蒼井秋人 公式小説site

蒼井秋人 公式小説site

このサイトは蒼井秋人の最新小説『ウサギと一緒のジョンレノン』の為の専用ページです。

Amebaでブログを始めよう!
 
『ミラージュ』はとにかく曲と構成にこだわりました。「守りたい? れない?」というフレーズが思い付いたところからスタートするんですけど、耳に残る中毒性のあるメロディーを求めていて(ちょうどフレデリックの『オドループ』をよく聴いていたので)、このフレーズがそうならないか、と思案して出来ました。コードも繰り返しを多用しました。アオイがつくる曲は歌詞ありきなことが多いんですけど、『違うね』をつくった辺りから変わってきていて、今回は完全にメロディーありきですね。

  歌詞はすごくオーソドックスです。メロは具体的に生々しく、サビは抽象的かつ印象的に。セオリー通りのつくり方です。昔のアオイなら「守りたい? 守れない?」と言っているところを「守れない? れない?」と出来たところは自分の中では驚きで、その違和感がよりサビを印象的にしたんじゃないか、と思います。アオイは歌詞の中に会話を入れることが多くて、この曲もそうですね。ただ、会話を歌詞に入れると、歌うのがすごく難しいんですよ。会話に重きを置いちゃうと歌じゃなくるし、歌に重きを置くと、会話が嘘っぽくなる。今回もすごく悩みました。ギリギリまで上手く歌えている気はしませんでした。
  今回、レコーディングは恐縮ながらアオイが作曲した曲のレコーディングを同日に行った関係で高野駒子さんがスタジオにいらっしゃいました。高野さんは何度かライブを拝見しましたが、語りかけるような生々しい歌い方が素敵だな、と思っていたんですね。なので、試しに「声慣らしのつもりで『ミラージュ』を歌ってみませんか?」と言ってみたところ、快くOKしてくださって、その声を重ねた時に「もう完璧だ」と思ったんですよ。この曲に足りない「会話をしているイメージ」を完璧に補ってくださって、その場でエンジニアさんとガッツポーズをしました(笑)

  今回のレコーディングは試行錯誤の連続でした。オケもユニゾンするところでタイミングが合わなくて何度も録り直しをしました。モロくんは一番大変で、アオイはレコーディングが決まると、声の調子をピークに持っていくためにお酒を断つんですけど、モロくんはそうしないんですよ。毎回レコーディングの前日に呑んだくれる、今回もそうでした。しかも今回はカラオケで叫びまくりのオマケ付き(笑) だから最初は声か全く出なくて血の気が引きました、マジかよってなりましたが、エンジニアのKazukiさんが即興のボイトレをしてくださって、何とかレコーディングできました。もう、ほんと、毎回冷や汗もんです。

  ボイトレの件といい、エンジニアのKazukiさんには本当にお世話になりました。 TheLooSeBeATが新体制になってからはずっとエンジニアを担当してもらっています。今回も事前に細かい打ち合わせはしていましたが、いざレコーディングとなるともう、こちらが何も言わなくてもTheLooSeBeATのやりたい音にしてくれる、頼もしかったですね。アオイの出す細かく抽象的な指示ももう完璧に理解してくださって、TheLooSeBeATにはなくてはならない存在です。

  今回はジャケットにもこだわりました。初めてTheLooSeBeATがジャケットに登場せずに、モデルさんを起用しました。『ミラージュ』が現す「蜃気楼」、「本当に君といた日々は存在していたのか?」という儚さを表現するのはアオイではないな、と思ったんです。そこでお願いしたのが佐倉りなさんでした。透明感、儚さ、けれど内にある力強さ、ミラージュの世界観に佐倉さんはぴったり合っていると思いました。快くOKしてくださって、品川で撮影を行いました。「蜃気楼」=「夏」ということで夏に近い服装をしてもらったのですが、寒さで顔がこわばることなく、こちらの細かい注文もすぐに理解してくださって、撮影はすぐに終わりました。まぁ奇跡的に冬なのにそんなに寒くなかった、というのもあったんですが(笑) けれども佐倉さんの表情や佇まいが素敵すぎて、プロは違うな、と痛感しました。ジャケットに採用されなかったもの以外にも不採用にするのが惜しい写真がたくさんありますので、CD化する際に改めて検討したいと思います。

  長々と書いてしまいましたが、今回は掛け値なく「最高傑作」と言える曲になりました。永く愛してもらえるのではないか、と密かに思っています。一度、一度だけで構わないので、是非聴いてほしいです。


TheLooSeBeAT 配信限定シングル
ミラージュ
12/25 大手配信サイトより
世界約120ヵ国順次配信開始


『ミラージュ』
    Lyrics&music   AkihitoAoi
    Arranged  TheLooSeBeAT


 TheLooSeBeAT
   AkihitoAoi   Vocal&Guitar
  (Support)  
   Moro   Cajon&Chorus
   Fj          Keyboard

 Manager    Issiy

 GuestChorus    Komako Takano
 Recording Engineer   Kazuki(Gettoso Studio)
     
 Model   Rina Sakura
 Photo&design   AkihitoAoi

 Special Thanks
   Gettoso Studio  Komako Takano  Rina Sakura
   Shinagawa Ground Central Towers
   Our funs , friends & family!!! 

     


お久しぶりの投稿です。いや、早く小説書けよ、という話なのですが、今回は9/2 PopCityFes vol.6で発表する新曲のライナーノーツを書いてみました。これを読んで、当日をより楽しんでもらえたらと思います。


『夜明けFilm(feat.Nukko)』

  今年の春にはもう出来上がっていた曲です。ある人をイメージしてつくった『陽のあたる場所』が出来上がった時に、それを報告したらすごく喜んでくれて、そのまま「じゃあ次の曲も」と言ってつくった曲です。カメラのレンズ越しに彼女を覗きこんだ時に見えたオーラが夜の終わりを告げる光のような気がして、思わず「夜明けの光だ…」と言ったところ、それをすごく気に入ってくれて、そこからはもう出来上がるまで早かったですね。

  今回は曲の中で様々な実験をしています。サビから浮かんできた時に、この曲が『陽のあたる場所』と似たようなコード進行を取ることが分かっていたので、それを逆手にとって、同じようなコード進行で何処まで曲の雰囲気を変えられるか、ということに注力しました。全く変えても面白くないので、キーボードのパートに同じ部分をいくつか残しています(探してみてください)。それによって、この2曲は違う曲なのに、1つの世界観で成り立つ曲という交響曲のようなものになりました。これが1つ目の実験です。
  
  2つ目は僕はこの曲をアニソンにしたかったということです。何が切っ掛けでそうなったのかは覚えてないのですが、僕はこの曲のアレンジを考えている時に、この曲をアニソンとしても通用するようなつくりにしようと思い立ちました。そのうえで絶対に必要不可欠だったのが「女声」でした。はじめから女性とコラボレートしようとしてつくったのではなく、つくった結果、女声が必要だったということです。幸い、この活動を通して素敵な声を持つ女性の方々と多く知り合うことができました。その中でこの曲で求めた「アニソン」として完成される声、そしてかつ曲の世界観として根底にある「優しさ・切なさ・儚さ」を考えたときに、これはぬっこさんにお願いするしかない、と。もしお願いして、それでダメだったら、この曲はお蔵入りにしようと思っていました。それくらい、この曲にぬっこさんの声が必要でした。結果として快く了承していただき、この曲は僕が想定していた以上のものになりました。ぬっこさんの素晴らしさは、この後にも語る機会があるので、そこでまたお話しいたします。

  3つ目は…全て種明かしするのは面白くないですね。これは秘密にしておきましょう。でも聴けば分かります。『夏恋花火』と聴き比べても分かりますよ。もし分かったら何か考えます(笑)


『陽のあたる場所』

  アオイのつくる曲って、元来暗いのが多いんですよ。ライブで盛り上げようなんて微塵も考えない。たからライブに出ると、僕の時だけお客さんが戸惑うんです。しかも以前はステージ上で全く話さない、話しても小声でぼそぼそ…みたいなキャラをやっていたので(笑) で、最初は戸惑うお客さんが、段々と切なそうな顔をして神妙な面持ちで聴いてくれる、それが快感でそんな曲ばかりつくっていました。それがフェスをはじめるようになって、また色々なミュージシャンの方とコラボレートしていくうちに、自分の中のライブ観が変わってきて、客席が盛り上がるライブって楽しいなと思うようになり、その流れで『夏恋花火』や『スタッカート・カノン』が生まれました。ここ最近は明るめの曲が多かったですね。『陽のあたる場所』
はその状況の中で「1回原点に戻ろう」という考えでつくりました。だから歌っても盛り上がらない、おう、上等だ、と(笑)
  とはいえ、原点回帰の中にも変化はたくさんあって、以前は使おうとしなかったカノンコードを堂々と使ってみたり、曲の前半と後半で曲の世界観を変えてみたり…以前からアオイを知っている人にはその変化をみてもらうのも面白いかもしれません。

  この曲の歌詞はとにかく「詩的」な表現よりも「生々しい」表現を心がけました。聴いてた人にその情景が浮かぶようなものになればいい、と。僕は自分の曲を聴いてくれた人にこうなってほしい、みたいなものが全くないんですよ、おこがましいじゃないですか、僕ごときが。だからアオイは応援ソングをつくらないんです(笑) でも、もし聴いてくれた人が疑似体験してくれたら嬉しい、そう思っています。それを突き詰めたら、こんな歌詞になりました。そして今回は歌詞カードを見ながら聴いてもらうと「えっ?」と思う部分があります。これがこの曲の核となる部分です。

  今回のレコーディングは大変でした。誰が大変だったか、というとモロくん。サビが3回あるんですけど、3回とも違うコーラスをしてもらっています。しかも後半にいけばいくほどキツい。納得がいくものになるまで何テイク録ったか分かりません。完全に自信をなくしていたみたいですが、この曲含めて、モロくんのコーラスは曲の核になるので頑張ってもらいました。モロのコーラスはすごくて、一定じゃないんですよ、下のコーラスを入れるかと思うと主音に重ねたり、上に変えたり。それを平然とやってのけ、曲の世界観をバッチリ支えてくれる。「普通のコーラスやると思ったら大間違いだぜ」みたいなプライドを感じます。この曲はモロくんのコーラスにも注目してみてください。


『夜明けFilm(Akihitoless ver.)』

  当初はこれをCDにする予定はなかったのですが、あまりにぬっこさんが素晴らしかったので、急遽収録しました。まぁこれは簡単に言えば『夜明けFilm(feat.Nukko)』から僕の声だけを抜いたもので、新しく録ったものでもないカラオケバージョンです。けれど、これをカラオケバージョンと呼ぶには余りに完成度が違う、ということで、このような名前にしました。

  今回、レコーディングの1週間前に1度だけぬっこさんを交えた練習を行いました。練習前にぬっこさんには一応僕らだけでやった練習動画をお渡ししていたんですけど、それを何度も観ていただいたのか、コーラスの部分をマスターしていらっしゃったんです。あぁ、この人はプロだな、ととても感心しました。むしろ僕の方が固まっている部分とそうでない部分があって、おいしっかりしろよ、という具合でした(笑) 特にサビがそうで、僕の中ではサビの途中「シャッターを切ったよ」という部分と最後の部分だけは固まっていたけれど、他は決めてなくて、とりあえずじゃあ他は主音を重ねてダブルボーカルでやってみましょう、となりました。それでやってみた時に、もう震えがきて、これだっ!って思いました。僕の求める曲の世界観と「アニソン」というテーマにバッチリはまったんです。なので、当初はコーラスでゲスト参加、という具合でオファーしたのですが、これはもうぬっこさんをフィーチャーしたものにするしかない、となり、表記を(feat.Nukko)といたしました。このバージョンはそんなぬっこさんの魅力がよく分かるものになっていますので、本編と併せてぜひ聴いてみてください。


TheLooSeBeAT
『夜明けFilm(feat.Nukko)
                   陽のあたる場所』

1 夜明けFilm(feat.Nukko)
2 陽のあたる場所
3 夜明けFilm(Akihitoless ver.)

Lyrics&music AkihitoAoi
Arranged  TheLooSeBeAT





みなさん、こんにちは、アオイです。

さて報告が遅くなりましたが、先日1/23に無事ライブを行うことができました。
直前で会場が変わってしまったときにはどうしようかと思いましたが、おかげさまで何とか本番を迎えることができました。

会場の山手エンゼルスクラブさん





古き良きライブハウスという雰囲気でリハーサルから本番まですごく良くしていただきました、ありがとうございました。

本番はこんな感じでした。






ではセットリストです。

【SET LIST】
1 歩きだしたセカイ
2 スタッカート・カノン
3 僕は君を迎えに行く
4 柔らかな光
5 君が思い出になる前に(SPITZ cover)
6 月夜の帰り道(新曲)
7 手を叩く、幸せになるために

気がつきましたか?ほとんどの曲が活動再開した2012年以降に作った曲なんです。昔から歌っている曲は『柔らかな光』だけでした。これはもちろん意図して組み立てたものです。セットリストにはとても悩みました。初めて僕のライブを観る人が多いだろう、という中で、

・今までのベストのような選曲
   (過去の曲中心)
・アオイの「今」を見える選曲
・2つをバランス良く選ぶ

の3パターンにまで絞りました。その中で僕は「今」を見せる選曲にしたのですが、これはライブでやったことのない曲が多かったので、とても不安でした。反応が予測できないものほど怖いものはありません。「受け入れてもらえるだろうか…」と何度も頭をよぎりました。
 それでもこの選曲を変えなかったのは、何よりも僕が持っている「これから何を歌っていくのか」という強い意志を伝えたかったからです。これまで細々と活動してきましたが、いよいよ積極的に活動をしていくぞ、という姿勢の現れです。

 そしてそれはこの日初披露した『月夜の帰り道』にも込められています。自画自賛ばかりしてきた僕が掛け値なしに「これから20年、30年と歌っていける曲だ」と思える曲です、アオイの新しい代表曲になると思っています。

 2016年からAkihitoAoiはTheLooSeBeATは全力疾走で駆け抜けていきます。主催ライブ・路上ライブ等精力的に活動をしていく予定です。先日のライブで少しでも良いと思ってくださった方、またこれから観てみたい、聴いてみたい、と思ってくださった方、機会があれば是非とも生の歌を聴きに来てください。

 そして最後に、現在YouTubeに新曲『月夜の帰り道』をupしております。この動画が再生回数1000回を超えた暁にはCDとして発表いたします。よろしければ一度聴いていただけると幸いです。


             TheLooSeBeAT代表   蒼井秋人



『月夜の帰り道』(Live ver.)

https://youtu.be/eYICHB3gLbc





お久しぶりです。蒼井秋人です。

この度、AkihitoAoiとして所属しておりますアコースティックバンドTheLooSeBeATが約2年ぶりにライブ出演いたします。

この2年間で書き溜めた新曲等たっぷり露いたします、是非お越しください!

詳細は以下の通りです。

※先日の告知より変更点がございます。
  (変更点は赤字で記載します)



1/23(Sat)
open 18:00  start 18:30
出演予定時間 19:10-50(40分間)

開場 山手エンジェルスクラブ(横浜・山手)
開場HP http://www.k5.dion.ne.jp/~amp/

入場料(予約・当日) 2000円
1drink 及び 軽食の注文が無料となります

※お好きな席で食事等をお楽しみください
※動画・静止画 撮影可
※物販時間はございませんが、出演後、演者の撮影・サインをご希望の方はお気軽に演者本人にお話かけください

なお、来場していただいた方には蒼井秋人のこれまでの代表曲20曲以上を収録した小冊子『AkihitoAoi SongBook Vol.1』をプレゼントいたします。

前日の変更、大変申し訳ありません。
皆様のご来場を心よりお待ちいたしております。


        AkihitoAoi(TheLooSeBeAT)



それからしばらくお互いの近況について報告しあい、少しの沈黙が訪れたところで、そろそろ帰ろうか、という話になった。長居をしてもしかたがない。ここからは家族の時間だろうと思った。僕は莉奈の手にあった缶をもらうと、近くの自動販売機の横にあったゴミ箱へとそれを自分のものと一緒に突っ込んだ。あまりゴミが入って無かったのか、奥の方から乾いた音がした。

そして帰ろうかと足を向けた時、先ほど家の中に入っていった男性が家の外へと出てきた。帰るにしてはちょっと早いな、と思っていると、そんな視線に気づいたのか、目があってしまった。お互いに少し気まずい会釈をすると、彼は、先ほどはどうも、と頭を下げた。僕はいえいえ、とマナーブック通りの返答をする。

「えっと…」
と少し口ごもった後に、彼は僕らに向かって
「遥ちゃ…いや、遥さんのお友だちの方ですか?」
と訊いてきた。僕は、そうです、とだけ言った。
「ご親族の方ですか?」
と今度は莉奈が訊くと、
「いえ、私は遥さんの昔の同僚で山本と申します」
少しだけ微笑んだようにみえた彼は愛想のいい熊みたいに見えた。そして僕と莉奈が簡単に自己紹介をすると、彼は名刺を渡してくれた。名刺を渡されると、見慣れない文字がたくさん並んでいた。久留米にあるライブハウスらしい。遥はそこに勤めていて、彼はそこのオーナーだという。さっきは「同僚」なんて言ってたけれど、謙遜もいいところだ。気後れしていると、莉奈は自分が行ったことのある近くのライブハウスらしく、そのことで彼と話をしていた。もともと話すことが好きなのだろうか、彼は愛想よく、時に抑揚をつけながら話を盛り上げ、莉奈と打ち解けたみたいだった。僕も彼に嫌な感じを受けなかった、初対面が苦手な僕には珍しいことだ。そして、その同僚と申し出た彼に少し興味を持っていた。彼自身にではない。僕が遥と疎遠になって以降を知る人物が目の前にいる。僕の知らない遥を彼は多分知っている。彼の知ることに興味が出てきた。そして莉奈と打ち解けたことを良いことに、僕は思いきって、この後3人でご飯を食べに行かないか、と提案した。彼は快く了承してくれた。


「遥、何で死んじゃったんだろうね」

暫くの沈黙の後で、莉奈がそう呟いた。遥の弟さんがくれた缶コーヒーはもうとうの昔に飲み終わっている。生ぬるい風が心地よくはなかった。

「さぁ…何でだろうね」
僕はそう返すのが精一杯だった。
「後藤はさ、遥に会ってなかったの?」
莉奈に訊かれた後に最後に遥と会った日のことを思い出した。結構昔のことで思い出すのに少し時間がかかった。
「いや、しばらくは。君は?」
「私も…しばらくは」
お互いに手懸かりの無さが気にかかっているのだろう。遥が死んでしまったという事実に納得をするために理由を作ろうとしていた。でも、それには僕らには余りにも会っていない時間が長すぎた。僕らは「遥の死」という透明なゼリー状の海の中をもがきながらゆっくりと沈んでいくようだった。

「あの…」
ふと声を掛けられた方を見ると、恰幅のいいおじさんがこちらを見ていた。喪服を着ている、少し白髪の混じった髪の毛は40代後半くらいか。恐らくはこの人も親戚か何かだろう。
「夏川遥さんの通夜はこちらでよろしいんですよね」
家の場所が分からないということは疎遠だということか。僕が、そうですよ、と返すと礼を言って、おじさんは家の中に入っていった。
「ねぇ」
おじさんの足取りを背中で追いながら、莉奈が話題のベクトルを戻そうとした。
「後藤が遥と最後に会ったのはいつ?」
莉奈の目線は僕に合わず、僕の目線も莉奈に合うことなく会話が続く
「えっと…いつだっけか…?」
「高校を卒業してからは?」
「あっ、うん…あると思う」
「思う?」
「えっ、いや…あるよ」
修復不可能な寸前まできた僕らの会話は細心の注意を払って言葉が選ばれる。そしてそれが辞書を引く間のように不自然にならないように、自然に行われることを意識されている。
「あんまりはっきりした覚えがないんだ。あの頃は忙しすぎて」
「あの頃?」
「あー、うん、働き始めてすぐの頃だったから」
「そっか」
「だから具体的にどんな話をしたか、とか、様子がどうだったか、とかは分からない」
「まぁ、その時期だとそうだよね」
「そっちは?」
「私は遥が高校を卒業してからは一度も。暫くはメールのやり取りしてたけど、会うこともなくそのまま」
「そっか」
意識的に自然に行われる理由はまた喧嘩をしないため、だけではなかった。僕は嘘をついたのだ。そしてそれを悟られないようにしていた。僕ははっきりと覚えていた。遥と会った最後のことを。そして、それが僕の心を今になって引っ掻いていることを。でもそれを気づかれてはいけなかった。それはダメだった。

お久しぶりです、と言った方がよろしいでしょうか、蒼井秋人です。

もう御存知の通り、連載小説『ウサギと一緒のジョン・レノン』は1年以上更新せずに、事実上休載となっております。

おかげさまで忙しい毎日を送らせていただき、更新の余裕が御座いませんでした。

また、この小説は書くのに精神的な疲労を伴いまして、これまで何度も断筆をしてきた次第です。

この小説を完結させることは若かりし頃の約束でありまして、人生の命題でもあると感じております。

ここまで休載しておりましたが、また完結に向けて、少しずつ歩き出すことにしました。

休載前のような更新頻度にならないかもしれません。1回1回のボリュームがないかもしれません。

けれど、ゆっくりとした歩みでも、この小説は必ず完結させますので、見守っていただければ幸いです。

『ウサギと一緒のジョン・レノン』は悲しい物語です。主人公はこれから大切な人の「死」の理由を捜す心の旅に出ます。その主人公の心に寄り添いながら、僕は必ずこの物語に「答え」を出します。

完結までもうしばらくお付き合いください。

『ウサギと一緒のジョン・レノン』
5月から連載再開です。

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。さっきの少女のことを考えてた僕は、急になった電話の音で我に還った。もう電車は通り過ぎていてしまって。遥の姿も、さっきシャツについたハズの血しぶきも綺麗に無くなっていた。どうやらマナーモードにするのを忘れていたらしい。今まで気づかなかった。まぁ、電車の中で為らなくてよかったなぁと思う。その電話には最近また見かけるようになった懐かしい名前が映し出されていた。


「後藤ぅ。今、何処にいるの?お通夜始まっちゃうよ」

「あぁ悪ぃ、今、銀水駅にいるんだ」

「えっ、銀水駅?っていうかなんでそんなところにいるの?」

「いや・・・、まぁ」

「とにかく、はやくおいでよ。こっちはひっそり閑としてるんだから」

せわしなく電話を切られた後で時計を見た。なるほどもうそんな時間だ。1時間に2本しかない電車に運よくすぐ乗ると、僕は大牟田駅に向かった。大牟田駅へは5分もあれば着く・・・というのはもう言ったけれど、高校卒業から何年も経った今も、それは変わることはなかった。電車を降りて改札に向かう。何にも変わっちゃいない。僕が卒業してしばらくは、駅はどんどん小さく縮小していったのだけど、もう小さくするところがなくなってしまったのだろう。こじんまりとしたターミナル駅はそのままだった。駅から程遠くないところに遥の家はあって、通夜の時間には遅れずに行くことができた。本当ならこの駅の近くには大きな斎場があって、大抵はそこを使うのだろうけど、遥の通夜は自宅だった。いや、だからと云って遙の家が特別大きい訳じゃない。遥は高校生の頃から遥の祖母と弟の三人暮らしで、むしろ家はこじんまりとしている方だと思う。そんなこじんまりとした葬儀をしなければいけないことは、遥の家に着いた時にすぐに理解できた。僕はさっきの莉奈からの電話(名前を言ってなかったけれど、さっきの電話は同級生の莉奈からだったのだ)で、彼女が「ひっそり閑としている」という意味を「会場が厳かで悲しみに包まれているから」という風に思っていたけれど、全然そうじゃなかった。


 人がほとんどいなかったのだ。


 莉奈の言うところには、遥の死は地元ではかなり知られていて、東京から戻ってきた僕はきっと通夜は小さな同窓会みたいになるんじゃないかと思って、遥とは学年も違うし、なんか居辛いなぁと思ってたんだけど、そんな心配は皆無だった。遙の祖母と弟、それに莉奈しかいなかった。時間ギリギリになってしまったから、決死の思いで謝ろうと思っていたけれど、逆にこっちが遥の祖母から良く来てくださいました、この度は誠に申し訳ありませんとすごい勢いで謝られてしまい、戸惑った。遥の祖母は年齢の割にはまだ腰も曲がっていなくて、しゃっきりとしていたけれど、やはりどことなく小さく見えた。そんなことはいい、今はこの状況のことだ。いくらなんでも人が少なすぎる。高校や中学校の同級生は?部活のメンバーは?それでなくても遥は社交性があって、友達がいっぱいいたはずなのに。ていうか親戚はいないのか?確かに遥の死は誇れるものじゃないと聞いているけれど。

 通夜が始まったころの時間に、親戚の数人がぽつぽつと顔を出したくらいで、人数はこれ以上劇的には増えなかった。小さな家の小さな部屋で遙の通夜は静かに始められた。なんだかやる気のないお坊さんが僕にも理解できるくらいのハッキリとした口調でなんか漢字の御託を並べている。感情が入ってないことなんて、素人の僕から見てもよく分かる。それでも脇に座っていた遥の祖母は真剣に耳を傾けながら、神妙な面持ちで。高校生くらいの弟は必死で涙を堪えているようだった。僕が最後に彼を見たのはまだ彼が小学生になった頃じゃなかったろうか。もうあの頃の面影はなく、立派な大人に近づく青年に見える。けれども、そんな佇まいも姉の死を目の前にすると、1人の甘えん坊の弟でしかなかった。その表情は悲しいというよりも、むしろ悔しそうだった。遺体はバラバラのぐちゃぐちゃになっているらしく、もはや見せられる状態じゃなかったし、それでなくても検死やらなんやらで日にちが経ってるから、匂いとかも考慮して、その棺桶が開かれることはなかった。後で遥の祖母が顔のところを開いていたのをちらりと見たけれど、あの美しい歌声の持ち主の恐らく顔であろう部分に布がかけられており、でもその凹凸具合はおおよそ人間のそれではなかった。それから遥の祖母はずっと泣きっ放しで、もはや話せる状態じゃなかった。残酷なようだったけれど、遥のことを訊きたかった。その死のこと。どうしてこんなに人が少ないのか、ということ。でも、それは叶えられなかった。通夜が終わるなり親戚の人たちは目も合わせずに帰っていったし、残されたのは僕と莉奈だけだった。気をきかせてくれたのか、弟が僕と莉奈のために缶コーヒーを買ってきてくれた。通夜に缶コーヒーなんて聞いたこともなかったけれど、きっと彼の最上級の御礼の印なのだろう。僕らは甘んじてそれを受け取ることにした。

 玄関の外で莉奈と2人、さっきの缶コーヒーを飲んでいると、莉奈が口を開いた。

「おかしいと思ったでしょ?」

「あっ・・・うん。まぁ」

「まぁさ、自殺ならしょうがないんだけどさ」

 莉奈はコーヒーを両手で包みながら、中腰になった。まだ梅雨前だろいうのになんだか白い息が見えそうなくらい、なんか寒かった。莉奈は僕の同級生であり、クラスメートだ。あの気が狂いそうな学校の中でマイペースに要領よく振舞っていた。高校の時は、なんかあの軽い感じが仲の良い僕でさえも嫌な感じがしたけれど、今になってみれば、彼女のすごさに気づくことができる。楽しめなかった僕が悪くて、決して要領の良かった彼女を嫌ってはいけなかったんだ。むしろ、多分、あの頃からずっと莉奈のことが羨ましかったんだろう。軽い感じのノリだったけれど、勉強が出来なかった訳でもなく、頭の良いグループの女子ともそれなりに話をしていたように思う。まぁ、そうでなくちゃノリだけで生きていけるほど、あの空間は生易しいものではない。遥と莉奈は部活の後輩と先輩の仲だった。吹奏楽部はとてつもなく大きな部で(うちの高校は弓道部が専用の練習場を持つくらいに大きくて、部員もたくさんいたけれど、それに匹敵するくらい)、同じ部だからといって必ずしも仲がいいとは限らなかったけれど、遥は僕と仲が良かったこともあって、自然とクラスメートの莉奈と繋がりが出てきた。莉奈を通して遥の話をすることもあったし、遥を通して莉奈の話をすることもあった。3人で話をすることもあった。莉奈は僕が上京した後も、遥からなんかいろいろ相談とか受けてたらしい。

「でもさ、オレは自殺した人の葬儀とか行ったことあるけど、あんなにじゃなかったよ」

「仕方ないよ・・・遥、婚約したばっかの時だったから」

「えっ、婚約?」

 それは初めて聞く事実だった。確かに遙ももう二十代も中盤を迎えて適齢期ではあるし、そういう人がいても可笑しくはない。でも話が急すぎる。図らずも胸がドキドキして動揺している自分がいた。

「婚約って・・・でも誰と?」

「それは・・・詳しくは知らない。多分普通の人」

「普通の人って?」

「サラリーマンとかよ」

「でも、そんな人、ここにはいないじゃないか」

「それは私にも分かんない。でも・・・」

 明るい莉奈の面影はこの話の時何処にも見ることは出来なかった。もしかしたら莉奈も遙の死に少なからず疑問を持っているのかもしれない。いや反感さえ感じているのかも。今まで相談してくれたのに、何も相談せずに自殺をしてしまった遥の行動に。通夜に来もしなかった他の親戚や同級生のように。

「やっぱり・・・ショックだったんじゃないかな。婚約者が自殺して」

「それと通夜に来ないことは理由にならない」

「それはそうだけど・・・そんなこと私に言わないでよ」

「じゃぁ、誰に言えばいいんだよ!」

「だから私に言っても仕方ないでしょ!!!」

 図らずも僕らの口論はもう少しで修正不可能なところまで来ていた。それに気づいた僕らを一瞬の沈黙が包む。ごめん、僕は謝った。莉奈もごめん、と謝った。

 ただし、僕の頭の中に「休日も部活は行われる」ということは一切浮かんで来なかった。もしそれが分かっていたら、僕は休日ですらも遥に会うために学校に行ってたかもしれない。ロック少年、称号剥奪。

 でも、どうして帰宅部の僕が休日の部活のことを知ったのか、って。そんなの友達から話を聞いたに決まってるだろう・・・って嘘です。あのクラスには友達なんかいないと自分で言ってましたね、はい。そう、僕が遥の休日の部活のことを知ったのは、僕が路上ライブをしていた目の前を遙が通りかかったからだ。とある休日。いつものようにギターとノートと譜面台を持って、僕は最寄の駅に行った。そして、私鉄とJRをつなぐ連絡橋(ここは屋根があって声も響くし、とても歌いやすい)の特等席に陣取って、気持ちよく歌っていた。遥が通りかかったのは、自分の曲を歌ってる時だった。しかもそんなにいい曲じゃない時。ライブで使えるかどうか実験的に歌ってる時だった。なんでキメの曲の時に来てくれなかったんだろうか。焦って僕は歌うことを途中で止めてしまったのだ。

 「あっ、先輩。歌うの終わっちゃったんですか?」

咄嗟の出来事だったので、僕はまだ混乱していて、「あっ・・・うん、あっ、いいや」と訳の分からない返事をしてしまった。本当、憧れだったロック少年の面影は何処に行ってしまったのやら。ロック少年の称号、改めて剥奪。

 「歌ってくださいよ。あっ、そうだ。先輩、ビートルズ歌えるんですよね」

 あの透明な声を持つ遥の前で歌うことはとても難しいことだと思った。僕の声はレノンのものとは似ても似つかなくて、人に聴かせられるような代物ではまるでなくて、正直歌うかどうかかなり迷ってたんだけど、もう遙は僕の目の前で目を閉じて座り込んでしまったのだから、歌うしかなくなった。どうしようか、とまだ迷ってしまったけれど、もう覚悟を決める他はあるまい。「じゃあ、『From me to you』を歌うね」と言うと、僕は今一度手を広げて上を見た。あぁ、太陽の光が降り注いでいるのが分かる。僕の中にパワーがみなぎっていく感じ。自分がどんどんシンプルになっているのが分かる。あぁ、僕はこれから歌うのだよ。自分が歌いたいこと、何を伝えたいのかが形になって分かっていく。僕が歌うときに必ずやることだ。「よしっ」心の中で小さく言ってみせた。





もし なにかほしいものがあったら

もし なにかボクができることがあったら

ただ言ってくれれば 送ってやるよ

愛を込め ボクから 君へ



歌い終わった頃には額に汗が滲んでいた。そんなに一生懸命に歌っている自覚はなかったんだけど、どうやら僕はかなりその気になって歌っていたらしい。もしかしたら何か乗り移っていたのかも。少し歌っているときの記憶が曖昧な気がした。今まで目を閉じた遥が目をぱちくりさせながら拍手をしていた。

「すごいです、すごいです先輩!」 

「いや、そんなことないって」

「いえ、すごいです。なんていうか・・・聴けて幸せです。良かったです。ここを通って本当に良かったです」

なんか余りに感動されるんで、恥ずかしさを通り過ぎてちょっと気持ちよくなってきた。なんだ、遥の前で歌ってよかったじゃん。

「もっと歌ってください。先輩の曲とかないんですか?」

 「えっ、いや・・・あるといえば、あるけど・・・」

 「すごい!歌ってください」

 いつもだったら同級生にも頼まれたって歌いはしないのに、この時の僕はかなり違っていた。多分調子もテンションも上ってたんだと思う。無免許ドライバーズ・ハイ。今の気持ちだったら歌えると思った。歌うしかないんだ、と思ったんだ。





 明け方の雨は鈴の音 ほたり落ちる空の雫

 最後に僕が辿り着いた柔らかな君の笑顔


 僕らは何時でも試されていたんだよ

 「愛せるか否か」を考える前に理屈じゃない君を追いかけた


 

僕が言えない言葉の下で想いはいつも雨宿り

 その先で虹を紡ぐ君を見ては重なる光を手で囲う



「優しくなれるのは君のせいだから」



 余計な夢を見ていたから 諦めることもより増えた

 振り返る先で微笑んだ君だけが世界だったね


 もう誰の定義も当てはまること無い

 想像以上の君のことを愛している

 僕は止まない秋雨の下で



 想い出の名前はいつだって微笑む君が当てはまる

 君の痛み、あの季節探していた

 だけど僕はイメージだけのままで

 君のことさえ失おうとしていた・・・


 僕が言えない言葉の下で想いはいつも雨宿り

 その先で虹を紡ぐ君を見ては重なる光を手で囲う

 雨上がり・僕の夢・君への想い

 僕に降ってきた柔らかな光

 手で囲っては君の名で聴こえてくる

 ・・・そんな愛を信じている





 歌い終わった後で、ふぅっと世界が柔らかくなったような気がした。太陽の光が差すようなこの場所で、こんなにも柔らかな気持ちになれるなんて。目を閉じていた僕はゆっくりと目を開けた。目の前にいるはずの遥はとりあえず目の中に入り込んできた光でぼおっとしてよくは見えなかったけれど、だんだんとコントラストが強くなっていく遙の姿を追いながら、僕はもうなんか完全にレノンだったんだ。

 「・・・・・・・・・・・」

 遙はぎゅっとハンカチを握り締めたまま、黙ってこちらを見ていた。

 「・・・・・・やっぱり変だった?」

 遙の様子を見れば、僕のこの問いかけは大ハズレだということは分かっていたけれど、一応こういうことはしっかりと言っておいた方がいいと思って訊いてみた。なんか自信家っぽくても嫌味だし。

 「・・・・・いえ、すごいんです。すごくて泣きそうなんです」

 ぎゅっと握り締めたハンカチは悲鳴を上げながら、ちぎれるんじゃないかという不安さえ持ったけれど、多分そうしなければ泣いていたのに違いない。これにはさすがの僕も驚いた。創っていて自分で泣くことはあっても、それが人の心にまで届くとは思っていなかった。頑張ってはいるけど、所詮自己満のしかも古びたサウンドだったから。でも、目の前には本当に泣きそうな顔をした遙の姿があった。これはきっと嘘泣きなんかじゃない。もしそうなら彼女はアンジェリーナ・なんちゃらくらいの大女優だ。

 「あっ・・・いや、そんなに言ってもらえると嬉しいなぁ」

 「この曲、何ていう名前なんですか?」

 「あっ、『柔らかな光』っていうんだ」

 嬉しいな、本当に嬉しいな。でも伝えたくてもやっぱりこういうところは照れ隠しになってしまう。馬鹿。本当に嬉しいんだって、嬉しいってことをさ、もっと上手に伝えなきゃさ。



 けれど、それは通りかかったお巡りさんによって果たされなかった。田舎のくせにこういうところは都会染みている。さて、学校名とか聞きだされる前に逃げなきゃ。馴れた手つきで片づけをして、急いで自転車置き場に向かった。なんでだろうな。あの時、僕だけ逃げたらよかったのに、遙の手を引いて逃げてたんだ。まるで、僕が今まで歩いてきた本のページにそっとしおりを挟みこむように。自然に、そして唐突に。思えば、あれが初めて触れた遥の手だった気がする。














「・・・ごめんなさい、下手だったでしょ?」

不安そうな顔で彼女は僕を見た。幽かな上目遣いが僕の心臓の音の感覚をより速くする。

「あっ・・・いや・・・なんていうか・・・すごくいい」

それだけ言うので精一杯だった。ぶっきらぼうに見えたかもしれない。今になってみればなんて言葉を返してしまったんだろう、と思う。本当に本当に感動していたのに、僕はもうそれだけ言うので精一杯だった。言葉って難しい。どんな言葉を発してもその歌声の美しさを賞賛するには似つかわしい気がしていた。何を言っても嘘になってしまうような気がして、それ以上何かを言う事が許されない気がした。


「本当ですか!わぁ、歌って良かった」

予想に反して僕のぶっきらぼうな言葉にも彼女は喜んでくれたようだった。理解のある人で助かった。と、同時にその笑顔を見て、僕も嬉しくなった。

「でも先輩」

いたずらをしそうな子供の顔で彼女は言った。

「私が歌ったこと、他の人には言わないでくださいね」

へっ?と僕は反応してしまった。

「他の人って?」

「いや・・・その・・・私の知ってる人に」

いやいや、と僕は突っ込みを入れる。そもそも君とはつい最近知り合ったばかりで、君が誰と知り合いで誰と友達なのかなんて知らないから。怪訝そうな顔をしている僕に彼女はちょっと下を向いて続けた。

「ほら、松戸先生とか、吹奏楽部の人とか」

あぁ、そうか、その辺があったか、と勝手に自己解決していると、

「私、今、初めてイマジン歌ったんです。先輩の前で歌うのが初めてなんですよ」

と恥ずかしそうに言った。えっ、あれが初めてだったのか?と僕は素直に驚いてしまった。もう何年も口ずさんでいたような風格が彼女の歌にはあった。ジョンの言葉の意味を理解して、それを自らの魂に重ねて解き放ったような歌声を彼女は初めて出したというのか。僕は一瞬でその声の虜になってしまった。すごい、彼女の歌はすごい。僕なんかとは全然違う。じゃあこれから彼女はこの歌を何度も何度も歌っていくうちに、もっともっと成熟させていくということなのだろうか。僕はそれがミニトマトの栽培のように楽しみに思えて仕方が無かった。

 驚いている僕に、彼女はまたいたずらな笑顔を見せて、絶対ですよ、と念を押すと、教室へと続く階段へ駆け出していった。僕は屋上に取り残されたまま、呆然と彼女の歌声と最後の笑顔にやられてしまっていた。

その日の授業は胸の中で繰り返しながれる彼女の歌声だけで全然乗り切ることができた。退屈な授業も、ムカつくクラスメイトのやり取りも彼女の歌声を思い出すたびに穏やかな気持ちになれた。それからずっとずっとこんな日が続いていたのだ。もしかしたら、あの頃は頭の中がほとんど遥の歌声か笑顔だったのかもしれない。


けれども、今思えど、それは「恋」では無かったかと問われると、それとは全く違ったように思う。そもそも始めに名前を訊くことも忘れるくらい、僕の頭の中はレノンでいっぱいだったし。多分、これまで周囲で全然理解されることがなかった『レノン』という存在を理解してくれる嬉しさからじゃなかったかと思う。どこまで僕はロック少年だったのだろうか。なんかどっかの洋楽アーティストが『セックス・ドラッグ・ロックンロール』なんて高らかに歌っていたけど、僕にはどうやらロックがあれば十分なようで、そんな恋だの愛だのは当時は二の次だったのだ。それを証拠に僕らはあの日以降も結構頻繁に逢っていたのだけれど、変な感情は一切なかった。けれど、恋だの愛だのとは無縁だといいながら、僕は彼女と電車の時間を合わせるようにしていた。部活動が終わる頃の時間まで僕は図書館で本を読むか受験勉強をするかして過ごし、銀水駅で彼女が来るのを待つ。吹奏楽部には知り合いも多かったから、なんかよくわかんないけれど、遥のことを知られないように、学校ではなく駅で待ち合わせをしていた。そして7時15分過ぎ、特急の電車が銀水駅を通過して、各駅停車の電車が近づく踏切が降りる頃、息を切らせながら線路を渡って、彼女はやってくる。そして、世界中を味方にしたような笑顔で言うのだ、「7時19分、今日も間に合ったね」って。そんな日々は梅雨の間中続いた。梅雨が明けるころには、登校スタイルもなるべく合わせたりするようにしていた。晴れの日には基本的に自転車を使うらしい。7:15分に新栄町を過ぎた辺りの真っ直ぐな道を彼女はそそくさと進んでいくのだ。僕はそれに追いつくようにして「おはよう」と声をかける。その顔を見るだけで、僕はレノンの歌声を思い出すことが出来た。雨の日には、駅までは自転車でそこからは電車。登校時間までに動いている電車は限られている。彼女は7:10分の電車に乗って学校へと向かう。僕もそれに合わせるようにして彼女の乗った1つ後ろの車両から歩いて彼女を見つけた振りをするんだ。そんなことが毎日ではなかったんだけど、結構頻繁に僕は彼女と登下校を共にするようになった。帰りの時間も合わせるようになってからは、僕は放課後に路上ライブをすることは極端に減ってしまった。だって遥の部活終わりを待とうとしたら、既に夜になってしまっているから。まだ田舎の高校生に夜の駅で路上ライブをやるほどの甲斐性はない。酔っ払いに絡まれたところで逃げる術を知らないからだ。



けれども、ロック少年の僕にはやっぱりどうしても路上ライブをしたくなる瞬間があった。それが僕の表現だと思っていたし。それにレノンの曲も歌いたかった。彼女の歌声を聴くのもとても素晴らしいと思っていたけど、やっぱり自分で歌うことが楽しくてしょうがなかった。そのせいか、僕は休日に駅に行っては路上ライブをするようになった。

 バンドを解散してから(正確には『脱退』なんだけど)、僕は1人で音楽をやるしかなくなった。でもそれはとても気楽だったし、好きな時に好きなだけやった音楽がそのまま自分の活動として残ることが楽しくてしょうがなかった。そんな感じで家では自分の曲を創ったり、なんかテープに吹き込んだりしていたのが、そのうち直で、自分の歌で伝えたくなった。それが『歌』というもののテーマだったし。っていうか、テ

ープに吹き込んだ声が嫌いだったこともあったけど。テープに吹き込まれる自分の声はどこか甘ったるくて、鼻にかかっていて、聴いていてムカムカして好きになれなかった。今ではそれが自分の声なのだと分かるし、それはそれで嫌いではないのだけれど、当時は自分の歌声はあんなものではない、機械が悪いのだ、と信じて疑わなかった。ということ経緯から生で歌うことにこだわりを見つけ、路上ライブを始めるようになった。最初に歌った歌は・・・多分一発屋のグループの売れなくなってからの曲じゃなかったろうか。なんかそういう第一線を欠いた曲を外して歌うことが最高に格好いいと思ってたからのことだった。GRAPEVINEなんかを歌ってたのも、その意志の表れだと思う。もちろんレノンもいっぱい歌った。最初はなんか畏れ多い気持ちでいっぱいだったけれど、少しずつ場所にも慣れて、自分の表現が出来るようになってきて、「あっ、今なら歌えるかもな」っていう瞬間があったのだ。中には自分の青春の曲を他人に変にアレンジされて歌われることが嫌いな人もいる。(僕だってレノンや好きなバンドの曲がアレンジされたらムカつくし)そんなこともあって、最初はちょっと抵抗あったりもしたのだけど、途中からは全然気にしなくなった。僕はモノマネ芸人じゃないから、そんなにそっくりに歌えるわけでもないし、っていうか歌えたらテレビ出れるし。いいじゃん、オレはオレだよ。なんて考えられるようになったのだから生意気だ。そうして僕はライブの中でどんどんと自分なりの表現を取り入れるようになった。そのうち、いろんな曲のコード進行を覚えていくうちに、自分の曲も創れるようになった。歌詞は昔からちょっとずつ書き溜めているものがあった。それをギターで弾きながら歌って、リズムに合わせて歌詞を変えていって・・・としているうちに、少しずつ人前で歌ってもいいんじゃないか、っていう曲が出来るようになった。自分の歌を歌うということは、これまで誰かの歌を歌うということよりは格段に意味が違っていた。歌っているときに自分の歌詞に恥ずかしくなることもある。そんな感情は生まれて初めてだった。それ以上に、曲にこんなにも気持ちを込めて歌うことが出来るんだ、ということが驚きだった。歌っているうちにこみ上げてくるものがあるなんて今まで知らなかった。それからのライブは自分の中でとても大きなものになった。いっちょ前に「音楽やってる」っていう気にもなった。音楽活動の中心がライブになったのは、もう時間の問題だった。

 だから、こうして平日には遥のことを待っていようとも、休日は自分の為だけに費やしていた。なんか毎日が最高に充実してる気がした。休日に朝から晩までクリアーを開いて三角関数の勉強をするよりも、六弦のギターをかき鳴らして自分の歌を歌っている方が、僕にとっては意味があることだった。