キ〇〇イ家族
ダメ人間になったのはそもそも幼少のころの家族構成にあるのかもしれない
元教師で狂暴で酒飲みの祖父
大嫌いでした
幼稚園児だったある時
いとことふざけあっていたとき
私「これ 痛い?」
といとこのほっぺを軽くつねってみました。
つねると言うよりつまんでみたんですね。
いとこ「別に 痛くないよ うん 痛くないよ」
私「じゃあこれは?」
とやや手に力をこめてみます。
その時 ガラッと襖があき
二人の光景を見た祖父
私がいとこをいじめていると思ったのでしょう。
私のほうに突進してきて
祖父「おまえ!自分がされたらどんな気持ちになるんだ!」
と言いながら私のほっぺを両手で掴み縦、横、縦、横。
激しく縦、横、縦、横
私「うぶうぶうぶ。痛い?とか聞いてうぶうぶうぶ。痛くないよってうぶうぶうぶ。言うから」
それでも祖父は渾身の力でほっぺを掴み
祖父「痛くないわけないだろ!」
えー
本人が痛くないよって言ったのにさあ
私はすでに号泣していて肩をヒックヒックさせ
恐怖に震えていました。
それでも私は
私「痛くないよって言ったし痛くないようにした」
そうあくまで主張しました
するとそれは反抗した、いや、逆らったと思ったのでしょう
逆上した祖父は私のほっぺを掴んだままけたぐりをしたのです
私は後頭部から畳に倒れそのままごろごろと2メートルくらい転がりました。
もう声にもならないくらい号泣していて
ただ怯えるしかありませんでした。
その後私は母にありのままを訴え
祖母にも同じように訴えました。
そして二人から返ってきた言葉が
「そりゃあ あんたが悪いよ。」
その時目の前が真っ白になり
この人たちに何を言ってもダメだって思いました。
そして同時に幼稚園児にして初めて殺意を覚えた瞬間でした
そんな殺意がさらにゆがんだ形で表現され続け
間接的ではあるものの数年後に祖父は本当に死ぬことになるのです。
元教師で狂暴で酒飲みの祖父
大嫌いでした
幼稚園児だったある時
いとことふざけあっていたとき
私「これ 痛い?」
といとこのほっぺを軽くつねってみました。
つねると言うよりつまんでみたんですね。
いとこ「別に 痛くないよ うん 痛くないよ」
私「じゃあこれは?」
とやや手に力をこめてみます。
その時 ガラッと襖があき
二人の光景を見た祖父
私がいとこをいじめていると思ったのでしょう。
私のほうに突進してきて
祖父「おまえ!自分がされたらどんな気持ちになるんだ!」
と言いながら私のほっぺを両手で掴み縦、横、縦、横。
激しく縦、横、縦、横
私「うぶうぶうぶ。痛い?とか聞いてうぶうぶうぶ。痛くないよってうぶうぶうぶ。言うから」
それでも祖父は渾身の力でほっぺを掴み
祖父「痛くないわけないだろ!」
えー
本人が痛くないよって言ったのにさあ
私はすでに号泣していて肩をヒックヒックさせ
恐怖に震えていました。
それでも私は
私「痛くないよって言ったし痛くないようにした」
そうあくまで主張しました
するとそれは反抗した、いや、逆らったと思ったのでしょう
逆上した祖父は私のほっぺを掴んだままけたぐりをしたのです
私は後頭部から畳に倒れそのままごろごろと2メートルくらい転がりました。
もう声にもならないくらい号泣していて
ただ怯えるしかありませんでした。
その後私は母にありのままを訴え
祖母にも同じように訴えました。
そして二人から返ってきた言葉が
「そりゃあ あんたが悪いよ。」
その時目の前が真っ白になり
この人たちに何を言ってもダメだって思いました。
そして同時に幼稚園児にして初めて殺意を覚えた瞬間でした
そんな殺意がさらにゆがんだ形で表現され続け
間接的ではあるものの数年後に祖父は本当に死ぬことになるのです。
ダメ人間誕生のひみつ
1975年12月
まわりみんなに祝福され誕生した
と思っていたのは自分だけだったのです
いや 確かに祝福され誕生したのでしょう
しかし その後弟がうまれるまで八年間地獄のひとりっこ生活が始まるのです
が
その前に
母親は二度子供を死なせているのです
子宮外妊娠は仕方ないにしても
なぜ中絶までしているのか
祖母から聞き愕然とする
一つ間違えば
中絶されたのは私だったのかもしれないし
八つ違いの弟だったのかもしれない
理由は未だに聞けないし仕方なかったのかもしれない
でも 作った子供を産むか産まないか
なんて選んでいいのか?
私は本当に望まれて生まれてきたのでしょうか?
未だに愛情表現をはき違えている両親に対して
それがすべての理由でないにしろ憎しみしか覚えない
という子供は私だけではないのでしょう
私はなんのために生を受けたのでしょうか?
まわりみんなに祝福され誕生した
と思っていたのは自分だけだったのです
いや 確かに祝福され誕生したのでしょう
しかし その後弟がうまれるまで八年間地獄のひとりっこ生活が始まるのです
が
その前に
母親は二度子供を死なせているのです
子宮外妊娠は仕方ないにしても
なぜ中絶までしているのか
祖母から聞き愕然とする
一つ間違えば
中絶されたのは私だったのかもしれないし
八つ違いの弟だったのかもしれない
理由は未だに聞けないし仕方なかったのかもしれない
でも 作った子供を産むか産まないか
なんて選んでいいのか?
私は本当に望まれて生まれてきたのでしょうか?
未だに愛情表現をはき違えている両親に対して
それがすべての理由でないにしろ憎しみしか覚えない
という子供は私だけではないのでしょう
私はなんのために生を受けたのでしょうか?
よろしくです
タイトルのみをアップして何も書かずに日にちがたってしまった… 30にして三人のムスメに恵まれたものの 親族や会社 友人には恵まれず ついには鬱病になってしまったというまぬけな男の半生を振り返り書いていこうと思っております 続くのか? だって 鬱病だもん 人間ときになーんでこーなっちゃったのかなーって思ったり こんなはずじゃなかったのにと思ったりすることもあるとおもいます そのターニングポイントはどこだったのか いろんな記憶を思い出した順に書いていこうと思ってます よろしくねー
