章姫のつれづれ帳

章姫のつれづれ帳

私は精神障碍者当事者です。
精神障碍の事について、健常者の皆さんに興味関心を持ってもらえれるような内容のブログにしたいなと思っています。
精神障碍の事以外の日常の事も書きます。

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お久しぶりです。章姫です。
ブログをリニューアルする事にしました音譜

私は精神障碍になってから10年目になってから、一人暮らしを始めて、今年の4月にパン屋でバイトを始めてと、やっと人生のスタートラインに立つ事が出来たという事で、

私の夢である精神障碍があっても幸せになれる事をこれから証明するためのステップとして、
精神障碍の世界を私なりの解釈で、わかりやすいように紹介したいと思います照れ

まずは、精神障碍(漢字の本来の意味から敢えて難しい字のガイを使ってます)はある事は不幸な事だと、皆さん認識されているのではないのでしょうか?

これは健常者の方よりも、当事者の方が実感しているような気がしますしょぼん

社会からドロップアウトして、友達が去ったり、仕事を辞めなきゃいけなかったり、あるいは学校を中退せざるおえなかったり、人から差別されたり自分が自分を差別したりと、リハビリに時間がかかる事によって社会経験があまり積めない等etc
あまりいい事はないように見えますがドクロ

でも結局、精神障碍者の幸せ不幸せは、自分が病気(障碍)を受け入れるかどうかが鍵を握っているかと思われますカギ

それは、病気と一生共に生きざるおえないから、病気を否定する事は自分を否定する事なんですショック!

病気と自分を切り離している間は、自分の事が一番不幸な人間だと思ってしまいます。
なぜかと言うと、自分が自分の病気の事を差別している状態だからです。

惨め、ツイていない、悔しい、寂しい、死にたいetc

そういう時に感じるマイナス感情達です。
(私の主観なので、違うっていう方もいらっしゃるかと)

でも、精神障碍になって幸せになるためには、その病気と自分を切り離して、認めないという過程を通らなければなりません。

最初から精神疾患に感謝できる人なんていません。
たまに精神障碍があってよかったという方もいらっしゃいますが、その人は自分の事を見つめ続けたからなのではないのでしょうか?

この障碍は、自分の感情や心に直視せざるおえないという事が、いくら病気から逃げてもいつか来るからです。

結論から言うと、病気から逃げてもいい事はないです。

病気から逃げ続けていたら、現実を見る事ができないイタイ人間になるだけです。

でも、病気から逃げ続ける事も選択はできるんですね。
これは、見えないものであるからこそ、起きる現象です。

身体障碍や知的障碍ではない事です。

別の記事で、精神障碍独特の就労であるオープンとクローズという事について書きたいと思いますが、
精神障碍者は、障碍を隠して仕事をしているという人も存在します。

病状が激しくなければ、見た目から精神障碍者である事は、健常者が見破る事は難しいと思います。

と、話がズレてしまいましたが、
私はまだ病気に感謝する境地までには、至らないのですが、
病気になったからこそ、いい人達に恵まれて、子供の頃に感じていたイジメられる恐怖から解放されたという心の安らぎを私は得ています。

そういった点では、私は病気になった事によってイジメられる恐怖から助けられたという幸せを手に入れたとも言えます。

100人規模のデイケアで、沢山の精神障碍者の方を見て思った事は、

健常者の方よりも優しくって心の痛みをわかっている。

そう感じました。

今の社会はいい人達が心を病む、そんな社会なのではないのでしょうか?

精神障碍者全員がいい人だとは、言い切れません。

これは他の障碍にも共通してますが、閉鎖病棟に入院していた時に、いわゆる不良という方も多く入院していました。

私は絶対、不良連中が心を病むなんてあり得ないと思ってましたが(私は不良達にイジメられていたので)
実際は違うんですね。

だから、精神疾患は誰にでもなる可能性はあるというのはあながち嘘ではないと思います。

私の持病である統合失調症は、約1%の人が発病しています。

そのほかにもうつ病や双極性障害、てんかん、パニック障害etc

様々な病気が存在していて、精神疾患を持っている人は沢山いるけどわからないのは、皆さん周りには隠しているからなんですね。

精神疾患や精神障碍は恥という認識が、日本にははびこっているからですし、そして不幸な事であるとも認識されてます。

私は当事者健常者関係なく、精神疾患の事を語れるような社会にならないといけないと思ってます。

これによって、精神障碍者の方は健常者の方と同じように、のびのびと生きていけれると思います。

精神障碍がある事で不幸なのは、
ただ精神障碍を治療あるいはリハビリするための知識や選択肢を知らないのと、
自分の感情や心を見つめる事ができないからではないでしょうか?

最初から、それを目指す必要もないと思います。
病気を否定する事によって、段々肯定してみようかなという気持ちが芽生えてくるものだと思います。

当事者なら病気の否定は誰しも通る道です。
だから、その道はやがて自分が幸せになるための道に繋がっています。
でも、色々心の中で格闘をしないと、その道には繋がりません。

マイナス感情で溢れていても、それをあると認めるだけでいいんです。
そうすれば、その感情達もやがて消えてきます。
隠すから余計にその感情が暴れるんです。

精神障碍は、よくなったり悪くなったりを繰り返してよくなっていきます。
根治はできないけれど、幸せになる事はできると、私は信じていたいと思います。