こんにちは。 

ここ横浜は、朝からポカポカと、春のような日和です。

 

明日からまた少し気温が下がるようですので、今夜はどうぞ暖かくしてお過ごしくださいね。

 

 

 

さて、今日は、「ちゃんとしたお母さん」になろうとするほど、なぜ苦しくなってしまうのかについてです。

 

 

子どもが幼稚園に入ると、

他のお母さんとの交流が増え、

いろんなモノ、コト、ヒトが見えて、

心が苦しくなることはありませんか?

 

 

 

繊細なママは、人一倍、空気を読み取ってしまい、相手の気持ちを察してしまいます。

 

 

そして、受け取った膨大な情報量を処理しきれず、とても疲れてしまうのです。

 

 

 

さらに、仲が良さそうな親子を見ると

自分たちを比べてしまって


ちゃんと子育てしなきゃ!

と、自分にプレッシャーをかけてしまう方も多いと思います。


 

私も、そうでした。


そのうえ、想定外の長男の言動に驚いて、

長男と自分にイラッとして、

そんな自分に、がっかり。


 

そんな子育てが苦しくて、
「どうしても自分を変えたい!」

その一心で、心と身体について学び、
さらに宇宙の摂理と出会い、研鑽を積みました。

 

 

 

 

その中で、ようやく気づいたのです。

 

 

「子どもと私は、別の人格である」という、
当たり前で、いちばん大切な事実に。

 

 

 

 

☆横浜で珍しく雪が積もった日曜日。受験生なのに😁朝から雪だるま作りに励む息子。

 

 

 

 

 

自分のお腹から生まれてきたからこそ、
私たち母親は、無意識にわが子を「分身」のように捉えてしまいがちです。

 

 

でも、顔が似ていても、

毎日一緒にいても、

子どもには子どもの、

お母さんにはお母さんの本質があります。

 

 

 

たとえ親子であっても、

譲れないことも、目指す場所も、

何に心地よさを感じ、何に安心するのかも、

一人ひとり違うのです。

 

 

 

 

子育てを頑張っているお母さん。

 

「この子を分かってあげなきゃ」と必死になるのを、お休みしてみませんか?

 

 

子どものすべてを理解できなくて当たり前。

 

だって、魂が違うのだから。

 

 

そう腑に落ちたとき、
今まで「困った行動」に見えていたものが、
その子の豊かな個性として輝き始めます。

 

 

 

子どもを愛しているからこその「期待」。

でも、お母さんの「正しさ」という枠の中に閉じ込めてしまうと、
子どもはその枠を越えて成長することができないんです。

それって、怖いことですよね。

 

 

 

代わりに、

「へぇ、そんなふうに考えるんだ!」

と、一歩引いて観察してみる。

 

 

そんなお母さんの余白が、
子どものいちばんの安心につながります。

 

 

 

 

 

「わかり合えない」ということは、
心をつなぐことを諦めることではありません。

 

 

 

お互いの違いを認め、
子どもの「生きる力」を100%信じること。

 

それが、真の愛のカタチだと思うのです。

 

 

 

 

 

同じ品種でタイミングで植えた球根☘️

 

葉の色も伸び方も少し違いますね♡