最近仕事が忙しく、なかなか記事を書けません。

まだ始めたばかりなので毎日書きたいのですが…。



さて、最近は自主的に休日出勤までして仕事をしている私ですが、

学生時代は不登校でした。

学校なんて本当に行きたくなかった。

面白くもないし、将来役に立つか分からないような勉強をし、

嫌な友人にはからかわれ、夕方まで帰れない。

何が楽しくて行くのか本当にわかりませんでした。



しかし、一般的にはそんな疑問は抱かず、

何も考えずに学校に行くものなんだなと幼心に認識していました。

そして、普通に学校に行こうと思えない、そもそも行きたくもないと思う自分は、

社会不適合者なのだと思いました。


そんな自分が社会に出て、仕事をして、生きていけるのだろうか?

学校より辛いものだと言われている仕事なんてできるわけがない。

そう思い、絶望していたのです。



色々ありましたが、今はこうして働いています。

電車が遅れたりを除けば無遅刻無欠勤です。

忙しいときは自主的に休日出勤もします。

本当に忙しいし、疲れるし、大変です。

でも、楽しいんです。

学校の時と違って、ちゃんと「よし、今日も頑張って仕事に行こう」

と思えます。



だから、

不登校だったから、ひきこもりだったから自分は社会不適合者だ

仕事なんてできない

と思わないでください。

学校と違い、会社は楽しいところです。

もちろん、そうでない会社もあるでしょうが、

その時はその時、辞めればいいのです。

学校と違い、自分の責任において、自分の判断で、辞めれるのですから。

風邪をひきました

どうしますか?

「暖かくする」

「風邪薬を飲む」

「早めに寝る」

それでもだめなら、

学校や会社を休み、

ぐっすり寝たりします。

それが普通です。



しかし、

心が「限界だ!」と悲鳴をあげていたらどうでしょうか?

体が限界なのは、自分も、周囲も察知できます。

しかし心は難しいです。

まず周囲の人間は察知できません。

そして、自分自身すら気が付きにくいのです。

だから、対応が遅れてしまい、

大ごとになってしまいがちです。



もっと自分を気遣ってあげましょう。

心に疲れがたまってきたら、

思いっきり遊んだり、

思いっきり休んだり、

疲れを取り除いてあげましょう。

自分をよく観察していると、

「心の不調のサイン」が分かるようになります。

なんとなく、暗い音楽ばかり聞きたくなるとか

普段は大丈夫なのに部屋が明るいと落ち着かないとか

あまり人と会いたくないとか

人によってさまざまですが、かならずサインはあります。



まずは自分のサインに気が付けるようになりましょう。

そうすると、稀にですが

他人のサインが見えることあるので

その時は気遣ってあげましょう。
人間ですから、誰だってミスをします。

誰だって失敗します。

誰だって、間違った選択をします。

それは、仕方のないことです。

人間ですから。



「失敗した」「どうしよう」「もうだめだ。」

なんて悲観する必要なないのです。

人生に失敗はつきものですから。

ほどほどにヘコんで、ほどほどにくやしがり、

ほどほどに悲しみましょう。

そのあとはケロっとしてしまって良いのです。

でも、“失敗した後”はとても重要です。



「その失敗から何が学べるか」

と、考えてみましょう。

「失敗した」という事実だけしかなかったら、

それは紛れもない失敗です。

しかし、その「失敗した経験」から何かを学び、

自分の人生に活かすことができたらどうでしょうか?


それは立派な経験であり、いつしか

「あの時失敗してよかった」

と思えるようになります。


このように、失敗を分析し

後の人生に役立てられるようになると

失敗した一時はひどく落ち込むこともあるかもしれませんが

失敗したという事実に押しつぶされることはなくなります。



これの考えを頭の片隅に置いておけば、

失敗だけではなく、

「辛い経験」も


「自分の経験値」に昇華することができます。



ちなみに、この考えに至れたのは、

父の自殺があったからです。



「父が自殺してしまった」

という事実は紛れもないものであり、

覆せない最悪の現実でした。

私はその事実に押しつぶされそうになりました。

しかし、父の遺書を読み、父の言葉を思い出し、思ったのです。

父の死で私が潰れてしまっては父に顔向けできない、と。

父の死を、何が何でも自分の糧にしてやると思ったのです。

そして私は多くのことを学びました。



今では、父の死があってよかったとはさすがに言えませんが

父の死から多くを学んだ

と胸を張って言えます。



それだけではありません。

「不登校してよかった」

「うつ病になってよかった」

「もちろん、治ってよかったけど、うつ病になったという経験も大切だ」

「イジメられてよかった、なんて言いたくないけど」

「その経験もあって、濃い人生を送れてる。」

「引きこもりもいい経験になった」

「自殺未遂だっていい経験になった」

「もちろん、自殺できなくてよかった。生き残ってよかった!」

「今までのいいことも悪いことも、全部自分のためになってる!」

「無駄な経験なんて何一つない!!」

と、胸を張って言えます。



ですから、私は

「過去に戻れるタイムマシーン」があったとしても、

自分自身にすることは何一つないのです。

これまでにあったつらい出来事の何か一つが欠けたら

今の私はいないのです。

すべての経験が、私そのものであり、私の人生です。

何一つ、無駄なことなんて、ないのです。

すべては考え方一つ
もし仮に、

いじめなどの問題があり、

その学校を辞めてしまったとしても、

それで終わりではありません。

場合によっては転校しても良いですし、

大学入学資格検定や、サポート校を利用する手もあります。

(機会があれば、このあたりの選択肢についても触れたいですね)



「退学、転校は悪」という考えは捨てましょう。間違いです。

大人だって、

「自分に合わない職場だ」「仕事に対して、お給料が割に合わない」

「あの上司だけはどうしてもダメだ!」

なんて思ったら転職を考えるものです。

退学や転校、そして転職も、悪いことじゃないのです。

前向きに、自分の今後の為の一歩と考えれば、

誰からも評価されるべき素敵な選択です。

私自身不登校をしていましたし、

「学校に行きたくない」という話はよく聞きます。

私の親戚にも、不登校気味になってしまった子がいて、

相談を受けたことがあります。



その子はこんなことを言っていました。

「勉強がおもしろくない」「友人関係がうまく行っていない」

同じような悩みに直面している方は多いと思います。

そんな皆さんに言いたいのは、

「学校は確かに重要だけど、生きていくうえで必須ではない」

ということです。

もし、あなたがイジメを受けていたり、

そのほかの理由で本当に学校に行きたくなかったら、

無理に学校に行く必要はありません。

無理してでも学校に行くことは必ずしも正義ではないのです。


確かに学校は重要です。

それに、一般的には、

普通に学校に行き、普通に卒業するのが一番楽なルートです。

しかし、それはあくまでも、“一般的に”の話であり、

“イジメ”などの特殊な出来事に遭遇しなかった場合の話です。

そのような場合には、

学校に行くことが“間違いである”という状況もあるのです。



無理して学校に行き、

イジメを受けて心に傷を負ってしまうのはいけません。

イジメっこのために、あなたが傷つく必要はないのです。








―ここからは大人向けです。

保護者の方にも同様の考えを持っていただきたいです。

メディアの報道などを見ていればわかるように、

現在の学校は必ずしも安全ではないのです。



“不登校”はSOSです。



子供にためを思って

「学校に行きなさい」

と言いたくなる気持ちも分かります。

普通はそれが子供の為です。

しかし、もし陰湿ないじめを受けていたらどうでしょうか。

「うちの子に限ってまさか」

と思うかもしれません。

しかし、30人40人の大人数を同じ部屋に詰め込むのですから、

その中に問題のある人物がいてもさほど不思議ではないのです。



心に大きな傷を残し、

5年10年の歳月を傷の治癒に費やす可能性も低くありません。

命を落としてしまう可能性だってあります。

また、無理に不登校の理由を聞くのは良くありません。

話したそうにしていたら聞いてあげればいいですし、

そうでなかったら待ってあげましょう。

子供にもプライドがあります。

「自分はイジメられている」

とカミングアウトするにはものすごいパワーがいるのです。