僕の予感は全くと言っていい程、的外れだった。


  何故ならまだ11時半だと言うのに2度鳴らしたインターフォンから真理子の反応は無く、僕を待つどころか家に居ることさえしていなかったからだ。

  こんなことになるならやっぱり奈津を抱いておけば良かったと深く後悔し、エントランスを後にする。

  前回のようにマンションの前で待つことは真っ昼間のこの時間帯的に無理があったため、近くのファミリーレストランで時間を潰すことにした。

  店に到着すると適当にドリンクバーとパスタを頼み、ポケットに入れていた携帯を取り出し、メール画面を開いた。

  【さっきはごめんね。無事仕事間に合ったから。】

  やはり奈津は携帯を握りしめて今の今まで僕からのメールを待っていたかのようにすぐに返信を寄越してきた。

  【ほんとだよ。何なの。】

  【ごめんってば。この埋め合わせはまたするから。】

  【つまんない埋め合わせは無しで!!】

  相当拗ねているようだ。

  面倒臭いと思いながらも奈津をここで手放すのは勿体ない気がする。身体の相性も悪くなかった。

  結局はそこに尽きる。

  何となくしっくり来なくて、そのまま疎遠になった人も居るくらいなのだから。

  ズルズルと奈津との関係はこれからも続いていくであろうことを想像しながら、僕はドリンクバーのカウンターへ向かい、コーラを注いでその場で一口飲んだ。

  気の抜けた甘ったるいコーラがやけに舌に張り付いてくる。
  
 失敗したなと溜息を吐き、席へと戻る。

 真理子は何処へ行っているのだろうか。

 僕の朝帰り、いや昼帰りに気を悪くしてしまっただろうか。

 ペットのくせに自由過ぎると。

 契約を解雇するとは言わないだろうか。

 ソワソワしながら携帯を開いては閉じて、開いては閉じてしていると気がついた。

 僕は真理子の携帯番号さえ、知らない。

 真理子は昨日僕が携帯番号を記したメモ書きに気づいているだろうか。

 気づいているなら電話の1本くらいあっていいものなのに、気になりはしないのだろうか。

 バイブレーションにしていた携帯が鳴る。

 僕は真理子からの連絡だと思い、慌てて携帯画面に視線をやった。

 奈津からだ。

 僕は舌打ちした。
 
 残念ながら、お前じゃないんだよ。

 奈津が聞けば、泣き出してしまいそうな言葉を呟く。

 電話にはもちろん出ない。

 皮肉なことにそれはペットがペットを飼っているような感覚だった。

 奈津が寂しがろうが不安になろうが、どうだっていい。

 都合の良い時に都合の良いように僕の身体と寂しさを埋めてもらえればそれでいい。その程度の存在なのだ。

 それは真理子にとっての僕とまるで同じ。

 その現実にたった今、打ちのめされている。
 
 真理子はいつ頃ここへ戻るだろうか。コーラを飲んでいてもパスタを食べていてもどうにも落ち着かず、心ここに在らずのまま、ただ喉元を通り過ぎていく。
 
 戻らないなんてことは有り得はしないが1分でも早く戻ってきて欲しい。
  
 僕は真理子の連絡先を知らない。

 真理子も僕の連絡先を知らない。

 にも関わらず、真理子が超能力を使って、電話をかけてくるのではないかとそんなことばかりを考えて、携帯画面を確認してはがっかりするを繰り返している。