「今宵もどうぞよろしく……ね」

お決まりの新造の挨拶の途中で、へへへと笑って顔をあげた。

「なんだよ それ」

座敷で会う○○がこんなバカをするのは初めてで、吹き出してしまうと楽になった。



今夜○○を呼んでくれた龍馬さんは、廊下でばったり会った人が同郷の友人だったらしい。

二人はゆっくり過ごせばいいからと言い残して向かった先からは、絶えずご機嫌な笑い声が漏れ響いていた。


「思ったより早かったな」
「そうかな?…でも、ずるはしてないよ」


普段着の彼女となら平気なのに、こうして着飾った○○と二人きりで会うことには慣れない。

紅い灯に照らされて、にっこり笑って見せるその顔に一瞬だけ見とれてしまうけれど、そんな俺には気付かずに「あっ」と表情を変えた。

「ーそうだ!翔太くんに、渡したいものがあるんだよ」

下を向くと一筋の後れ毛が○○の顔を細く隠す。それを耳にかけながら、胸元から小さな包みを取り出す姿は、俺の知っている彼女よりもずっと大人びていて、慌てて視線をずらした。

「はい…翔太くん」

少し朱が差した目元を悟られないように、どれどれと必要以上にその手元を覗きこんだ。

そこにあったのは、渇いたスライムのような、指先ほどの小さな焼き菓子。


「あ…これ……?」

「オーブンじゃないからなかなか思うように焼けなくて…。形はちょっと、ほら、ゲームに出てくるスライムっぽくなっちゃったけど…。味はちゃんとメレンゲ…になってると思う」

「メレンゲ…!それだ!うわぁ、なんか懐かしいな」

「今日翔太くんに会えると思って、お台所を借りて作ったんだよ。本当は帰りに渡そうと思ってたんだけど……。二人だし…今、食べちゃおっか?」

話はメレンゲのことで、何もやらしいことなんて言ってない。

だけどぽたりと紅い唇から、悪戯っぽく囁かれたそれは俺を焦らせた。

変な考えを打ち消すように慌てて色気の無い言葉を重ねる。

「一緒に食べよう!俺も、今食べたい」


○○はこっちの勢いに少しだけ驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。取りやすいように懐紙を拡げて、俺の前へと近付けた。

崩さないようにそっと、ひとつ摘まんで舌の上に乗せる。


「ーーうまい」

「本当?やった…!」

胸の前で小さくガッツポーズを作るのを見ていると、なんだか…。

「なんか……懐かしいな」

小学生の頃のあどけない姿が重なった。花のような形に縁取られた白い紙の上に、手作りのクッキーを乗せてこちらへ向けていた。

あの頃は髪だって今よりずっと短かったし、背格好も丁度ふたり 同じくらいだった。

今はこうして座っていても、○○の方が明らかに小さくて、か細くて…。
俺が、守ってやらなきゃって、自然にそう思う。知らないことばかりの世界、原因のはっきりしない時空移動、本当は不安でいっぱいの筈なんだ。


「……翔太くん…?」


だけど○○はいつだって「周りの皆がよくしてくれるから…」「皆だって大変な思いをしてるから…」と『大丈夫』の理由を見つけて笑うんだ。

「○○…俺さ…」

ぽつりと言葉を紡ぎ始めたところで、ふと髪に触れるさわさわした感触に気付いた。

視線をあげてぎょっとしたのは、さわさわした感触の正体が、俺の頭を撫でる彼女の手だと気付いたからだ。


「な、何してるんだよ…!」

「…翔太くんは、がんばり過ぎだから…」


ひどいカウンターに「…え…?」と聞き返す声がかすれた。

「がんばり過ぎだから……たまには甘えなきゃだめだと思うの。急に、遠い世界に飛ばされて…何もかも自分で乗り越えて…」

「それはっ…お前も一緒だろ?」

「うううん、一緒じゃないよ…。私はやっぱり…秋斉さんや慶喜さんに、甘やかされてるところが大きいもの…」

「それって、こんな風に…?」

俺の言葉に○○の手が止まった。かくいう俺も、予想外の言葉が自分から飛び出して、目を見開いている。

「いや、ごめん、その…何言ってんだろ。ごめん今の、変な意味で言ったんじゃなくて」

藍屋さんや慶喜さんが居なかったら、○○はこんな風に笑えて過ごせてはいない。それはよく解っている筈なのに。恩人である彼らにも、○○にも、今のは悪い言い方だった気がする。
とにかく今は、膨らむ自己嫌悪は後に回して。

「だから…そんなのは俺もだよ。俺だって龍馬さんに甘えてるところはいっぱい…」

「こんな風に?」

おかしなことを言うから、バカみたいな顔で見上げてしまった。

「……いや、違うだろ」

「ほら、違うじゃない。私も違うよ」

そこを一緒にするのはどうなんだという疑問が、湧かなかった訳ではもちろん無いけど。

「私も、違う」
「……○○」

真っ直ぐに向けられた微笑みには、迷いの欠片もなくて。こうなると意外と頑固な彼女に、じたばたする程こっちが負かされそうだから。

「そうだな」と返事をして、どこかくすぐったいけど、大人しく髪を撫でられておくことにした。



「これ、後で交代しような」
「え…!それはいいよ…!」

さっきまで頼もしかった顔が、急に真っ赤になるのを見上げて笑った。
ごめんな、いつもありがとう。







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翔太くん、お誕生日おめでとうございま

した♡(*´◡`*)

これは成長する前の、二人だね。