嘘をつかないで生きる
「嘘をつかない」
これは、私が人を選ぶ上での絶対的なルールになった。
誰でも嘘をつくことはあるけど、
嘘にも種類があって、優しい嘘と人を欺くための嘘がある。
前者のような嘘はOK。
ただし、ついたらずっと嘘のままバレないようにして真実にすること。
のちにの人を欺く可能性のある嘘っていうのは、
法律で決められたわけじゃないけどやっぱりいけないことだと思う。
自分にも、ついた相手にも取り返しのつかないことになる。
嘘って口に虚しいと書くだけあって
嘘をつかれると、こちらまで虚しい気持ちに満たされる。
きっと言っている本人はもっと虚しい心の持ち主なんだろう。
嘘をつくと、それを隠すための嘘をつき、
つじつまを合わせるために前についた嘘をいつまでも覚えていなければいけない。
嘘がバレる不安にさいなまれ、堂々と自信をもって行動ができなくなる。
嘘は癖になって、無意識のうちに嘘をつき周囲から信用をなくす。
嘘をついている本人にとって、いいことなんてない。
そんな嘘が自然に出てくるようになったら、
単に魔がさしたのではなく、そういう人格になってしまったんだと思う。
どんなにその時は懲りても、元には戻る可能性は低い。
なんで、人を欺く嘘をついたらいけないか…
理由をずっと考えていたら、
北川悦吏子 さんのブログで答えが書いてあるような記事を見つけた。
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(以下引用)
思うんだけど、だれかを騙していけないのは、その騙された人が傷つく、
とかだけではなくて、
その人が、もう二度と人を信じられなくなってしまう、
とか、とりあえず疑ってかかるようになってしまう、
っていうそこだよね。その物件だけですまなくなっちゃう。
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まったくの同感。
私は、嘘をつかれた後、ずっと疑う癖がついてしまったり、
他の人も嘘をつくんじゃないかと信用できなくなってしまった。
それって、人の心に傷をつけた以上に、取り返しがつかないことだということを
嘘をついた人にはわかってもらいたい。
私が嘘をついて困ったのは大学のときかな。
ゼミがめんどくさくなって、ある発表の日にノロウイルスということで仮病を使って欠席。
そしたら、ゼミの先生に大事な発表だったのになんで来なかったのと責められ
後で診断書を出しなさいって言われてもちろん出せるわけもなく
でも私は行けないぐらい体調が悪かったんですとまた嘘をつくしかなかった。
明らかに嘘だっていうことがわかっちゃって、私の印象も悪くなって
先生とケンカみたいになって結局ゼミを辞めちゃったことがあったな。
なんか、その時の自分は相当かっこ悪いし
今思えばめんどくさかったとしても頑張って出ればよかったと思う。
そうしたら、もっと大学時代に必要な「勉強」が出来たかも。
客観的に見れるようになった今は、少し大人になったのかな。
とにかく、人を傷つける嘘は私は今後もつかないし
そういう嘘をつく人とは一緒にいてはダメ。
ちょっと、嘘について真剣に考えてみました。
