:開かれる時間の扉
篠原博士の謎めいた遺品と録音データを手掛かりに、刑事・倉橋は捜査を進めるが、その過程でさらに不可解な事実が明らかになる。博士が死の直前に接触していた人物たちの中に、元助手の南雲遥がいたのだ。南雲は一年前に突然博士の元を去ったものの、最近再び連絡を取っていたらしい。
倉橋は南雲に会うため、彼女が現在勤務している大学の研究室を訪れた。南雲は篠原博士について話すのをためらいながらも、重要な事実を明かした。
「博士は『タイムジャンプ理論』を完成させる寸前でした。でも、それは単なる科学ではなく、人間が触れてはいけない領域に踏み込むものだと私は感じていました……」
南雲によれば、博士の研究の核心は、「人間の意識を時間の流れから切り離し、異なる時間軸に移動させる」というものだった。その実験には膨大なエネルギーと精密な計算が必要であり、成功すれば、人間の存在そのものを過去や未来に投影できるという。
「博士はそれを『時間の扉』と呼んでいました。そして……最後の試みをする前に、こう言ったんです。『もし私が消えたら、それは成功だ』と。」
倉橋はその言葉を聞いて困惑する。もし博士の理論が本物だとすれば、彼は本当に「未来」へ行ったのか? だが、現場の状況は「殺人事件」であることを示している。南雲の証言だけでは、博士が自らの意思で未来へ消えたとは断定できない。
一方で、倉橋は博士の遺品の中にあった奇妙な装置――博士の手に握られていた小型のスイッチ――に注目する。この装置が博士の理論を実現する鍵ではないかと考えた倉橋は、南雲とともにそれを解析することにした。
解析の結果、スイッチには特定の波動を発生させる機能があることが判明した。それは、人間の脳波に干渉し、時間認識を一時的に混乱させるものだった。南雲はそれを見て顔を青ざめる。
「これが博士の言っていた『鍵』だわ……。でも、これを作動させるには、膨大なエネルギーが必要だったはず。博士は一体、どこでそのエネルギーを手に入れたの?」
倉橋は、博士のマンションにあった散乱した機械部品と、壁に描かれていた数式を思い出す。現場には、確かにエネルギーを増幅するための装置の痕跡があった。だが、それだけでは足りない。博士が実験を成功させたとすれば、さらに強大なエネルギー源を使った可能性が高い。
その時、倉橋は捜査資料の中に目を留めた。篠原博士のマンションでは、事件当夜、近隣住民が「一瞬、強烈な光と耳鳴りのような音を感じた」と証言しているのだ。この現象は、博士の装置が作動した際に生じたものではないだろうか?
南雲はその光の現象についても心当たりがあると言った。
「博士は最後の実験で、『時間の扉』を開くため、部屋全体を巨大な共振装置として利用する計画を立てていました。もし彼が成功していたなら……」
彼女の言葉を遮るように、倉橋の携帯電話が鳴った。部下の刑事からの連絡だった。現場検証を進める中で、博士の部屋の壁紙の裏に隠されていた「もう一つのメモ」が見つかったというのだ。
そのメモには、こう書かれていた。
「時間を超える旅路には、必ず代償が伴う。だが、私はそれを受け入れる覚悟をした。未来の扉を開く鍵は私の中にある。誰も追ってはならない。」
倉橋はその言葉を聞き、深い疑念を抱きながらも次第に一つの可能性に近づきつつあった。それは、篠原博士が密室の謎を解く鍵を握りながら、自ら意図的に「未来へ消える」選択をしたのではないかということだった。
しかし、もしそれが真実だとしても――博士が残した「未来への扉」は、本当に閉じられているのだろうか?
倉橋の胸中に、新たな不安と決意が渦巻いていた。