危篤の知らせを受けて病院に駆けつけわずか5分で息を引き取りました。
主治医の先生が『あなたを待っていたのよ。容体が変わってこんなにもつとは思わなかった。あなたに会いたかったのね。』と言われてもっとそばについていれば良かったと悔しく思いました。
色々な思い出が頭をよぎります。
でもやっぱりこの言葉しかない。
おばあちゃん
私のおばあちゃんでありがとう!!長い間お疲れ様でした。
「子宮がんって言われた。」
と泣きそうな声で連絡があったのは、約6年前。
「え???うそ!何かの間違いじゃないの?」
間違いではなかった。
不正出血、腰の痛み・・・
ずっと続いていた症状に大きな不安を抱き、彼女は町の産婦人科で診察を受けました。
そこのお医者さんは、「すぐに医大に紹介状を書くから、このまま診察に行きなさい。」と言って下さいました。
実は、彼女、その3年前に市内のH病院で診察を受けていたのです。
その際、診察をした医師が告げたのは、「更年期によるホルモンバランスの異常です。このまま様子を見て下さい。」とのこと。
は???
検査もせず、そう言い放った。
しかも「私は今月でこの病院を辞めるので、詳しい検査をしてもフォローができない。」
と自分都合のコメントを彼女に投げたのです。
H病院は、産科では実績があるものの、婦人科の実績はほとんどありません。
医大を受診した彼女は、即入院。
ただ、諸事情により、1週間の猶予を賜った。
がんは、進行しており、リンパ節にも転移が見られ、肺にも転移が見つかりました。
手術ができる状況ではなく、抗がん剤治療だけでした。
辛い辛い抗がん剤治療が始まり、脱毛、不眠等々の副作用にもめげず彼女は闘っていました。
「なんで私がこんなことにならなきゃいけないの!!」
何度も泣きました。
私も一緒に泣きました。
それから奇跡的にがんが小さくなって手術を受けることができました。
仕事も再開し、一緒に食事にも行けるくらいになっていました。
傷害保険の更新の手続きをするとき、「これが私の元気のバロメーター」と笑っていましたっけ。
去年発病から5年経過したので、お祝いをしようって言っていたのに・・・
あれから調子が思わしくなくて、ずっとメールも返信が来なくなって・・・
そして、昨夜遅く、共通の仲良しの友人から訃報が届きました。
まだ信じられない。
とりとめない長文の記事を最後までお読み下さってありがとうございました。