
朝ドラをたまーにみるんだがそこで流れてる部分はよく聴いていた
今日、2番を歌詞を見ながら聴いたらなかなかすごい歌詞だ、と思って書きたくなった
だから配信サイトですぐ買ったw
なので知識はこの歌詞とちょいちょいみる朝ドラというバックグラウンドのみである
まぁ勝手に妄想して書いていると思ってくれればいいので、この歌詞の本当のメッセージみたいなのとは多分違うだろう
という感じで、曲を聴きながら書いていこうと思う

歌詞の構成でいうと、1番が表(オープンサイド)で2番が裏(クローズドサイド)という感じ
ぱっと聴くと「陽(ポジティブ)」と「陰(ネガティブ)」、と言ってもいいかと思うがちょっと違う、あくまでオープンとクローズドである
明るいと暗いという対比ではない、これはあくまで両面のあるものを「どちらから見たか」だけだろう
1番を「陽」とするなら、涙も哀しみもいらない、ただ、1番には涙も哀しみも存在するのだ
歌詞にはないが、2番の内にも「笑顔」だったりがあってもいいはずだ
ここは、あくまでオープンとクローズドと考えたい

さて、ちょっと今までとは違った書き方をする
なぜか、そうじゃないと書けないからだ、順を追ってストーリーが進むはっきりした歌だからだ


「おはよう世の中 夢を連れて繰り返した 湯気には生活のメロディ」
これは日常、いつもの日常、湯気にもメロディがある、っていうのはいいね

「鶏の歌声も 線路 風の話し声も すべてはモノラルのメロディ」
湯気からの続き、鶏の声も線路の音も風の話し声もメロディ
ただ、ここのポイントは「モノラル」という表現
モノラルの対は「ステレオ」である、そう両方から別に聴こえるステレオではなくひとつの「モノラル」
朝ドラ主人公の鈴愛は片耳が聞こえない、ということもあるだろう、そこだと思うがそんなに簡単だろうか
これって「基をたどれば音の出どころってそれぞれ1つで、これを複合させてステレオと思ってるのは人の聞き方だけ」ということかな
「それぞれが奏でる音ってのはステレオになんかなってない、モノラル、というか、1つ1つなんだ」ということだろう
1個1個の出す音はすべてがメロディ、そう、合わさる前の音はもうそれだけで素敵なメロディーである、ということかな、と思う

「涙零れる音は 咲いた花が弾く雨音 哀しみに青空を」
これはわかりやすい比喩だと思う、涙零れる音=咲いた花が弾く雨音、そう雨音をなくすには、、、青空が必要
哀しみには青空が必要なんだ、と、とても素直な感じ

「つづく日々の道の先を 塞ぐ影にアイデアを 雨の音で歌を歌おう すべて越えて届け」
「つづく日々を奏でる人へ すべて越えて届け」
とさっき「雨には青空を」と言っておいてこの人、「雨の音で歌を歌おう」って言うんだわ
雨も楽しんじゃおう、そうアイデアがあればね!みたいだな、なんかどっかのスマホの宣伝みたいだなw
ただここでいいのは「アイデアがあれば影を越えられる」って投げるんじゃなく、この人が届けようとしているところ
アイデアってそう簡単に全員が出てくるもんじゃない、だから俺は歌を歌う、この歌で越えろよ、そう「届け」と
アイデア使って頑張れって投げっぱなすんじゃないんだ、いくぞー!っていうのがいいところだよねぇ
と、いう感じなんだけどこのフレーズ、このあとも出てくるのでちょっと後述します

「おはよう真夜中 虚しさとのダンスフロアだ 笑顔の裏側の景色」
さぁきたぞダークサイド、裏側、さっきの表は全部外面の良さだばかやろう騙されたか!みたいなやつだw
1番と逆、そう内面のドロドロだな
ただ、ここで面白いのは「おはよう真夜中」である
別に真夜中に起きたわけじゃない、そう、1番と時間軸を合わせるための「おはよう」だ
1番と同じ人の同じ時間帯の、湯気にメロディ、すべてメロディ、と「表で言っている人」のそのままのウラ、なんだ、
外から見ただけじゃ人の心なんてわからんぞ、そういうことじゃないかこれは
だからわざわざ、「おはよう」で時間軸を合わせたんだ、1番聞いてどう思った?そいつのその同じ時の裏は、、、こんなだって想像できたか、って
対比は「世の中」と「真夜中」、朝、外のメロディに包まれている「世の中」に対して心の中は「真夜中」
暗いな、内面暗いな、夢を繰り返すに対して「虚しさとのダンスフロア」
夢を追いかけて日々を暮らしているが、心の中は虚しさでいっぱい、いいのかこんなことしてて、大丈夫か、そういう心
つらい、、、外への笑顔の裏側は、、、すごくきついんだ、それをこの1フレーズで書いてしまう

「独りで泣く声も 喉の下の叫び声も すべては笑われる景色」
人に見せられない部分、弱い部分、それは人に見せたら軟弱者と笑われる部分
夢を追いかけている人の外に出せない、つらい部分だよね、見せられない部分のつらさをそのまま書けるってすごいな
これさ、「外の音は全部メロディ♪」って言ってる人なんだよ、そういってる中はこんなドロドロなんだわ、きっつ。。。

「生きてただ生きていて 踏まれ潰れた花のように にこやかに中指を」
さぁ辛辣な部分きたね、というか、わけわかんないよねここ
花はにこやかに中指なんて立てないわけだし、そも踏まれて潰れた花が「にこやか」かどうかなんてわからんよね
なんで花が「にこやか」としているんだろう
これ、花もメタファーだよね、花=笑顔の
「生きてただ生きていて 言われもないことでクソみたいな文句をクソクレーマーに言われても笑顔でいる人たちのように」
と言い換えればわかりやすいだろう
心の中で中指おっ立ててんだよこのクソ野郎が!!セクハラ上司が!!クズクレーマーが!!
ってことだろな、わかるよ、わかる、文句言わないだけなんだよ、思ってんだよ、クソ野郎って、と
そして続くわけだ

「つづく日々の道の先を 塞ぐ影にアイデアを 雨の音で歌を歌おう すべて越えて届け」
そう、こんなクソ野郎には心の中で中指おっ立ててやろうぜ!!いいアイデアだろ!!
いいですねー、いいアイデアですねー、その笑顔の裏で雨のように泣いている
喉元で言うのをこらえている「このクソ野郎!」を心で中指おっ立てて行こうぜ!!そうやって越えていこうぜ!
いいですなー、いい
で、このサビ、1番と全く同じなんだよね、そう、ここがさっきの時間軸が同じというとこともリンクしてると思う
同じ時間の同じ人、なんだよ、って

「闇の中から歌が聞こえた あなたの胸から 刻む鼓動は一つの歌だ 胸に手を置けば そこで鳴ってる」
あー、クレーマームカつくぅ!!というようなドロッドロの裏側を持っている人、そこを気に病むんじゃない、みんなそうだ
そのドロッドロの闇の中ででも鳴っている心臓の鼓動は、それだけでひとつの歌を奏でているんだ
誰もが生きているだけでメロディを奏でている
そう、生きろってことだね
そしてここで初めて出てくるんだよ、星野源が
いままで1人称視点のみだったのに「あなた」という言葉が出てくる
きゃーー、源さん急にどうしたの!!
そう、こんな2面性が誰にでもあるんだ、いいじゃん、と
源「あんたの胸から出てくるそのメロディ、届いてるぜ!!」
やだ、惚れるわ源さん///
(源さんではないこの歌のリスナー個々が愛すべき誰かでも可だとは思う)

「つづく日々の道の先を 塞ぐ影にアイデアを 雨の中で君と歌おう 音が止まる日まで」
ここでこのサビの歌詞がついに変わる
さっきの源さん登場でサビが変わるのよ、音が止まる、そう、死ぬまで、だよな。。。
「つらいことがあっても僕が一緒に歌うよ、楽しいだろ、頑張れ」(イケボ源さん)
「死ぬまで いつだって一緒だよ」(イケメン源さん)
やだ、惚れるわ源さん///
(源さんではないこの歌のリスナー個々が愛すべき誰かでも可だとは思う)

「つづく日々の道の先を 塞ぐ影にアイデアを 雨の音で歌を歌おう すべて越えて届け」
「つづく日々を奏でる人へ すべて越えて届け」
と最後まで来てわかる、「つづく日々を奏でる人へ」は「生きているすべての人へ」なんだ
1番だけだと「夢を追う人へ届け」かと思ったけど、これ「生きてる人みんなへ」の歌

とまぁ、ほんと文学だと思うわ
素晴らしい歌だと思う

で、あと2つだけちょっと書くね
「つづく」をひらがなで書いているのが面白いなと思った、これはテレビの連ドラだからかな、と
連ドラって最後に「つづく」って出るけど、ひらがなだよね、あれかなと思う
もうひとつは2番のサビに「つづく日々を奏でる人へ すべて越えて届け」を入れてないところ
これ、2番のサビになんで入れなかったんだろう、って
多分、「あなた」と出てくる歌詞へ続けるために「続く日々を奏でる人」を抜いたんだと思う
そうじゃないと「独りのあなたにスポット当てられなくなるから」
あなたとぼくで、という歌詞を変えたサビ部分がこの部分を入れなかったことで強調されるわけだと思う

と、ここまでにしときます
あくまで独自解釈、かなりひん曲がってると思うので源さん本人がなんかこうですと解説でいっていたりしたらごめんなさい

で、ここまで書いて思い出したことがある
そういえば同じような歌を誰かも歌ってましたね
このブログみるような人は知ってる人がね
「呼吸はメロディ」って「生きることは音楽」って、さかなんとかさんが
この歌詞、根底はとても似ていると思う、だから両方好きなのかもしれない

などというよくわからないまとめでおしまい、星野源「アイデア」のお話