あの日のことは
今でも
鮮明に覚えている。
働き始めて
3ヶ月が過ぎた
7月24日月曜日
私は
日曜日出勤で
振替を
月曜日にとって
昼近くまで
寝ていた。
父、母
大学4年生の兄
は
仕事と学校に行ってて
留守だった。
この日は
梅雨明けだったらしく
朝から気温が上がっていた
あまりの暑さに
起きた私。
ぼーっと
していたら
電話☎️が鳴った
◯ さんのお宅ですか?
お父さんが
会社で倒れました。
◯◯病院に🏥
運ばれましたので
来てください。
「はぁ、わかりました。」
昨日の夜はあんなに
元気だったのに?
と思った私は
大したことないだろうと
母に連絡して
母が帰ってきてから
一緒に病院に行こうと思っていた。
でも
すぐに電話があり
とっても危険な状態なので、
至急
ご家族の方全員に連絡を
とり
来てください!
と
言われ
兄の大学
母の会社に
連絡。
母は外回り
兄は大学の何処にいるか
わからず
それぞれ
伝言してもらい
1人で父のいる病院へ
向かった。
病院に着くとすぐに
わかった。
父の会社の人が沢山いて
父が倒れた時の状況を
話してくれた。
突然、頭が痛いと言って
倒れた父。
それからは
意識不明。
病院の方が慌ただしく
ご家族の方は
医師から大事な話があるので
来てください!
と
20歳になったばかりの
私は
医師
の話を1人で聞いた。
「非常に危ない状態です。
助かったとしても
意識がもどるかはわかりません」
「……」
たくさんの医療用語を
並べられ
わかったことは
脳幹部出血。
ご家族の方を
至急
呼んでください。
と
念を押された私は
1人暮らしをしていた
姉の勤めている会社にも
連絡。
会社の名前しか
知らなかった私は
手当たりしだい
姉の名前を言い
なんとか
姉に連絡をとることが出来た。
父が倒れた連絡を
もらってから
はじめて
聞く家族の声。
姉が電話に出た瞬間
私は
泣き出してしまった。
お父さんが倒れた。
危ない状態だから
早く
病院に来てっていわれた。
◯◯病院…
姉は
すぐに
「わかった」と言って
電話を切った。
家族が
来るまでの間
ひたすら泣いていた。
はじめて会う父の会社の
女性の方に肩を抱いてもらい
はげまされた。
兄、母、姉は
ほぼ同時に病院に着いた。
母達は
一通り
私が聞いた話を医師から
してもらい
家族が集まるのを
待っていたかのように
父は
意識が戻ることなく
私達の
目の前で
他界した。
享年52歳。
2歳違いの兄
1歳違いの姉
そして
私
大学四年生の兄で
やっと
子供達に
お金がかからなくなり
これから
楽ができる
と
思っていただろう
働き詰めだった
父は
家族に
なにも話せず、
私達家族
も
何も
言えず
父は逝ってしまった…
どーもー
ごめんなさいね
暗い話で
でもこれ
20数年前の話です。
今日これが↓
届きました
みなさん
わかりますか?
脳トレのつもりで
今年の初めに母に
日にちを
相談されて
すっかり
ちょっと前に気づき
母には
「今市組のクラス会があり…
ゴニョゴニョ…
全国からその日…
横浜に集まるんだよね…
大事な集まりなんだ…
お父さんの
法事…
ゴニョゴニョゴニョ…
早退します
と
了承を得ました
母には
「お父さんの法事の方が先に
決まってたんじゃないの?
とか
「お父さんの法事より大事な
集まりがあるんだね
」
などと言われましたが
「……

」
終始
ヘラヘラして
やり過ごしました
旦那にも話し
「おいおい
おいおいおい
おい」
おいが多いね
俺達置いて行くのかよ〜
と
言われましたが
とにかく
行くから
と
私には
会いたい人
が
2人います
もう1人は
今は亡き
父。
7月23日
2人に
会えます。
父の法事の後
横浜アリーナへ
もし
横浜アリーナに
喪服で
いても
棒でつつかないでね〜





