他の演劇とは違い、高校演劇にはたったの「1公演」しかない。
「半年間、脚本を書きはじめて演出を考えて。
演技のキッカケや照明のプランを考えて、直前まで山ほど喧嘩して。
皆で作った大道具に囲まれて、衣装を着て、やっとの思いで本番をむかえて。
『〇〇高校です、どうぞ』
重たい緞帳が、ゆっくり、静かに上がるとき、私いつも泣いちゃうんだよね」
と、その人は語った。
◆
カプセルホテルで目覚めたらめちゃくちゃ寝坊していた。
聞き慣れない地名ばかりの路線が難しすぎて心が折れかけたけど、えらそうにコンビニでコーヒーを買ってなんとか30分遅れでたどり着く。
名古屋の名門・南山大学の演劇部「HI-SECO」企画の、2023年度の卒業公演の劇伴担当として参加させていただけることになり、その稽古の様子を見学しに行った。
街中によくある、あの何に使われているのかよくわからない公共の施設で行われていた。キャストさん全員と、音響さんと演出助手さんがいた。
稽古中めちゃくちゃ色んな人と話した。どうせ大学の部活だろ〜と思ってナメていると、普通にみんなあり得ないぐらい集中していて情けなくおじけづいた。音響さんに2回、その日に作った音源を差し替えて稽古に合わせてもらった。なかなかよかった。
家でけっこう気合を入れて作った音源を皆さんに聴いてもらったら盛り上がってた。うれしかった。
帰りにキャストのえんどぅーさんが、稽古場近くのラーメン屋さんに行こうと誘ってくれた。お店の前に着く頃にはなんとなく5人ぐらいに増え、カウンター10席の狭い店内からすればテロ級の果てしない大所帯になっていた。めちゃくちゃ美味しそうだっただけに泣く泣く断念し、すぐ近くの居酒屋さんに行った。
なんだかんだ死ぬほど盛り上がった。みんなが寿司ネタを取り合ってじゃんけんしていた。昨日のカラオケできんぐさんが一生中島みゆきを歌ってたことや、りのさんが篠原涼子を歌う前に「こんにちは篠原涼子です」って4回ぐらい言ってた話をした。
音響の太良さんの乾杯の生ビールを7割ぐらいぼくが奪って飲んだけど、それでも太良さんはスポンジボブのパトリックぐらい真っ赤っかだった。なぜかそこからみんなラムネを頼みだした。瓶から取り出したビー玉をずっとコロコロして遊んではった。
◆
田舎のゴルフクラブに登録されている会員を全員集めたぐらいいるハイセコ企画部員のみなさんは、日々いきいきと稽古や制作に打ち込んでいるけれど、そのうち4年生の方々は2月末の公演が終わったらそれぞれの道を歩き始める。
ぼくは正直、演劇をほとんど見たことがない。なのに不思議と、自分が今まで何度も経験してきた痛みを、また今になって味わっているように感じた。
ほとんどの人が口を揃えて「社会に出たら演劇をやめる」と言っていた。というのも演劇というのは観たい人よりも演りたい人の方が多く、社会人演劇はとても身内色が強くなってしまいやすいらしい。
彼らはまさにこのときこの瞬間、2024年の桜が咲く前の、名古屋の南山大学の中にしか存在できない、今この一瞬を散りながらも生きている、儚くもすばらしい歴とした劇団なのだ。
「HI-SECO」企画、とYouTubeで検索すると、これまでの公演の稽古動画などがいくつかヒットする。なかには10年前のものもある。部活自体は、なんと50年以上も続く歴史ある場所らしい。
先輩部員である彼らが今どこで何をしているかはきっと誰にもわからない。し、きっと彼らと面識のある現役生は一人もいない。
それでも確かにその瞬間は大学生で、ここにいて、集まって練習をしていた。同じ部活のロゴと名前を使って、毎年この時期にきっと卒業公演をやって、そして1学年ずつ、それぞれの人生へと巣立っていった。
そして今ごろ日本のどこかで、「実は大学時代は演劇部で〜…」だなんて、きっとときおり思い出したように、少し恥ずかしそうに話していたりするのだ。
演劇を100%の形で保存することは絶対にできない。
今回の「マクラメ」は大学演劇なので、冒頭のように1公演とまでは言わないが、3日間、たったの5公演。それに向かってとんでもない人数と時間によるとんでもない準備がされていて、それがひとたび終わって仕舞えばもう、誰もそこにあったものを証明することができない。生モノとはいえ、おなじ曲を何度もコスりまくっているライブとはまたワケが違うのだ。
2/23-25の3日間。
べつに無理をして来いとは言わない。けど、もし少しでもあなたが気になっているのなら、どうか観にきてほしい。
なぜならこれは、静岡の片田舎の高校のちいさな演劇部で演劇を愛し、磨き続けた脚本で賞を獲り、
青春のほとんどを捧げてきた若き劇作家・今際ノキアをはじめとする、愛すべき一つひとつの物語を背負った4年生が、
舞台の上にのっている 時間のようなまぼろしに 別れを告げる作品だからだ――。
「……なんてね!こんな事で絶対泣いてやらないんだから」
この人はよく脚本みたいな喋り方をする。
他の演劇とは違い、今年の卒業公演にはたったの5公演しかない。
「5年前から脚本を書きはじめて、みんなで演出を考えて。
演技のキッカケや照明のプランを考えて、直前まで山ほど喧嘩して。
皆で作った大道具に囲まれて、衣装を着て、やっとの思いで本番をむかえて。
重たい緞帳が、ゆっくり、静かに上がるとき、私いつも泣いちゃうんだよね」
ぼくは知っている。この今際ノキアという人はいつもド派手な私服に身を包み、相手が初対面だろうが何だろうがガトリング銃のようにしゃべりまくる元気な人だけれど、家で脚本を書くときはぼくのお婆ちゃんみたいな瓶底メガネで、実家みたいなパソコンに一人向かっていることを。
「HI-SECO」企画は、砂浜に部員たちが描いたハートの形を見ただけで、どれが誰の描いたものか瞬殺で当てられるくらい、それぞれがお互いのことを深く理解し合っている素敵な皆さんだということを。
お客さんが今か今かと開演を待つ緞帳の裏には、演者やスタッフ、それぞれがこの日のために全力で駆け抜けた証明できない時間を、静かに過ぎゆく若い時間の最後を、一つひとつただ確かめるように映し出していることを。
緞帳が上がる。