インスタの普及に伴い(今更だけど)
かつて一緒に仕事をした女性が子育てをしながらヘアの技術者として美容室に復帰しているようだ。山野を出ていて、夜はポールダンスをして六本木でほとんどないギャラで腕(技術)を磨いていた。
(この数年で皆といっていいほど出産している事実。)
「
朝4時半起きにも慣れてきた。今年は大学生より小学生のお客さんが多い」
![晴れ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/022.gif)
とコメントしている。場所は厳密に知らないが地域やその他、差はあるであろう。
例の話題の「袴で卒園式」のようだ。
(テレビでは賛否両論としてコメント発表しているがそこはテレビ。現場で2年程働いている人は確実に増えている娘にお金をかけている事実を実感しているのか。)
![左矢印](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/123.png)
数年前に六大学などの卒業式のヘアセットの現場監督をやらせていただいたとき、
各美容室・技術者集団のリーダーは結局、現場で話をするのを見た。
苦労はどこも同じ・・・お高いコームが落ちていて「誰のですか
」と声をかけたり
![??](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/096.png)
雨だと悲惨で、体力は2倍ほど要する。
晴れ着はレンタルなので余計なアイテムが増えるからだ。
そして、初心者がお客さんの手荷物
を渡し忘れ
![カバン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/400.png)
私に「どうしましょう
」と言ってきて
![アセアセ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/100.png)
「あなたは女性だから男子学生と違って着替えスペースに入って行っても 問題ないから大声出して持ち主に渡してきて
」
![!!](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/093.png)
と対処する。この繰り返し。
私ももし販売
やメイク
でお金を得るなら、自分の意見に反対しても笑顔でお客さんに要望どおりのメイクを施すわけで。
![化粧品](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/411.png)
![ブラシ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/413.png)
自分に嘘をつくといかきっとお世辞も言っている。
が、正直さが仇になるため、現実に感じたことは心を込めすぎてしまうという現実も。
これまでも上司やクライアントには怒られてきた。こんなことを書くと今後プロとして仕事する際に
雇われることがないかもしれない。
でも事実であり、それを体験したからこそ前回、前々回の仕事がなんとか一定期間とはいえ務まってきたのも事実。
だれだっけ。
「学ぶのをやめたら教える権利もない」と。
それももっとも。
震災後、スマホ
の普及でいつしか地方でも仕事をもつ人間はスマホ
になり、
![スマホ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/329.png)
![スマホ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/329.png)
いつしか小中の同級生のライングループができて数年。
ごくごくたまにだが、個人的にトークすることも増えた。
日産の社員で、宇都宮などを経て現在横須賀にいる、同じ地区だったM(男子。同じAB型なのが唯一の共通点だろうか。)
は、
私がトレランしていると知って3年前に、
「10キロって何分で走ればかっこが付く
」と質問してきて、
![?](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/095.png)
トレラン前に自宅周辺を5キロ~10キロ走ったのを知る彼は「ほら、波乗り
やるから腹が出てきて」という事だった。
![サーフィン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/047.gif)
具体的な数字を思い出し、いっちょ前にアドバイスした。
昨日。
3年連続完走の地元の10キロマラソンの完走証明を画像で送ってきてくれた。
ちゃんと30秒ずつタイムが縮まっている。
結構すごいこと。
と伝えた。
再会したのが昨年末で、しかも地元・戸田に工業高校時代の同級生がオーナーを務める飲み屋さんがあり、
いつしか糸が繋がったというわけ。
おかげで私も、人のおごりで本家からは頂くのが恐縮である「イクラ」を大量にお安く食べれて、
「人は生きていればいつかは会えるのだな」と
震災あとの地元での同窓会以来改めて感じたのだった。
共通の話ができるというのは本当にうれしいことだけれど、
男性(おそらく女性もだが)は集まる時、
やはりある程度引き締まっていて、人にちゃんと言える仕事に就いていないと集まらない。
戸田公園まで、年末のある日集まった工業出身の46歳たち、
なんと、盛岡から来た人もいた。
土曜日の夕方なのに栃木から車できた人もいた。
それ以来、定期的に戸田公園で彼らは会って飲み交わしている。
私もこれが同級生の女の子だったら同じだっただろう。