男も子育て:小学校・幼稚園編 -2ページ目

あなたには、まかせられないのです。

子どもをもたない人に向かって、「だから、あなたは、わたしたちのことなんか、わからないのだ」というのは、慎まなければと思っています。しかし、昨今のあなたの言動を見ていると、それがあなたがわたしたち子育て中の人間に対してあまりにも無理解であると感じてしまうのは、それは、あなたが子どもを育てたことがないからではないかと思うのです。


 共同通信社によると、政府が日本の母親に向けて策定した育児に関する緊急提言の発表が見送られることとなった。..........≪続きを読む≫ [アメーバニュース]

>共同通信社によると、政府が日本の母親に向けて策定した育児に関する緊急提言の発表が見送られることとなった。提言案には、「母乳で育て、子守唄を歌い、食事中はテレビをつけない」などの内容が盛り込まれていた。
さて、なぜ、女性(母親)だけに提言をするのでしょうか。父親に、子守歌を歌うことはできませんか? 父親が食事中にテレビを見るなと、注意することもできませんか? そんなことはありません。それにしても、母乳の成分がなんであるのか、あなたは知っていますか? 何歳ぐらいまで母乳を飲むのか知っていますか? 母乳を飲ませないとどうなるか知っていますか? 「断乳」とはなんですか? 

いろいろ聞きたいことはあるのですが、多分それをあなたはご存じない。そして、母乳が出るのにそれをたって働きに行くことは精神的にも、肉体的にも、どんなに苦しいことか。あなたにはとうていわからないでしょうね。「搾乳」って知っていますか? 牛のことではありません。出産直後の母親は、母乳を飲ませないと、乳が張ってとっても苦しいのだそうです。また、それが恒常化すると滞った母乳、つまり、元々は血液だった母乳で乳腺炎になってしまうそうです。だから、働いている母親たちは、人知れずトイレや湯沸かし室で「搾乳」をしているのです。

だったら、仕事を辞めて母親として育児に専念しないさいと。この提言は、要するにそういうことですよね。だから、あなたにはまかせられないのです。

そうして、母という存在に異常に、過大に期待を寄せるあなたは、もしかすると母親コンプレックスなのかもしれませんね。わたしは、あなたがマザコンであろうと、ホモセクシャルであろうと、そんなことには関心がないのだけれど、それが、国の施策に反映されるとなると、話はまったく別になります。

>今週公表される予定だった教育再生会議による提言には、「お母さんは授乳中、赤ちゃんの瞳をのぞいてください」などと書かれているほか、インターネット や携帯電話を使用すると子供は「世界中の悪と直接つながる」ことになるとの警告も載せている。
これは、提言というより、
事実関係としては妄想に近いもので、実態的には命令です。また、背後には盲信に近いイデオロギーがあり、それが固定観念としてこころのどこかにこびりついているのでしょう。ひょっとすると、これは、あなたが赤ん坊の時に、こうして欲しかったのに、してもらえなかったことなのでしょうか。だったkら、ずいぶんかわいそうな人ですね。それから、あなたがすぐに切れてしまうのも、愛情や人情に最も遠いところで暮らしてきたからなのでしょう。

父親も、子育てはできます。大変なことだけどね。まずはじめは、連れ合いの見習からはじめて、助手になり、片腕になり、最終的には対等な
パートナーになることも不可能ではありません。それに、なにより、子育ては、大変なことも多いけど、とてもやりがいがあって、おもしろいですよ。

だから、安倍さん、一度トライしてみてはいかがでしょうか。実子はもう無理なのかもしれませんが、養子という手もありますよ。

逞しくなった。

いつも、下の子どものことばかり書いているのは、彼に今最も注意や時間が割かれているからだ。で、きょうは、久しぶりに上の子について書く。

上の子、小学一年生は日に日に大きくなっている。彼は同年代の子どもに比べて成長は遅い方だ。歩くのも、ことばもそうだった。小さい頃は発達障害やアスペルガーが疑われていた。臨床心理士にも相談した。「療育」といわれるとくべつなプログラムの教育も受けた。しかし、結果的にそのような回りの人々の見方はすべて間違っていたことになる。彼は年中に上がるときに引越をし、教育環境が変わるとどんどん成長し、小学校受験をして現在は近くの国立の小学校に通っている。ちょっと変わったところがあるが、しかし、本当に社交的で、不思議な魅力がある子だと思う。

彼の最近の変化は、まず、大人の歯が生えはじめたこと。はじめは下の左の奥歯から。現在は前歯が生えはじめていて、乳歯がぐらぐらしはじめている。それから、最近よく食べるようになったので、ちょっとふっくらしはじめて、子どもらしい体型になってきた。それとともに、筋肉がつきはじめたように見える。身長も、ぐんぐん伸びているようなきがする。

その逞しい太ももは、わたしのそれににているような………。

納豆洗顔!?

朝、下の子が、急にぐずりはじめた。家を出なければならない時間が迫っている。なのに、彼は、「納豆のお口がいい!! 納豆のお口にする!!」といって聞かない。

でも、もう3年余りのつきあいになるので、だんだん、彼の行動パターンはわかってきている。そこで、一計を案じてみた。

「そうか。じゃあ、帰ってきたら、おとおさんが納豆で顔を洗ってあげるよ。そうだ!! お母さんに納豆たくさん買ってきてもらって、納豆風呂にしようか。そうしたら、たくさん納豆つけれるよ」。

息子は「いやだ」。で、問題解決。やれやれ。

王子様の帰還

きょうは、幼稚園の創立記念日とやらで、下の子はお休み。上の子は小学校の遠足。というわけで、下の子は一日義父母のところにあずかってもらうことにした。夕方、義父母とともに外食し(まるで、わたしは、マスオさん状態)、ちょっと遅くなって帰還した。

こうして、一日、義父母のところですごした、我が息子は、いつもよりも、ちょっとわがままになって帰ってくる。義父母も、必要以上に甘やかしているということもないのだが。

きょうは、そのわがままがちょっと度を過ぎていたので、お風呂の時間、小一時間ぐらい、男と男の話し合いをした。三歳児と男と男の話し合いとは、いささか、大人げない気もする。しかし、子育ては、気合いと、タイミングです。

じっくり話しあって、分かり合えたかどうかは、まだまだ不安定だけれど、明日は、きっと、もっと良くなっているだろう。

お兄ちゃんと一緒

今日は、2週間ぶりのラグビーの日。先週は、雨で中止でした。

さて、兄弟といっても、全然性格が違います。兄はどちらかというとわたしに似て楽天家。それに加えて、大変社交的で、だれとでもすぐ友だちになれます。しかし、弟は楽天家か悲観主義者かはわかりません。でも、とても頑固で時々手に負えなくなることがあります。それに相当内弁慶です。

家では、腕力とわがままにまかせて、兄と喧嘩をしては、兄を泣かせています。ところが、外ではそれが豹変します。

いつも、プログラムがはじまるとぐずるのですが、その理由がわかりました。今日は、ことのほかそれがひどくて、コーチがいろいろさせようとするのですが、がんとしてそれを受け付けません。それどころか、コーチの制止を振り切って1年生の兄のところに行こうとします。それで、準備体操は兄と一緒にしたのですが、練習のプログラムが違うので、そこから兄と引き離されると、とたんに、泣き叫びました。

「○○君と一緒に、いる!! ○○君と一緒に、いる!!」といっています。

結局、1時間以上泣き続けた末、やっと幼稚園のグループに復帰しました。それでも、今日はずっと調子が上がらなないままでした。でも、普段、家では兄をとっても邪険に扱っているのに、やっぱり兄のことを頼り切っていて、親よりもずっと頼りにしているのがわかりました。

休むことはない。

ふたりとも、朝起きてから夜寝るまで、本当に休むことがない。同じペースでは、とてもいられない。それでも、今日は一日一緒にいた。

朝・昼・晩と食事の用意もし、おやつも食べさせた。広告の紙を丸めて剣(結構、固い!!)をつくったり、紙飛行機をつくったりした。

すべてをし終えて、一息つくと、くたびれて、自分の時間もあまりない。

世界の成分は?

小さな子は、なんでも聞きたがる。

下のこの最近の質問は、すべて、「○○は、なんでできてるの?」だ。食べ物でも、植物でも、動物でも、文房具でも、乗り物でも………。なんでも、聞いてくる。その都度、考えて答えているのだが、ちょっと大変。それでも、同じものは二度と聞かなくなっているし、復習もしている。

そんなやりとりをしながら、この世界の成分がちょっとだけ気になりはじめた。

ことば

ことばが、不自由だと、とてもつらいと思う。いいたいことや、やりたいことが、相手にちっとも伝わらないから。

我が家の3歳の息子も、きっとそうなのだろう。やっと話し始めた息子だが、語彙が少ない。だから、気持ちが伝わらない。それで、かんしゃくを起こしてしまう。

ことばが達者な者同士でも、相手の気持ちがわからなかったり、こちらの気持ちが伝わらなかったりする。ましてや、まだ話しはじめて間がない、子どもにとっては、それはもどかしいことに違いない。こちらも、そうとうに、もどかしい。子どもは、気持ちが伝わらないと、泣き叫ぶという特技を持っている。だから、一生懸命に、彼の話していることばを聞こうと思うのだが、伝わらない。

ことばが、そして、気持ちが通じ合わない時間を積み重ねていく。それが、いつか実を結ぶのであろうか。ふと、はるかな先のことに、思いをはせる瞬間がある。彼らが大人になったら、このような労苦から解放されるであろうか。別の労苦がそこにあるだろうということを、かすかに予感しながらも、もどかしさの時間を生きている。

繰り返し、くり返して。

にわか雨の降るなか、延長保育を終えて、帰宅する下の息子をバス停まで迎えに行った。バスのなかから大声で泣いている息子の声が聞こえた。機嫌が悪いのだ、今日も。

理由を聞くと、帰る途中で寄ったスーパーで、アメリカンチェリーを買うはずが、それができなかったのですねているだけ、とのこと。たった、それだけのことで、これだけのエネルギーで泣き続けるのです、子どもは。

それでも、何とかなだめて、バス停の近くのスーパーに行くと、パイナップルを見つけて、それで納得。実にあっさりしたものです。後は、にこにこ顔で帰ってきました。その後も、何度も、これの繰り返しです。

さて、さて。こうして、繰り返し、くり返していくうちに、いつの間にか大きくなっていて、いつの間にか泣いたり、すねたりしなくなるのでしょうか。でも、その頃には、口も聞いてもらえなくなるかも。

子どもは、嫌いだ

わたしは、物事頃ついたときから子どもが嫌いでした。

と、いうと、いささか言い過ぎかもしれませんが、とにかく、今でも、子どもが大嫌いです。自分が子どもを育てはじてからちょっとずつ変化があるような気もしますが、子ども(他人の)が泣き叫んでいたり、わがままを言って暴れているところを見て、大変だなぁと思うのは、その場面でおろおろしている親に同情しているからです。決して泣いてたり暴れたりしている子どもが好きなわけではありません。

でも、我が子は………。という、紋切り型の答えにも、わたしは当てはまらないような気がします。

確かに、我が子ですから、他人の子どもに比べると比較にならないほどかわいくて、愛しいです。でも、そんなときだけではないのです。男の子ふたりの相手をするのは大変です。兄弟だからといって、性格が似ているとは限りません。そもそも、子育てに公式や画一的な方法なんていう ものはないのです。「上のこのときには、こうだったのに」と何百回思ったことか。そうやって兄弟を比較していると、ついつい、「お兄ちゃんは、できたの に、なんであんたはできないの」といってしまいます。

また、わたしが、子どもとの接触の時間が極端に短ければ、子どもの良い面だけを評価して、それで由とするところです。しかし、幸か不幸か、子どもとの接触時間は、他の父親よりも、恐らくかなり長いのです。だから、その分だけ、子どもの駄目な部分や、手のかかるところ、劣っているところや、なんやかんやがどうしても見えてしまうのです。

さて、こんなに子ども嫌いのわたしでも、何とか子育てには参加できている。そして、なにより、他の父親よりも何倍も厳しくしかったりする父親ですが、子どもたちがどうやらわたしのことを慕ってくれているようなのです。だから、とにかく忍耐。結婚は、どんなにすき内皮と賭しても、それをつづけていくためには、結局は忍耐にたどり着きます。それは、子育ても一緒。

今日も、お風呂で、30分ぐらいかけて、下のこと数の勉強をしました。下の子はかなり怒られたけれど、しっかりしていました。この強情さは、しかし、財産かもしれません。