昨日、「硫黄島からの手紙」を見てきました。

第一部の「父親達の星条旗」が非常に痛切な映画でしたので、楽しみにしてましたが、

クリント・イーストウッド監督をしても、あのくらいまでしか作りようがないかな?との感想ですね。

キャスティングももうちょっと、何とかならんのかな?

ジャニーズのなんちゃら?の演技は興ざめもいいとこ。

あの、背中を丸めてだらしなくメシを食うシーン。戦時中の教育を受けた方が見たら、怒りますよ多分。

いつだったか、終戦記念日にNHKで放映された、硫黄島攻防戦のドキュメントのほうが数倍見ごたえありました。

戦争の悲惨さにしても、作りこまれた大作より今なお硫黄島に残る塹壕の跡や焼け爛れた銃身 のほうが

よりリアルに、戦争の恐ろしさを伝えます。


私は根っからのドキュメント派でして、テレビのドラマ等は殆ど見ません。

陳腐な脚本や、あり得ない状況設定にしらけてしまうんです。

スポーツ実況と市況くらいですね、テレビ見るのって。あと「ためしてガッテン」とか(笑)


そんな私にとって、釣りはうってつけの遊びと言えます。

自然相手の遊びですから、なめると痛い目にあいますし、技術介入の余地が大きいですし。

坊主は当たり前ですし、暑いし寒いしお金もかかる。船に酔ってゲ○も出ればう○こも出る。

トレンディドラマみたく、スマートにクールにカッコヨク。なんて世界じゃありません。

人為的な脚本と違い、事実は何でも泥臭くて都合が悪く、格好悪いもんです。仕事でも遊びでも。

釣りを楽しむ為にはムカツク事を我慢しませんし、思いっきり凹む事もありますし、大声で笑ったり叫んだり。

釣りを通じて自己を開放し、ストレスを発散してるのかもしれません。


今年一年を通じて、乗船回数22回。

まるまる坊主6回。坊主の定義を「本命が釣れない」に広めると、イチローの打率を大きく上回りますね(笑)

コスト的に如何な物か?が個々の感覚の違いでしょうが、遊びは金額換算出来るもんじゃありませんから。

よくいるんですけど、「船代元を取った」とかいうの。あれ、私嫌いなんです。考え方が嫌い。

漁師じゃないんだから。釣り人ならではの大らかな楽しみ方を追求したいもんです。

競技的な思考も私は苦手。レギュレーション大嫌い人間。

釣りで勝っただ負けただって、やたら拘る人居ますね。これも苦手。そんなんで楽しいの?って思います。

私は釣りでは負け組で結構。自分が楽しい一日を過ごす為に釣りしてるんです。

誰の為でもないの。誰かを負かす為でもないの。


私のブログの表題に「お気楽」ってあります。

これ、結構拘りがありまして、お気楽な部分を忘れたら、私の釣りでは無くなります。

お気楽と言っても、なんでも適当では肝心の釣りが成り立ちません。

ノットや仕掛け、道具の手入れは一応完璧主義者ですし、マナー面でも、他人に迷惑を掛けるようなマネは

一社会人として許されません。(寝坊はしましたけど。。。)

で、準備万端整えて、実釣の場ではマイペースで。こんな感じで今後も釣りを楽しみたいと思ってます。


年内に、ブログに関してと年度末のご挨拶。あと2回更新するつもりです。

私は来年中旬まで、もうお休みがありません。

体調管理に気をつけ、また釣りを楽しめるよう、頑張ってつまらん仕事に励みます(ーー;)


先週のマダイがよほど嬉しかったのでしょう。頭の中はマダイ釣りの事ばかり。

仕事中も、暇なときは誘いのイメージトレーニングに勤しみ、モンモンとした1週間を過ごしてました。

今週の火曜日は、風もおさまり海はベタ凪。一日快晴の予報で絶好の釣り日和です(^^)v


伊豆でマダイと言えば、もちろんとび島丸。 名船長健司さんの18号で出撃しました。

19トンの遠征船に私を含めて釣り人3名。これじゃ儲かりませんね(^_^;)

中乗りの満君、とび島3代目の裕己君も同船して探索開始です。



今回の私は非常に気合が入ってます。

先週の勢いついでに、前から欲しかった探見丸システムをついに購入。

健司船長のような、釣り人に海の中を克明に伝えてくれる船長のもとで釣りをしてると、

探見丸が欲しくなるんですよ。

4月に乗っこみマダイで玉砕しましたが、その時からずっと探見丸欲しいな~と思ってました。

で、本体だけでなくリールも新調。今回が筆卸釣行となる訳です。ことさら坊主は許されません。



港前の浅場で一投。周囲では大型のイサキに混じってチョー小さいマダイ(タイ焼き君)が上がります。

棚に合わせ、誘いをくれると私にもヒット。文句なしのリリースサイズです。

「ちっちぇ~」と船長の嘆きが入りポイント移動。

しかし生憎この日は、どこにいってもやる気のあるのはタイ焼き君と塩焼き君のみ。

お刺身君の顔は拝めそうにありません。


その後、小下田沖で小休憩。

熱心に山の斜面を双眼鏡を覗く健司船長。何かと聞けば、山芋ポイントの確認なのだそうです。

満君いわく、仕事熱心な健司船長唯一の趣味が山芋掘りだとの事。

実は私も自然薯掘りの経験があり、地元お宝ポイントを教えてあげようかと思いましたがやめました(笑)


後ろでピースは3代目。早く名船長になってね(^^)


で、その後も各ポイントを叩きましたがどこも似た様な状況で、3時に沖上がり終了となりました。

結局この日の最大は満君が釣った700グラム(笑)。

私はタイ焼き主体の塩焼き交じりで、全部リリースでもよかったんですが、生簀で浮いてしまった魚4匹を

やむなくキープ。6匹再放流。

都合10匹釣りましたが、とび島丸ではリリースサイズは船宿釣果に含まれません。


全般的に魚の食い自体は活発で、好天の中楽しい釣りが出来ました。

船長直伝のレクチャーで探見丸も活用できましたし、満足な一日でした。


私の生簀。港前で再放流しました。
こちらはキープ。ん~塩焼きですね。おまけでキントキ一匹。


さて、来週は私用で何かと多忙ですので、おそらくこれが今年の釣り納めになると思います。

年末年始は休めないんですが、なんとか都合をつけてアマダイ、鬼カサゴ、かわはぎ、身餌のタチウオあたりを

やっつけたいですね。

ブログでは今年一年の釣りの総括と、個人的禁漁期間中(寒いの苦手なので、例年2~3月は釣りしないんです)の

ネタ振りをして、今年を締めたいと思います。

なんちゃらウイルスが猛威をふるってます。皆様お体にくれぐれもお気をつけください。



タックルデータ

ロッド シマノ“みよし”40-300

リール シマノ New電動丸1000H&探見丸システム

ライン PE4号 

仕掛け 6号6ヒロ&ウエイトスイベル&4号4ヒロの2段テーパーにマダイ8号2本針





2週間ぶりの釣行。もちろん前回ドツボにハマった熱海沖に突撃です。

前夜のうちに仕掛けを用意し、道具を車に放り込み準備万端!と、気合を入れすぎ、

ついでに一杯やりに出かけてしまい、翌朝目が覚めたら出船時間ぎりぎりの大失態。

すぐ松本船長 に電話を入れますと、彼も市場に用事があり、他の乗船者も釣友のT氏と

常連のK先生だけでしたので待ってていただけるとの事。

大変申し訳ございませんでした。。。(^_^;)

で、6時半のはずが7時に出船。良型マダイを求めて網代沖に向かいました。


小雨ぱらつく寒~い一日でした。


水深60mラインにて。ここでは水面からの棚取り指示が出ます。

第一投でK先生に強烈なヒット。幾度にわたる突っ込みのあげく痛恨のハリス切れ。。。

で、そのあとさっくりと1.5キロをキャッチ。さすがです。

トモではT氏も、駿河湾とは勝手が違うにもかかわらずマダイゲット。

で、私は何をやってたかと言うと、電動のワニグチクリップが壊れてしまい、棚取りの最中に

電源が切れ、水深が訳わからなくなるという悲惨な状況。釣りになってません(情けない・・・)

釣りを再開したところでいきなりウマズラゲット。「君には用は無い!」

とっととお帰りいただき、マッハの手返しで待ち焦がれたマダイの当たりが。

慎重にやり取りして1キロちょいをゲット。いや、ほんと嬉しい一匹でした。


小さいけど、私にとっては価値ある一匹です。


その後私にとっての鬼門、前回丸坊主を喰らった港前の小鯛ポイントに移動。

ここでも前回の反省を踏まえた対策が功を奏した・・・かどうかはわかりませんが、

放流サイズのタイ焼き君を3枚ゲット。

ついでに沖上がり前1Hほど、定置周りでカワハギと遊んで本日の釣りを終えました。


対策とは。

第一点に、お恥かしながらやはり棚ボケが大きな原因であろうと。

ですので、基本に戻って道糸を見てしっかり棚取りをする事。

それと、「ヒトヒロ」の長さを再確認、ヒトヒロをきっちり1.5m取れるよう練習し直しました。

そのうえで、棚ボケ防止の為に2本針仕掛けを使用しました。


第二点に、コマセワーク。

底を取ってから最初の一撒きの位置を修正しました。

今回はハリス10mでビシ棚が15mの指示でした。

で、底から7~8mから2m刻みで撒き、ついでにビシ棚でももうひと撒き。

前回は何も考えず底からワッサワッサ撒いてたので、棚にセットする頃には餌取りに

やられてたのでは・・・と考えた上での対策です。


とりあえず、結果的に魚からのコンタクトは得られたので私的には満足な釣りでした。

やはりコマセ釣りは難しい。楽しいけど奥が深い。

漠然と、適当にやってて釣れる程甘いものではないな~と再確認しました。


そういえば、私の背後でカワハギを釣ってたK先生。

だいぶお酒のピッチが進んだせいか、ドッポーンといや~な音が。

極鋭&スマックのカワハギゴージャスタックルが海のもくずと化しました。

あわよくば釣れないかと、先生の釣り座でたるませを試みましたが手遅れでした。。。

こんな事もあるんですね。


来週はおそらく今年最後の船釣りになるかと思います。

納竿坊主を恐れず、今回の勢いついでに土肥沖のマダイでも、とたくらんでます。


釣友T氏と。今度はお互いもうちっとでかい奴狙いましょうね♪

キモパンです。マダイもこんくらいのが刺身で旨い!

タックルデータ

ロッド シマノ みよし40-300

リール シマノ 電動丸1000H

ライン PE4号

仕掛け ハリス3号10m 下から1mに枝スを15センチ

針 マダイ7号


ロッド アルファタックル 海人カワハギ本調子180

リ-ル シマノ AXISv2 100

仕掛け ハゲ針4号の3本針 集魚中錘3号&30号 




有名な上野動物園。その脇に上野水族館がありました。

子供の頃、動物より魚や爬虫類(蛇)に興味のあった私。

子供は入場料無料だった事もあり、上野水族館は私の遊び場でした。

その後水族館は廃館となり、水族館の建っていた場所に両性爬虫類館が出来てました。

動物園の入場券でこちらも見学出来るとの事で、早速潜入。




2階から上はドーム状。亜熱帯の湿度と気温を再現しており、マングローブが一帯を覆いつくしてます。

そして、ケージの中には強烈な生き物たちが。


鬼のようにでかいワニガメ。ド迫力です。

クサリヘビ科特有の太い胴体&でかい頭部を持った巨大ガラガラヘビ


展示種が少ないのが難点ですけど、温度&湿度管理のおかげが、動物達が活発に動いており、

見てて楽しかったです。

動物園を出て、不忍池のベンチでタバコを吸ってると、いつのまにやら沢山の鴨達に囲まれてました。

ここを訪れる人たちに可愛がられている証拠でしょう。野生の鴨なのに人を恐れません。


指をガブガブされました。むちゃくちゃかわいい(*^_^*)


ひとしきり鴨達と遊んだ後、駅のほうに向かいました。


不忍池のすぐ隣。広小路裏の仲町通り周辺はディープな歓楽街です。

阿佐田哲也の代表作である麻雀放浪記。

作品中で、「坊や哲」の宿敵である上野(のがみ)の健こと「ドサ健」が、酒悦(漬物の老舗)の裏で

ギャングバーをやっていたという設定になってます。

現在の酒悦裏はこんなかんじ。



混沌とした猥雑さはいまだ健在です。

戦後復興期。数多くの無頼が風を切っていた事でしょう。



とりあえずこんなかんじで古い町並み散歩、上野編は終了。

来週は本題の釣りに戻って、悲願のマダイリベンジとかわはぎをやっつける予定です。




竜岡門手前に私の母校、文京区立第4中学がありました。

久しぶりに母校の様子を伺うのを楽しみにしてました。が、なんと空き地に・・・・・

少子化の影響なのでしょう。おそらく統廃合の結果、廃校となってしまった模様です。

母校が消え去るのって寂しいもんですね。どよ~んと凹みました。


で、気分を入れ替え、これまた私の母校(なわけない)、東大構内に突入します。

竜岡門から構内に入り、少しあるくと右手に古めかしい「赤レンガ」が見えてきます。

関東大震災直後の大正14年竣工。耳鼻科、整形外科とともに精神科病棟を構えました。

精神科は建物1階部分全域をしめていたと思われます。

傾斜部の途中に建てられた形になっており、正面入口は建物の2階になります。

1階部分は、丁度地下1階のような形です。




右に見える石塀。現在は元の位置からさらに掘り下げて道路が作られており、塀も途中で寸断されている。

元々はこの石塀が奥まで繋がり、1階部分を覆い隠す形になっていました。

意図的に周囲から隔絶させたような痕跡が伺えます。

周囲の好奇の視線を遮断する為、それと、収容患者の脱走防止という側面もあった事でしょう。

当時の精神病に対する偏見がうかがい知れ、時代を感じました。



1階部分を正面から。

2階、3階と異なる点が、ガラス窓周囲に6箇所づつ白く残る何かの跡。

お分かりですか?これが「鉄格子」の跡です。

現在はすべての病棟が新棟に移動し、赤レンガ1階は精神神経科講座の医局として使われています。

ですので、見栄えの悪い鉄格子を外し、開放的になったわけです。




中庭を覗かせてもらいました。

木漏れ日が差す静かな空間でした。それにしても、美しい建物です。

大正時代竣工のモダンな赤レンガ。幾多の悲劇、闘争、そして東京大空襲。

暗い歴史を乗り越え、今の時代に平穏な余生を過ごしています。

落ち葉が敷き詰められた中庭。朽ち果てたブランコが放置されていました。



赤レンガの左手に御殿下グラウンド。その先に安田講堂が今も変わらぬ姿でそびえます。

赤レンガと救急搬入路をはさみ、新外来棟と並んで昔のままの旧外来棟が。

現在は医学部の教室、研究施設として利用されているようです。




上右の写真。新外来棟と旧外来棟の丁度境界線部分。

このトンネル通路を抜け、奥の駐車場に立ちます。

右を見上げると超近代的な新入院棟が。




で、左を見ると、無機質な北病棟がいまだ現役。この対比が興味深かったです。



北病棟の隣には、連絡橋を介してさらに古めかしい東研究棟があります。

幼い頃。車椅子に乗せられ、連絡橋を渡って東研究棟内の小児科病棟に入院した事を覚えてます。

3階が小児科。他階に麻酔科、物療内科が同居。

現在外部からの進入は厳格にロックされています。

何やら、盗難事故が多発しているそうな。何を盗むんだろ?

池之端門に向かう途中。東研究棟1階のとある部分。




正面扉が旧霊安室入口。現在は新入院棟に移動し、使われてません。

扉は硬く閉ざされ、外部からは入れない旨の張り紙が貼られています。

安置所だった向かって左の部屋。物々しい鉄の覆いと不思議な形の通気構が。

中はどうなっているのだろう?興味が尽きません。

が、それとなく警備員の視線を感じるようになり、この辺で自主規制。



池之端門から外に出ると、すぐ左にこんなものが。




そして目の前には不忍池が広がります。





~さらにつづく~