2023年 11月2日

 



 

昆虫の画像を掲載しています苦手な方はご注意ください

 

 

ずるずる続いた暑さがようやく落ち着いて、冬の気配が何となく香るようになったこの季節は本当に過ごしやすい。

 

しかし、気楽な季節に相反するように仕事は繁忙期を迎えていて、日を追うごとに気持ちがざらざらと逆立つのを感じていた。

 

こうなると些細な自制心から脆くなっていき、毎朝家を出るギリギリまで無駄に自室でSNSを徘徊するようになる。

 

夜まで心身ともに拘束される分、前借りでもするかのように1秒でも長く気を休めていたかった。

 

結果としてバタつきながら身支度を整えねばならず、大慌てで玄関を飛び出す事になる。

 

車は発車の5分か10分前にエンジンをかけておくのが軽自動車をなるべく長く乗り続けるコツらしい。

 

そうすれば車に負担がかからないと喋りながら煙を吐き出す同僚の顔を、靴にかかとをねじ込みながらぼんやりと思い出す。

 

毎朝、車庫代わりになっている納屋の下屋まで少し歩き、エンジンをかけておく。ただそれだけ。

 

そんなことさえも出来ないんだなと自嘲っぽくなる度に「堕落したのは精神が先か習慣が先か」と自問自答する。

 

そう後ろめたく思うこと自体を免罪符にしている様な気もして、自分に鬱陶しさを感じながら小走りに納屋へ向かう。

 

車に乗り込みエンジンをかけたら、すぐにシフトレバーを切り替え発進する

 

時間がないのだからそうせざるを得ない

 

口の中で何度目かの自嘲を唱える

 

これらはもはや毎朝のルーティンみたいなものになってしまっており

 

今日もそのはずだった。

 

 

 

 

「それが面倒だからエンジンスターターを取り付けたんだよ」

 

そんな話を聞いたあたりで喫煙所が混み始めた。

 

「おつかれ」」「おつかれさまです」「おつかれさまです」

 

せせこましい小部屋がさらに窮屈になる。

 

「聞いた?」

 

入ってきた数名の内の1人が電子タバコを取り出しながら同僚に話しかける。

 

「センター長が次期SV候補を誰にするかってマネージャーに葉っぱかけられてるって。」

 

「だから今朝機嫌良くなかったんですね」

 

次期SV候補を決める。そのワードが飛び出した瞬間、タバコを吸う速度を早めた。

 

「順当にいって若いやつから選ぶだろうよ」

 

「でも佐々木さん来月で辞めるとか風の噂で聞いたすけど」

 

「お前それ言っていいの」

 

「そういや佐々木さんってお前んとこのチームじゃなかったっけ」

 

離脱したい。一刻も早くこの空間から。しかし話を振られれば返事をせざるを得ない。

 

「・・・そうですね」

 

「だよな」

 

全員が同時に咥えて吸う。

 

少しの沈黙が生まれる。

 

早めに煙を吐き出し吸い殻をスタンド灰皿に投げ、お先しますと喫煙所を後にする。

 

煙が吐き出された後にかけられるであろう言葉は何となく想像に容易い。

 

佐々木の次に若い人間は、自分だった。

 

 

 

 

靴べらを壁に掛け直す。

 

そんなつもりはなかったのに、ガンといつもより乱暴に音がなった。

 

小走りに納屋から突き出た下屋へ向かうと、見慣れた景色にちょっとした違和感を覚えた。

 

下屋を支えるコンクリート製の脚に、小指の腹ほどの小さなささくれが出来ている。

 

時間がないので気にせず車に乗り込もうとしたが、サイドミラーのすぐ目の前にある柱に付いているもんだから妙に目につく。

 

こんな所に何が。

 

近寄ってよくみると

 

肌色の小さな虫だ たぶん

 

顔に小さな突起が生えた虫のように見える。

 

でも足は付いていないし、目や口もぱっと見付いていない。

 

角のようなオレンジ色の突起が2つ、顔であろう部分の真ん中に目立つように並んでいるけれど

 

これが目や口の機能を果たしてるようには見えない。

 

そう考えはじめたらなんとなくカタツムリの顔のようにも思えて、ナメクジが項垂れているようにしか見えなくなった。

 

でも定かではないけれど、ナメクジのように柔らかくはない。

 

触って確かめる勇気が出ないのは、その程度にはグロテスクな形をしているからだった。

 

飛んだり跳ねたりするようには見えないので顔にすがりつかれることはないだろうなと察し、柱に鼻がつきそうなぐらい顔を近づけてみる。

 

角だらけの顔の下にはアコーディオンのような蛇腹状のお腹があり、その蛇腹毎にも小さな角が生えている。

 

どの角がどんな機能を果たすのか皆目検討がつかず、角度を変えて至近距離で見つめてもクエスチョンが増えるだけだった。

 

まず何がどうやって垂直の壁にくっついているのか。

 

コンクリートに対して背を向けており、項垂れてできたその猫背で天を仰ぐように斜めに付いている。

 

お腹のその先は細くすぼまり尖り、その尖りだけが唯一コンクリートと身体を繋いでいるように見えるのだが、物理的にそんな事可能なのだろうか。

 

でもたぶん たぶんだけど 

 

蛹だと思う

 

知ってる蛹よりは変な形だけど、特徴から消去法で考えるとたぶんそう。

 

昆虫に明るくないので一体何の蛹かは見当が付かなかった。

 

虫の見た目は身を守る鎧の役割も果たすのだから、禍々しい形の蛹からは似たような印象の虫が生まれるんだろう。

 

どんな見た目で何が生まれるのか、怖いもの見たさの好奇心が湧いてきた。

 

そういえば最近スマホをandroidに変えたんだったなと思い出し、googleレンズという機能で調べてみようとスマホを構えた

 

構えると同時にロック画面を見て我に帰る

 

とりあえず1枚写真におさめ、画面に表示されている時刻に急かされるままその場を後にした。

 

 

 

 

この小さな肌色猫背の正体を知るのはそれから2日経った日曜の事になる。

 

 

 

 

 

肌色で角がたくさんついた猫背の蛹