01 突然の恫喝 | あるハラスメントの告発

あるハラスメントの告発

ある市役所内で実際に起こった「係長の乱」に着想を得て執筆したもので、いわゆるバブル世代の市役所の管理職(バブル時代に市役所にしか就職できなかった人たち)と、一人の中堅市役所職員との壮絶な職場内バトルを綴ったものです。

 それは、突然の恫喝から始まった。

 

 私の職場は、人口が16万人程度の中規模の市の市役所で、そこで勤務する職員はおよそ1000人というところだ。

 

 市役所内の人員体制としては、市の政策調整を担当する企画部門、財務や税務を担当する財政部門、人事や庶務を担当する総務部門、そのほかに福祉、健康、防災、都市計画など、多くの部門があり、それぞれの事務方のトップとして「部長」がいる。そして、その下に各業務の課長が配置され、その配下の多くの市役所職員が業務を執り行っている。

 

 4月から3月までを一区切りとする「年度」のサイクルで動いている市役所内での、ある年の3月のある日の午後、私が仕事をしている企画調整課の事務室内に、突然大きな声が鳴り響いた。

 

 「何をやっているんだ、お前らは!」。その声の主は、防災担当部門の「部長」の越智降平だった。その怒声の矛先は、どうやら私に向けられているようだ。企画部門の若手係長である自分に対して部門外の部長が何かに怒っている。ただごとではないと身構えた。

 

 「なんなんだ、今回の市長の政策方針は!バカじゃないのか!市長を次の選挙で落選させる気か!」。

 

 市長の政策方針とは、年度の最後の月に開催される市議会において、市長が4月から始まる新年度の政策の方針を発表するもので、その内容は、企画部門が様々な情報を収集し、市長や副市長と企画部門が何度も協議を重ね、市長が市議会で読み上げる原稿を作成することが慣例になっており、企画調整課の係長の私がチームリーダーとして原案の作成を担当した仕事である。

 

 「おい!林口!、何なんだ今回の政策方針は。お前は、自分の父親が市議会議員で、そろそろ議長の役目を終えるから、次の市長選挙で自分の父親を市長に当選させるために、現職の市長の評判を落とそうとしているんじゃないか?どうなんだ!」。

 

 あまりにバカげた主張に対して、「越智部長、なんてひどいことを言うんですか!そんなことある訳ないじゃないですか。だいいち、私の父と市長は、所属政党も同じで、そもそも対立関係にはありません。」と、少し高い温度で反応してしまい、業務中の市役所内では通常ありえないやりとりが起こっていることに、職場内の空気が固まった。

 

 さらに私が「そもそも、市長が市議会で発表する政策方針は、私のチームが情報収集や素案の作成は行いますが、市長や副市長と協議を重ね、市長のコトバが原稿として作成されるものなので、いち係長の私が内容のすべてをコントロールすることはありえないんです。」と正攻法の対応でやり過ごそうとした。

 

 「何を言っているんだ!市長の政策方針の原稿は、お前が一人で作って、市長や副市長を手玉に取り、お前の好き勝手なことを市長に発言させていることは、市役所内の誰でも知っていることだ!」。さらに「現在の状況を憂いて声を上げているのはオレだけではなく、総務部長の田外も同じことを言っていたぞ!」。

 

 総務の田外部長とは、この越智部長の1年後輩で、学生時代から先輩後輩の関係が強く、日常的に二人で事務室の窓際で内緒話をしていることで有名である。田外部長は見事に髪の毛が禿げ上がっていることから、職員たちから「サムライ」や「落ち武者」などと陰口を叩かれ、本人もバカにされていることを知っているのか否か、見事に性格が捻じくれている人物である。

 

 「分かりました。総務の部長もそう言っているのであれば、私としては、その誤解を解かなければなりません。田外部長が言っていたとおっしゃったことについて、田外部長に直接確認してもよろしいでしょうか?」と多少の反抗を示したところ、「フン!好きにしろ!オレが言ったことに嘘はない!」と言うと、踵を返し自分のデスクに戻っていった。

 

 

つづきます

 

 

------------------------------------

登場人物紹介

・林口朗(はやしぐちあきら)・・市役所 企画部門 企画調整課係長(39才)

・越智降平(おちこうへい)・・防災部門 部長(58才)

・田外秋秀(たそとあきひで)・・総務部門 部長(57才)

・林口一郎(はやしぐちいちろう)・・朗の父、市議会議員(議長、64才)

・糸山徹(いとやまとおる)・・市長(58才)

 

この話について

 この話は、ある市役所内で実際に起こった「係長の乱」に着想を得て執筆したもので、いわゆるバブル世代の市役所の管理職(バブル時代に市役所にしか就職できなかった人たち)と、一人の中堅市役所職員との壮絶な職場内バトルを綴ったフィクションです。(ということにします。)