中学校で割れた牛乳瓶の片付け方もわからず

オロオロしてたわたくし。


中学校、高校時代と私に無かったのはズバリ「問題解決能力」

です。


その現象にようやく名前がつく

つまり認識したのが、

20、21歳あたりのスタバでの出来事。

専門学校のイベントで

病院実習に先輩方を送り出す送別会

そこに向かうまで、

私の担任と同級生がスタバに寄ることに。

それに私も同行。


人生初のスタバ。

私のいつもの

「何をどうしたらいいかわからない」


ちなみにまだこのときは

「わからない時に質問する」

という発想はまだありません。


なぜなら

子供に質問しない、一方的なコミュニケーションの両親に物心ついたときから育てられたためだと、

今の私は考察します。

私の両親は私が好きな食べ物、

私の趣味、

私が何に喜び、何に悲しむか、

ほとんど知らないと思います。

そういう会話もありませんでした。

ただ一方的な、

父親からの本で得た知識、

母親の「なんで普通にできないの」

を浴びる日々。

ちなみにふたりとも声がキンキンして大きい(笑)

それが「私の当たり前の世界」でした。


私は迫る集合時間、頭がごちゃごちゃになりながら

なんとか

ソイラテホット

を頼みました。

集合時間迫ってるのにホットって、

テンパってますねえ。


もちろん今は、普通に注文出来ます。


私はこの頃気づきます。

「私には問題解決能力がない」


それから私は自己学習の日々でした。

(質問という発想がまだない)


しかしそのおかげで


「初めてのことは、必ず失敗するが、2回目からはほぼ成功する」

という謎の学習スキルが備わりました。

なので途中から、バイト先で

「物覚えがいい」

という評価を頂いたことがあります。(嬉しい☺️)


暗闇の中で、ようやく明かり

(問題解決能力)を手に入れ

私は今トンネルの中にいるんだ!

と気付けた

そんな出来事です。