東京再考(2000年ぐらいに書いた東バビ感想文)
M・マンフィールドは都市の本質を、
最大の便益を最小の空間に納めるよう「文明の産物」を凝縮し、貯蔵し、伝達しようとするもの
と表現する。(『都市の論理学』)
が、極端な都市化は人間の精神に負担を強い、寿命を縮めるものでしかない。
不自然な人数が密接して住まざるを得ない住宅状況は、人々に精神の均衡を喪わせ、問題の多発化を招いた。
都市そのものが人々の欲望を煽り、混沌を生み出す。
それは結果として、ファンタジーの可能性を高め、実際舞台装置として「東京」を描く作品は急増した。
その中でも特に、CLAMPは「東京」を物語の枠組みにまで加工し、異彩を放つ。
現実の都市(リアル)をマンガというフィールドでどこまで表現できるか。
まんがは必ず記号的な身体表現を用いつつも、生身の身体を描いて行くことの矛盾を抱えるものだが、彼らは可視的な過去、即ち、90年代後期の、言わば「世紀末」の世相、ファッション、風俗、のエッセンスを凝縮して描くことで効果的なリアリティを追求した。
たとえば、血統や呪術などの極めて土着的、且つ、伝統的な日本の因習そのものを体現する身体に、敢えて、現代の表象である東京タワーやポケベル、ブランドものの華やかなファッションを装着させ、現代的なイメージに再構築し、様式美さえも却ってスタイリッシュに感じさせる。
或は、近代的な建造物には、もはや人々に忘れ去られた理由、権力が自らを正当化するために作り出した本来の装置的機能、権力を演出し、聖化するための過剰なまでの意味付けにより、喪われつつあった象徴としての都市の姿を再現する。
詰まり、未来、現代と過去が同居する特異な舞台的時空間としての「東京」を意識的に描き出す。
常にあらゆる分野で新しい視点を提案し、挑戦してきたクリエイター集団CLAMPは、さらに、既存作品の予定調和的なストーリーを否定し、登場人物達に、読者の心を揺さぶり、改めて「常識」の再考を促す台詞の数々を紡がせる。
ファンタジー用語ではなく、現実の様々なキーワードを新しい解釈で、次々と再定義していく。
その過程で読者共同体をも取り込み構築される独特の世界観は秀逸である。
始めから明確な枠を予告し、意識させるストーリー展開は、メリハリがあり、効果的な謎で読者を惹きつけつつ、最終的に、登場人物の人間関係さえも、「東京」という壮大な物語、即ち、共同幻想、あるいはそうして紡がれる言説の枠組みの中に還元されてゆくという、作者が仕掛けた最後の大仕掛けは、大胆且つ緻密でただ只管に圧倒された。
以上の理由から、『東京BABYLON』は極めて完成度の高い作品と言えよう。
最大の便益を最小の空間に納めるよう「文明の産物」を凝縮し、貯蔵し、伝達しようとするもの
と表現する。(『都市の論理学』)
が、極端な都市化は人間の精神に負担を強い、寿命を縮めるものでしかない。
不自然な人数が密接して住まざるを得ない住宅状況は、人々に精神の均衡を喪わせ、問題の多発化を招いた。
都市そのものが人々の欲望を煽り、混沌を生み出す。
それは結果として、ファンタジーの可能性を高め、実際舞台装置として「東京」を描く作品は急増した。
その中でも特に、CLAMPは「東京」を物語の枠組みにまで加工し、異彩を放つ。
現実の都市(リアル)をマンガというフィールドでどこまで表現できるか。
まんがは必ず記号的な身体表現を用いつつも、生身の身体を描いて行くことの矛盾を抱えるものだが、彼らは可視的な過去、即ち、90年代後期の、言わば「世紀末」の世相、ファッション、風俗、のエッセンスを凝縮して描くことで効果的なリアリティを追求した。
たとえば、血統や呪術などの極めて土着的、且つ、伝統的な日本の因習そのものを体現する身体に、敢えて、現代の表象である東京タワーやポケベル、ブランドものの華やかなファッションを装着させ、現代的なイメージに再構築し、様式美さえも却ってスタイリッシュに感じさせる。
或は、近代的な建造物には、もはや人々に忘れ去られた理由、権力が自らを正当化するために作り出した本来の装置的機能、権力を演出し、聖化するための過剰なまでの意味付けにより、喪われつつあった象徴としての都市の姿を再現する。
詰まり、未来、現代と過去が同居する特異な舞台的時空間としての「東京」を意識的に描き出す。
常にあらゆる分野で新しい視点を提案し、挑戦してきたクリエイター集団CLAMPは、さらに、既存作品の予定調和的なストーリーを否定し、登場人物達に、読者の心を揺さぶり、改めて「常識」の再考を促す台詞の数々を紡がせる。
ファンタジー用語ではなく、現実の様々なキーワードを新しい解釈で、次々と再定義していく。
その過程で読者共同体をも取り込み構築される独特の世界観は秀逸である。
始めから明確な枠を予告し、意識させるストーリー展開は、メリハリがあり、効果的な謎で読者を惹きつけつつ、最終的に、登場人物の人間関係さえも、「東京」という壮大な物語、即ち、共同幻想、あるいはそうして紡がれる言説の枠組みの中に還元されてゆくという、作者が仕掛けた最後の大仕掛けは、大胆且つ緻密でただ只管に圧倒された。
以上の理由から、『東京BABYLON』は極めて完成度の高い作品と言えよう。