:消える影
山間にある静かな街、霧原町。その街では最近、奇妙な噂が囁かれるようになった。
「人々の影が消える。」
初めは子供たちが学校で冗談半分に話していた。しかし、日が経つにつれて、影を失った人々が次々と現れ始めたのだ。影を失った者たちは、みな一様に怯えたような表情を浮かべるが、その理由を話すことはない。ただ、「影を喰う何かがいる」とだけ呟いていた。
警察にも何件か相談が寄せられたが、被害者たちの証言は曖昧で、具体的な事件性が見出せなかった。そのため、「気のせい」「心理的なストレスの結果」と片付けられ、正式な捜査には至らなかった。
そんな中、霧原町の古びた喫茶店「カフェ影法師」に、ある探偵が訪れる。その名は堂島修介。彼は都会で名を馳せた推理の名手でありながら、人里離れた地方の事件にも積極的に関わることで知られていた。
「影が消える? まるで童話のような話だな。」
堂島は、店主の中年男性・片桐から噂を聞きながらも、その不可解な現象に興味を示した。片桐は渋い顔で頷き、さらに耳を傾ける堂島に向かって語った。
「噂じゃない。実際に影を失った人間がいるんだ。それも、一度影を失うと……元には戻らないらしい。」
さらに詳しい話を聞くために、堂島は影を失ったという被害者の一人、町の郵便配達員である杉村という男性を訪ねた。彼はうつむき加減で堂島を迎え入れると、自身の影が消えた日のことを語り始めた。
杉村の証言
「それは2週間前の夜でした。配達の仕事を終えて帰宅している途中、街灯の下で妙な感覚に襲われたんです。影が動いたように見えた……いえ、正確には、影が何かに吸い込まれるような……そんな気がしました。」
杉村はその場で立ちすくみ、足元を確認したという。しかし、自分の影は薄れ、やがて完全に消えてしまった。
「影がなくなった時、不思議と体に痛みはありませんでした。ただ……その瞬間、何かに見られているような気がして、いても立ってもいられなくなったんです。それ以来、夜道を歩くのが怖くなりました。」
堂島が「何に見られていると思ったのか?」と尋ねると、杉村は一瞬躊躇した後、小声でこう答えた。
「分かりません。ただ、目の端にちらついたのは……人の形をしているようにも見えたけれど、それは影そのもののようでした。」
始まる調査
杉村の証言を聞いた堂島は、街を一通り歩いて回ることにした。昼間の霧原町は平穏そのものであり、人々も表向きには普段通りの生活をしているようだった。しかし、夜になると雰囲気は一変した。町全体が深い静寂に包まれ、人通りがほとんどなくなるのだ。
「妙だ……この静けさは普通じゃない。」
夜の街を歩いていると、堂島はふと、背後に奇妙な気配を感じた。振り向くとそこには誰もいない。だが、足元の影が街灯の光の角度とは合わない方向に微かに揺れているのに気づいた。
その時、どこからともなく冷たい声が響いた。
「影を失いたくなければ、立ち止まるな。」
その声に、堂島は胸に冷たいものが走るのを感じた。霧原町には、本当に「影を喰う何か」が存在しているのかもしれない――。
堂島はこの不可解な現象の謎を解くため、本格的な調査を開始することを決意する。しかし、この「影を喰う何か」がもたらす恐怖は、想像以上のものだった。