奇しくも人生の綻びとは予め決められてるような錯覚に陥る。
実は貴方は何歳に死ぬ、と予言されたのが適言されたかのような、そんな意もせぬ心中の片隅に居座る何か。
まあそうでもあって、そんなことあるはずも無いと高を括り生きてきた代償のようなもの、でもあるのか?
実際どこがどう悪いわけでもない。だから死ぬわけでもない。でもそんな遠くない未来に自分は死ぬのだろうという自己暗示に苛まれている。苛まれるという表現は良くないな、自己嫌悪が酷いので解放というべきか、但し解放の仕方が良くないな。
苦しみの中で解放されるのか、安らぎの中で解放されるのかで人生の善し悪しが決まるのもまた一興とか、ワイはそんな境地に達していないのだよ。
取り敢えずは苦しみもがき解放を待つかのぅ。
ああ、ドーパミン蘇生は良いものだよ。何分間だけのものだが死という概念を遠ざける。死にたがりがこういう行為するのもまた矛盾ではあるが、「今はまだ」生きていかなきゃならんしね。