:時間の影に潜む真実
倉橋と南雲は、篠原博士の残したメモの意味を探るべく、さらに捜査を進めていた。倉橋の頭には、いくつもの仮説が浮かんでは消えていく。篠原博士が本当に「未来」に行ったのなら、その手段は何だったのか? そして、もし彼が「未来」に到達していないのだとすれば、彼の命を奪ったのは誰なのか?
その時、倉橋のもとに再び新しい情報がもたらされた。篠原博士の部屋から回収された壁一面の数式を解析した結果、それがただの数式ではなく、一種の暗号である可能性が浮上したのだ。その暗号を解読するため、倉橋は南雲とともに解析に取り掛かった。
解読の結果、数式の中には奇妙な座標のデータが含まれていることが分かった。それは、篠原博士のマンションから10キロほど離れた、廃工場の敷地を指していた。博士が生前にその場所を訪れていた記録はなかったが、彼が実験のために外部施設を利用していた可能性が高い。
倉橋と南雲はその廃工場に向かった。薄暗い廃墟の中を進むと、一室にだけ最新鋭の設備が整っており、そこに奇妙な装置が設置されていた。それは円形の金属フレームと、中央に設置された制御端末から成る装置だった。南雲はそれを見て声を震わせた。
「これは……博士が設計していた『時間の扉』そのものだわ。でも、なぜここに?」
制御端末の電源を入れると、画面に「最終実験記録」というファイルが表示された。中には篠原博士の声が録音されていた。
「私は明日、未来へ旅立つ準備を終える。この装置が作動すれば、私は時間軸の先へ移動することになる。だが、それには大きなリスクが伴う。装置が異常をきたした場合、私の存在は完全に消失するかもしれない。それでも私は進む――この理論を証明するために。」
その言葉に倉橋と南雲は凍り付いた。博士は確かに「未来」へ行くつもりだった。だが、その実験には致命的なリスクがあることを承知の上で挑んだのだ。
さらに調査を進めると、装置の履歴データに不可解な点が見つかった。装置が作動した痕跡は残っているものの、博士が消えた日よりも「1時間後」に再び装置が稼働している記録があったのだ。博士がすでに未来へ消えた後、誰が再び装置を作動させたのか?
倉橋は直感的に、この1時間の空白に事件の真相が隠されていると感じた。廃工場をさらに調べていると、一つの奇妙な痕跡が見つかった。制御端末の操作ログには「南雲遥」という名前が残されていたのだ。
倉橋は南雲を問い詰めた。「南雲さん、あなたは何を隠している?」
南雲は動揺した表情を見せたが、やがて観念したように口を開いた。
「……私が装置を再起動させました。でも、それは博士を殺害したわけではありません! 私は……博士を救いたかったんです!」
彼女の話によれば、博士が装置を作動させた直後にエラーが発生し、装置は暴走状態に陥っていたという。南雲は急いで装置を再起動し、博士を「時間の狭間」から呼び戻そうとした。しかし、その試みは失敗し、博士の存在は完全に消えてしまったという。
倉橋はその説明に疑念を抱きつつも、南雲の表情から嘘をついていないことを感じ取った。だが、ここで新たな謎が浮かび上がる。南雲の再起動によって装置が正常に戻った後、「誰も存在しない時間」にアクセスした痕跡が残っているのだ。誰かが、博士以外の目的でこの装置を利用した可能性がある――。
その瞬間、倉橋の背後で微かな音がした。振り返ると、装置の中央にうっすらと光の渦が生まれていた。そしてその中から、微かに人影のようなものが現れた。
「これは……」倉橋の言葉が途切れる。
装置が作動し、消えたはずの篠原博士が何かを伝えようとしているかのようだった。だが、その姿はわずか数秒で消え去り、光の渦も消滅した。
篠原博士の「未来」と、そこに潜む真実への扉は、再び閉ざされてしまったように見えた。だが、倉橋は確信した。この事件は、ただの科学的失敗では終わらない。博士が消えたその背後には、さらに深い謎と計画が隠されている――。