私は、若い頃 こころに弱い人への偏見が
ありました。


こんにちは。
久しぶりに投稿をすることをお許しくださいね。

いきなりですが、私のこと少し知っていただけたらと思いまた、自問の機会と思っています。

私は、今も精神科に通い投薬治療してます。
24年前に発病し、最初、入院しました。
知っておられる方は、契約入院で三か月強制入院
しました。
その当時 隔離病棟で、入院前は、仕事をしていて、夢や将来を考えて、将来のこと希望を描いていました。

私は、入院初日、父と母と一緒に専門の精神病棟がある病院に行き、私はそれまで仕事をして将来の夢や行ってみたいこと沢山?若かったのかも、
私的にありその病院は私自身は検査をして、悪くないから帰れるだろうと思いました。

その当時、私は精神科に行くことにためらいがありまして、自分では、それまでいくつかの検査をして異常はなかったからと、私自身精神科を心で
避けていました。
入院が医師や父と母で決まりその日から入院しました。

私的に、実は看護師さんの部屋 今のナース ステーションで泣きました。色々思いがありまして、複雑だけど、悔しくて、今後は?
まず、周りにいる患者さんを見て。
まだ、その当時看護婦さんと言われていました。

看護の人が、私を見て近づいて、笑顔で話しかけてくれました。
こころでは、ここからすぐ出たい、夢や希望を内心で「ここのところは私の夢の終わりだと」。

それまでの人生築きたい、その最中に!

医師は優しく「体やこころを休ませてね」と。

私のこころで精神疾患者に偏見が自分で分かり
ました。それは、入院してよくわかりました。

最初に「頑固さと謙遜さと」しました。
自分の思いに相手やものごとを頭から否定することと、相手やものごとへの解釈する、理解していくことにためらいがない。ということを学んだ気がしました。

そのあと、後になっても、問題ごと、心配事、
不安や、自分なりに頑張ってもうまくいかない。

私的に、仕事が限られて、就職の枠が狭くて難しい、周囲の人にどう見られているのかな?

私的には、闘病やそれまで優しくしてくださった方々が力になり、仕事を事情で辞めても、
あきらめない
休んでもいいから、再出発!
いつも辛いとき思い、ハローワーク通ひ、や
援助施設や何より、父と母に支えられて
助かったことが多いです。

今から8年前ぐらいに一人暮らしの私のところに
年配のエホバの証人の方が、また同じ男性の方が来てくれて、私は話しかけてくださいました。

聖書に、謙遜と傲慢があり、謙遜の模範な方
神さまとイエス これほどの謙遜さを示している
ことに倣うため、不完全さをもつ私は神に祈ること、祈り求めること 
傲慢は神さまが最も嫌うことがらのひとつです。

こころを見ておられる偉大な神に感謝しています。

神は苦難の砦、ひなを守る親鳥、愛情深く優しいお父さんのよう、

偉大な神に感謝しています

神は祈り求める人 こころからの祈りを聞いて
くださる方 人にはわからない仕方で答えてくださります。

私は祈りの力 信じています。

偉大な神に感謝します