「ただいま」
「遅いで!何やってたん?」
「何でも良いだろ?そんな事より料理作ってくれ」
「はるちゃんと何かしてたん?ちょっと健ちゃん!」
遅くなった理由を明確にしない健司に美優紀は吠えた。それでも健司は一向に口を開こうとせず、美優紀のベッドに寝転がった。1人になりたかった健司だが、寝室まで美優紀がついてきてしまった。
「ちゃんと遅れた理由説明してもらうで!」
「別に何時までにとか決めてないだろ?」
「そうやけど…こっちはお腹ペコペコなの!」
「買い物に行ってやったんだ。ありがたく思えよ」
「そんな態度やから彩ちゃんと別れたんちゃうん!」
フラストレーションの溜まっていた美優紀は思ってもない事を言った。美優紀は言った後つい口を押さえたが、健司の耳には残っている。みるみる顔の正気が無くなる健司は美優紀を一瞥すると、窓に目を向けた。
「ごめん…今のは言い過ぎたわ…」
「…1人にさせてくれないか?」
「うん…」
美優紀は泣きそうな顔で部屋を出ようとした。しかし、ドアノブに手をかけたところで美優紀は口を開いた。
「うちな…イギリスに行く事になってん…」
「…え?」
「まりちゃんと契約してるブランドからオファーがあってな…」
それは突然の知らせだった。美優紀がイギリスに行く。美優紀が自分の側からいなくなる。彼女の背中を見つめる健司は声をなくしていた。
「いつまでも健ちゃんの側で甘えるのは駄目やって思ってな。1週間くらい悩んで…イギリスに行く事にしたんや。黙っててごめん…健ちゃんに止められると絶対甘えちゃうからな…言わんかった…」
美優紀はいつでも健司の側にいたがり、健司を求めていた。健司に鬱陶しがられても美優紀は決して離れなかった。そんな彼女が自ら健司の元から離れようとしていた。今すぐに行くなと言いたいのに、あまりの衝撃で言葉が出せなかった。
「ごめん…今言う事ちゃうかったな…うち行くわ…」
「美優紀…」
やっと出た言葉は美優紀にも聞こえない程の小さな声だった。1人になって猛烈な孤独感に襲われてしまった。彩に続いて美優紀まで奪おうとする神を憎んだ。ベッドから飛び起きた健司はこの前の美優紀の質問を思い出した。
『もしうちが…どこか遠いところに行ったらどうする?』
あの時、美優紀はイギリスに行く事を伝えたかったのかもしれない。でも上手く伝えられず、遠回しに質問をしたのかもしれない。
「…また1人か」
悲しさや怒りを通り越して呆れてきた。神はどうしても健司を1人にさせたいのだろうか。誰かと付き合ったりするどころか、話すのも駄目なのだろうか。1人になった健司は何も考えたくないと、目を閉じた。