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60歳目前リアルライフ【目指せ沖縄移住】

60歳を目前にした私まち子の「挑戦の記録」とそこに至るまでの道のりを綴ったブログです

あなたの“もう一度やってみたい”を思い出すきっかけになりますように。
一緒に、ゆっくり・楽しく・前向きに進んでいきましょう。

 

ahoy embroideryさんの「フェルトと刺繍のいろんな猫」

 

という 刺繍本を見つけて即買いしました。 

 

◆「フェルトと刺繍のいろんな猫」ahoy embroideryさん

 

 

 

刺繍だけに頼らず、フェルトの色を活用して、

パズルのように組み立てる事で可愛い猫ちゃんを表現できて

すっごく面白そーーー!! 

 

キレイに作るための細かいアドバイスもたくさんあって 

とても参考になりました。 

今回は三毛猫ちゃんの(本来はブローチ)バッグチャームを

作りました。 

 

が、他にも粒ぞろいの猫ちゃんモデルがたくさんいるので 

今回の反省点を参考にしながらまた頑張ります! ↓↓ 

 

・たてまつりはもっと細かく、長さも揃えてキレイに縫う 

・なるべく同色の糸を使ってたてまつりする 

・特に瞳は丁寧に刺す 

・ペーシングペーパーを布につける時もっとアイロンで押さえる

 

◆クロバーペーシングペーパー

 

 

 

 

Nくんが最初に私の一時預かり保育園に来た時

 

正直びっくりしました。

 

その頃はまだ私も保育士として駆け出しで

 

いわゆる「自閉症スペクトラム」の疑いがある子を預かったのは

 

初めてのことでした。

 

突然わからない場所でわからない人たちの中に

 

放り込まれた衝撃のせいでしょうが

 

以下のような特徴がありました。

 

まず表情が固い。基本しかめっ面で眉間にしわ。

 

目は合わない。声も出さない。

 

食べない、飲まない。

 

こんな、辛そうな子ども時代を送っている子がいるんだと

 

本当に心が痛くなりました。

 

週に何回か通うようになり、少し慣れてくると

 

嫌だという気持ちを表現するようになりました。

 

自分の作業を中断されるといきなり後ろへひっくり返り

 

頭を強打します。

 

 

私たち職員はじょじょにこの「頭ガン!」前触れに気づき

 

とっさに後頭部に手が出るようになりました。

 

 

そして泣くようになったのでやっと声を聴く事ができました。

 

それでもまだ体は硬く緊張し抱っこしても人形のようでした。

 

コップに麦茶を入れて渡すと無表情でジャーーーーーー

 

タオルを渡すとポイッ

 

おやつも、手を出すようになっても触るとその感触が嫌で

 

ものすごい表情をしながら下に捨てました。

 

それでも少しずつ動きが多くなり、私たちの事も覚えたようで

 

たまーーに嬉しそうにニヤッと笑ったりしてくれると

 

たまらなく嬉しく、職員みんなで半泣きで喜びましたアップ

 

数ヶ月経つとお昼ご飯も食べられるようになりました。

 

うちの保育園ではお昼ご飯は基本おにぎりのみという決まりですが

 

Nくんはおにぎりを持つことに抵抗があり無理。

 

お家ではスプーンでご飯なら食べるという事で

 

特別にタッパーに入れたご飯を持って来てもらいました。

 

食べられるようになるとお昼寝もできるようになり

 

保育園で過ごす時間が増えました。

 

頭ガン!の回数もどんどん減って(もちろん警戒はしていましたが)

 

好きな絵本やおもちゃもできました。

 

不思議だったのは・・

 

お昼寝していて目覚めたようなので声をかけに行くと

 

その大きな綺麗な瞳でじっと私の顔を見つめて

 

なんというか、本当に包容力のある天使のような笑顔を見せるのです照れ

 

その時の私の感情は言葉にできないもので

 

胸がいっぱいになり、仕事中ながら涙があふれてきました笑い泣き

 

今思い出してもなんだか不思議に思います。

 

 

 

Nくん本人も、Nくんのママも、私たち職員も

 

Nくんとママが少しでも元気で楽しい毎日を送れるよう

 

みんなで頑張っていましたが

 

一時預かり保育園は時間単位でお金がかかるし

 

一日の預かり時間は最長で6時間です。

 

やっぱり正規の保育園に入園できれば、

 

それがNくん親子にとって最適です。

 

最初に来てから一年足らずでNくんは系列の保育園に移っていきました。

 

 

系列の保育園なので今でもたまに姿を見ることができます。

 

相変わらず名前を呼んでもこっちは見てくれないけど

 

少し背が高くなって、ちょっとたくましく見えるNくんドキドキ

 

その不思議な魅力を最大限に生かしていける道が待っていますようにお願い

 

 

 

 

『丹毒』という感染症にかかりました。

 

当時ネットで調べても自分に似た症状の体験談がなかったので

こちらに記しておこうと思います。

【丹毒1日目】
疲れてくると歯茎が腫れたりするくせがあるので、ああまた歯茎が痛いなと思っていたのですが

あまりにも痛くて数日後の歯医者さんの予約まで待てず、急遽診てもらいに行ったのです。

レントゲンも撮りましたが異常なく、耳鼻科の方で腫れがあるのではないかとの診断で

抗生剤を痛み止め(ロキソニン)を処方して頂き、帰宅してすぐ飲んで横になっていましたが

とにかく痛い。場所で言うと上の歯の辺りの頬の中、という感じのところが

ズキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッと休みなく痛みゲッソリ

 

冷やしてみたところ、むしろじゃんじゃん痛みが強くなり滝汗

何だかもう頭が混乱して来ていてもたってもいられない感じになり、

 

自然と涙は流れてくるし一瞬、救急車呼ぼうかとよぎるくらいにまでなったので

混乱した頭のまま何とか自転車に乗って、思いついた駅前の耳鼻科に飛び込みました。

待合室で問診票を書いたのですが、後から見たら何を書いているのかわからない事を書いていて

 

その時の自分がかわいそうになりました。

もう一秒も待てないくらい痛かったのです。

ですが耳鼻科の先生の非情なお言葉は

「紹介状を書くのでもう一晩耐えて明日大きな病院へ行って」でした。

そう言われてどんな顔をしていたのかわかりませんが

 

「気を確かに持って!」と言われて我に返りました。

ロキソニンが全く効かなかったので

 

それより強い頓服薬を下さいと懇願してトボトボ帰りました。

が、その時に出して頂いた頓服薬が効いて

 

帰宅後、横になった布団の中ですーーーっと痛みが引いたとき

本当に神様を感じました笑い泣き

 

いやもう本当に医学の進歩に心から感謝しました。

あの薬がなかったら9階の自宅からジャンプしたくなるくらいの痛みでした。

ちなみにその時に出して頂いた頓服薬は『SG配合顆粒』という顆粒のお薬で

翌日大きな病院で先生に言うとロキソニンの方が強いはずだけど・・とおっしゃっていたので

タイミングだったのか、ロキソニンと一緒に飲んだから効いたのか、よくわかりませんが

この闘病中、私の中ではこの『SG配合顆粒』が神だったのでとにかく飲みまくりました。

ロキソニンには目もくれませんでした。

 



夜になって異常なくらいの寒気が生じ、熱が39度まで上がりました。

ガタガタ震えながら、それでも痛みがまた来る事の方が怖くそればかり考えて眠りました。

【丹毒2日目】

痛くなってから2日目に大きな病院の耳鼻科にかかりました。

朝の受け付けの時点で熱が39度近かったので即、隔離されました。

 

PCR検査でもされるのかなぁと思っていたら

胸のレントゲンでのコロナ対応でした。異常がないと結果がでるまで1時間くらいかかりました。

その後4時間近く待たされて診てもらった結果

『これは皮膚科ですね』でしたチーン

で、今度は皮膚科に並びました。幸い皮膚科では5時間も待ちませんでした。

皮膚科で血液検査もしてやっと『丹毒』という病名の診断が出ました。

丹毒ってなんだかギョッとする名前ですよね。

大きな病院の先生のあるあるなのか?

 

よくわかりませんが先生の病気に関する説明はほとんどありませんでした。

ただ、2日後にまた受診して血液検査の結果が良くなければ入院との事でしたあせる

とにかく待たされた後だったので『あとでネットで調べよ』と思い

 

『SG配合顆粒』だけはたくさん出してもらって帰りました。

この日はほとんど何も食べられず、飲み物がやっとで

 

薬を飲む以外はひたすら眠っていました。

夜中も薬が切れると痛みが戻り、頓服薬を飲んでまた眠るという感じ。

【丹毒3日目】

3日目の朝になると少し食欲がわいてきて

 

その時食べたヨーグルトがめちゃくちゃ美味しかったのを覚えています。

ネットで『丹毒』と調べると真っ赤に腫れ上がった頬の写真がたくさん出てきますが

 

私の頬は腫れただけで赤くはなりませんでした

ただこの3日目くらいから痛い部分が徐々に下へ下へとおりていって

 

頬の下の部分が四角く腫れて見た目が本当にこぶとりじいさん


また強烈な痛みが来ることにおびえながらひたすら安静にする一日。

やはり薬が切れると痛くなり、眠っていても必ずその痛みで目が覚めました。

夜になって食欲はようやく復活。口は開きにくいけれど食べたい気持ちが強く必死で食べました。

【丹毒4日目】

ふたたび大きな病院へ。血液検査の結果

 

丹毒の値は半分くらいになっているとのことで入院は免れましたデレデレ

今回、流れでこの病院で診察してもらいましたが

 

実はこの病院は、両親が亡くなった時に良い思いをしなかった病院だったので

本当は行きたくなかった。自宅からも遠いし予約しても待ち時間長いし。

まずこの病院の先生には不信感しかないので。

今回のこの日も先生は私の患部を診ることもなく検査結果のみの診断。

もう一度来週来るように言われて仕方なく予約したけれど心の中はモヤモヤでした。

薬のせいか、あまり食べていないせいか、かなりフラフラします。

勤務先に当分行けそうにない旨を連絡して謝ったら少し気持ちが楽になりました。

腫れもだいぶ引いたけれど薬が切れると痛みがまだやってきました。

夜になってピリッとする痛みが後頭部に。あと、なぜか唇がピクピクとけいれんし始めました。

これも先生に話しましたが「ふーん」だけでした。。真顔

【丹毒5日目】

朝起きたら久しぶりにぐっすり眠れたな、という気がしました。

でもまだ痛み止めが必要。抗生物質もたっぷり飲んでいます。

この日の夜から痛み止めが2倍の長さくらい飲まないでいられるようになりました。

【丹毒から1週間目】

一週間くらい経つと痛みもだいぶ引いて、痛み止めを飲まない時間も増えましたがそれでも

「痛みがなくなった」とまではいきませんでした。

 

ちょうど重めの五十肩にも悩まされていたので

もう何が原因でどこが痛いのかわからないような感じでしたチーン

それと、この頃からずっとピリッとくる頭痛に悩まされました。

何の前触れもなくピリピリッズキンと来る嫌〜な痛みなので憂鬱になりました。

この頭痛も一週間くらいは続いたと思います。

【丹毒2週間目】

発症から2週間目の日に最後の受診をしました。まだ少し痛みというか違和感があり、

下を向いた時などまだ腫れも感じていましたが、仕事にも復帰していたし元気は元気だったのですが

予約もしてしまったしこれが最後と決めて受診しました。

血液検査をして、またチラッと診察してもらい痛み止めだけもらいました。

何かあったらまた来てと言われましたが次に何かあったら近所の皮膚科へ行こうと思います。