必ず何か成果が出るならどんなにいいだろうか。
前に進んでいるのに、自分が立っている場所すらわからなくて
本当に進んでいる方向は正しいのか。
もしかしたら、一歩も前進していないのではないかと
意味すらわからなくなる。


たとえ、挫折・葛藤しようとも
歩みを止めることを許されないのが社会であって。
いや、それは私自身かもしれない。
私は完璧な何かを求めてるいるのかもしれない。
しかし、私は私に対して、何一つ認めてはいない。
他人には、寛大でいることができる。
果たしてそれが真実だろうか。
やはり、矛盾している。
私は私を認めていないのに、興味はあるのか。
そうじゃない。私は自分を否定してきた。


自分に厳しい人、甘い人それぞれいると思う。
私はどうなんだろう。
自分の進んできた道を振り返ってみると
自分自身を誉めたことはないことに気づく。
そうであるなら、自分に厳しいと言えるだろう。
だが、二択で全て分けれるほど単純なものではない。
私は厳しいのではなく、きっと自分に自信がないのだ。


けれど、今までの人生が真っ白で平らなものではなかった。
大なり小なり何かを成し遂げ、結果も出してきた。
きっとそうなんだと思う。
断定ができないのは、形として現れてこなかったからか。
しかし、どんな方向でも進んでいれば足跡はできる。
それを見つけ、かき集めることが自分を認めることではないか。
きれいではなくていい。むしろそれはきっときれいではない。
小さいかもしれない。誰かから見たら些細なことかもしれない。

でも、努力は自分自身を豊かにするものだから。
僕は新しい一歩を踏み出した。