(夫です。)

春の足音が少しづつ感じられるようになる
この季節になると、
私は、妻が告知を受けた時の事を思い出します、、、。

日付は3月16日
夜、9時を過ぎていたと思います。

2泊3日の検査入院中、
検査の結果は退院してからの
1週間後だと言われていたのに、
不慣れな医師は、
少しでも早く告知をすべきだと判断したのでしょうか、
退院の前日、唐突に告知をしました、、、。

厳しい病気だからこそ、
せめて家族を同席させて欲しかったし、
当然、そうしてもらえると思っていたから、
私に連絡が無い以上、正直、安心していたし、
余命宣告なら、尚更、本人に告知する前に、
事前に相談して欲しかった、、、。

入院中のベットの上で、
翌日の退院を楽しみにしていた妻が、
何の予告も無く、医師に呼び出され、
突然に、余命の告知をされた時の状況は、
妻から伝え聞いた事だから
私には想像しか出来ない事であるが、
想像の範囲内でも、
本当に気の毒で、悔しくて、
可哀想でなりません、、、、。

静まり返った病室の
カーテンで区切られた狭いベットの上で、
同室の患者に気を遣いながら、
二人で声を殺して泣いた あの夜、、、、

全てが変わってしまった あの夜、、、、

終わりの始まりになった あの夜、、、、


あの夜から、もう6年です。



この先、
春になれば、
二人で桜の花を見た時の事を、、、

初夏になれば、
初めての入院から退院して、
近所の公園でボートを漕いだ日の事を、、、

夏がくれば、
何度も何度も出掛けた花火見物の事を、、、

肌寒くなれば、
最後の入院で失明した妻の付き添いの為に、
3ヶ月も病室に寝泊まりしていた時の事を、、、

そして真冬になると、
退院して最後の時間を在宅介護という形で
一緒に暮らした日々の事を、、、、

そうやって
季節が巡る度に、
その季節ごとの闘病の記憶が蘇ります、、、、。

なんと言っても、3年半の闘病でしたからね、、、、。

本当は、病気に無縁だった期間の方が、
圧倒的に長いのに、
今はまだ、闘病時代の事ばかりしか
思い出せません、、、、



妻が大好きだった「中島みゆきさん」の、
私も大好きになった「誕生」という歌の歌詞です。


ひとりでも私は生きられるけど、
でも誰かとならば 人生は、はるかに違う、、、、。
強気で強気で生きてる人ほど
些細な寂しさで、つまづくものよ、、、。




めぐり来る季節を数えながら、
めぐり逢う命を数えながら、
畏れながら、
憎みながら、
いつか愛を知ってゆく、、、、。

泣きがら生まれる子どものように、
もう一度、生きるため
泣いて来たのね、、、、。



「これからの人生は、
もっと強く、 そして、もっと優しく、
他人の痛みの解る人になって、
少しでも誰かを支えてあげてね、、、」

妻から、
そう言われている様な気がしてなりません、、、、。