私と母の関係










フラワーレメディのセッションでも度々




母親との関係についてのお話がでてきます



パートナーシップの問題点でも


紐解いていくと家族の関係や母親の関係性が
重要なポイントになってきたりします




私と母の関係をすこし書いてみますね






私の一番最初の記憶は




母と姉が 私の方をみてニコニコしている記憶


何か私は白い何かを持っているのですが
その白いものを持って2人に駆け寄ると2人ともニコニコ笑っている


という記憶ニコニコ




母との関係がこじれ始めたのは中学3年生のころ



その頃の母は
父の会社の経理もこなしながら自分の仕事も朝から夜遅くまで仕事をしていて


とにかく余裕もない状況で


母はともかくキリキリしていました
元々教育に関しては厳しい母でしたが

さらにキリキリしていて酷かったです

中学という多感な時期に 受験生だった私は



ともかく母が怖かったです




受験する高校も家の近くしかダメ
受かるはずがないと受験をするのさえゆるしてもらえず


私は必ず落ちると言われ 

志望校も変えられてかなりレベルを落として名前さえ書いとけば受かるような高校へ受験しました



そのときは自分の思いは伝わらず

母が絶対的ルールだったし

頑張っても無理だし

これで受験勉強しなくてもいいんだー♪やったー!

と全てをあきらめました



母が決めた高校で ホントになにも知らずに入りましたが


三角形の底辺のような学校で入学式の日には
来る学校間違えたと思いました…ニヒヒ




母との確執が生まれたのもこの日かな






母が決めた学校ですが 
母にとっては恥ずかしい学校に娘が通っている
というのがとてつもなく汚点のようで





私が制服を着て近所を歩くのもとても嫌そうでしたし



私を毎日嫌なものを見ているようでほんとに辛かったです









とてもグレてグレて… 人生の中で1番グレました






グレましたと言いながらまぁそれなりに楽しんではいて
まあ、なんというか ちゃらついてましたニコ





最強にジャックナイフ的な写真発見!





めっちゃ睨んでるーニヒヒ ビックリマーク 







とにかくお家を出たくて

就職に有利な学校に入りたいと思って

指定校推薦してもらえるように






学校生活だけは

荒んだココロとは別にして 適当にちゃっかり過ごしました






母との関係が良くなったのは20代

就職してから ニコニコ



やっと
娘ふたりを社会に送り出したーという

母の余裕が出てきて急激に性格が穏やかになり


普通に接する事ができました





思春期の頃に感じた母は





とてつもなく怖かったですし憎かったし


殺したい日もありました


ここには書けれない事もたくさんあります


全てを否定されて過ごしました



母親のがんじがらめからやっと解放されて



わたしも客観的に物事をようやくみることができ



母の弱さも見えてきて


怯えることもなく 本来の母の優しさに気がつく事ができました



母は母なりに精一杯やっていたし





私も私で抑えられたぶん爆破できた


あの頃の悔しさが

私の今の優しさに繋がっています




あのころの辛さをずっと引きずる事も出来ます




許せないままでいる事もできます






自分にとって嫌なこと悲しみを



受け止める強さを作る時は


苦しみが生まれますが



その苦しみは
とてつもなく強いあなたを形成してくれる


人生をかけて生きていく力になる




そんな風に思いますニコ








母との関係性は人それぞれ


分籍届けを出して許せる事もあるだろうし

それだけでは気がすまない事もある


憎しみだけを残して
この世からいない事もあるでしょう



ずっと恨み続けて 憎しみを自分ではなく



人のせい 母親せいにしていく事も




すべてはあなたの決める事



苦しみから逃れたいのであればそう決めたらいいと思います





母の身体から生まれた瞬間 あなたは
もう母とは違う生命体です



母のせい 誰かのせいで
苦しめさせられているのではなく






誰のせいでもなく
あなた自身苦しんでいるだけ
ということに

気がついてくださいほっこり














ちょっとひとりでは解決できないときは

フラワーレメディの優しいパワーを借りてください






フラワーレメディ 〜個人セッション〜