50年前の想いでです。
福岡の久留米市に某楽器久留米営業所が有りました。
そこに配属となり営業とピアノの調律の勉強をしていました。
毎朝出勤前に近くの喫茶店でモーニングコ-ヒ-を飲んで出勤していました。
時々カウンタ-にハ-フの顔立ちでモデルさんのようなスタイル、服装の
女性が座っていました。
お店の常連らしくマスタ‐やママがみどりさんと呼んでいるのが聞こえました。
数か月したころママさんから彼女があなたに好意を持っているので声をかけたらと
言われました。
そのお店では私は人と話すでなく、その日の営業だけしか頭に有りませんでした。
数日後お店を出て会社に向かう途中ふと気になり後ろを振り返ると彼女に
尾行されていました。
なぜ?と声をかけ、私の事が気になり勤め先を知りたかったと頭を下げられました。
後日逢う事を約束し、その頃の純喫茶で逢う事にしました。
休みの日に逢って話をしました。
私より二つ違いで久留米では有名なスタイルの店に努めていました。
話してみると見た目とは違い古風な感じの娘で好感が持てました。
その時に流れていた曲がポ-ルモ-リアが演奏する裸足のイサドラでした。
その頃有線放送に電話をして好きな曲を流して貰う事が流行っていました。
心を打たれるメロディーに急いで題名を電話で聞き、翌日より毎朝純喫茶で
逢い有線に電話して流して貰いました。
順調な交際で相手のご両親にも気に入って貰え、相手の家で同居する事になりました。
私の両親は神奈川に住んでおり報告はしていました。
ある日仕事から帰るとお母さんがごめんねと泣きながら謝ってきました。
そして彼女が家にいませんでした。
彼女と妹さん、弟の三人兄弟ですが彼女と妹さんが小さい頃お父さんが亡くなられ
お父さんの弟と再婚されたそうで、いや再婚させられたが正解ですがお母さんや
彼女、妹もお父さんの酒癖の悪さに相当に泣かされまた嫁いでいる叔母が
それ以上にきつい性格、きつい言葉だったそうです。
その叔母が自分が紹介したい男性がいた、嫌ならこの屋敷や土地の財産権利を
争うと言われ仕方なしに彼女を叔母の家に行かせたと、本当に可哀想な涙でした。
待つ事も考えましたがお母さんにこれ以上泣かれてはと思い、会社を辞め神奈川へ
越して来ました。
裸足のイサドラのレコ-ドを買い聞いては淋しい時間を過ごしていました。
裸足のイサドラは映画の主題曲と分かり本当に探しましたが見つかりませんでした。
先月ネットで何時もの様に聞こうと検索している時、7月10日にその映画をツタヤで
販売すると書いて有り予約注文しました。
そして今日念願かなって手元に届きました。

遠い昔、息を切らせて喫茶店に来る彼女、頼んだ?とこの曲を聞いてきます。
10円持って公衆電話で依頼しコ-ヒ-の香りに包まれた時間でした。
あれから50年、彼女も結婚しまた離婚もしました。
共通の友人が私の電話番号を教えたらしく数年前までは連絡が有りました。
実家の弟さんがお店をやっていて(おうどん店)そこで働いていると、
何年前か忘れましたがスポ-ツ吹矢佐賀県大会が佐賀県多久市で開催されました。
その大会に出場した時に友人も応援に来てくれ、一緒に食事をしました。
どこに行くの?任せてよ?そんな調子で友人の車で八女市のお店へ、。
営業時間前だったので駐車場で待ってるとそこに中で待ってて下さいと
店員さんが後ろから声をかけてくれ振り返ったら、心から出た声がみどりだった。
彼女も固まってしまい、友人だけがごめんね連れてきたよと声をかけてくれた。
お互いに離れ離れになり彼女は独身、私も家庭を持ち複雑な気持ちでしたが
遠い昔がとても懐かしく感じる時間でした。
今夜は映画を見ながら遠い昔に気持ちだけ戻りたいですね、。