「どうだった?彼」
 登を送り出した藤田が応接室に戻り話しかけると、桑野は視線を履歴書に落としたまま悩ましげにため息をつきつつ、
「ん・・・良いんじゃない」
と、乗り気なのか乗り気でないのか分からないような答えを返した。
「・・・、スイッチ、切ってくれません・・・?」
 やや目を天井にそらし、苦笑いを浮かべて藤田が頼むと、桑野は驚いたように視線をこちらに向け、破願した。
「あっ、ごめんなさい。久しぶりだったから、ちょっと頑張っちゃった。」
 笑うと同時に、桑野のまとう雰囲気が、有能な秘書のようなそれから女子学生のようなくだけたものに変化する。
「頑張るのは良いけど、桑野さんの『それ』、まじやばいって。分かってるでしょ?」
「ど~も。誉められてのびる子だから、もっと誉めてください♪」
「誉めてない誉めてない。君の入社面接の時に全力でやって、専務とモモが本気で決闘始めたの。忘れたの?」
 藤田の言葉に数瞬首をかしげるようにしたあと、思い出したような表情を浮かべ、ぷっ、と吹き出した。
「あれは、申し訳なかったなあ~。あたしだって本気でやったの初めてだったから、まさか猫にまで届くなんて・・・」
 そこまで言ってから、桑野ははっと表情を引き締めた。
「・・・今、『造り』ましたね?」
「え?何のこと?」
「あたしの力は、雄にしか届かないもん。雌のモモが取り込まれるわけないじゃないですか。」
「ん~・・・。もうばれちゃったか、さすがだね。」
「後輩をいじめてると、パワハラで訴えますよ」
「まあまあ。それに、やりすぎってのは『造り』じゃないぜ。ほら見ろよ」
 藤田が指さした窓の先にあるテラスには、ハトのものとおぼしき羽毛が、激しい戦闘を物語るように散らばっていた。
「平和の象徴にケンカさすなんて、レベルが上がってるんじゃない?」
「毎日滝に打たれてますから。」
「君んとこのシャワーは華厳の滝みたいなやつなのか?・・・まあいいや、じゃ、夕方までに報告よろしく。」
「はあい。」
 返事を聞きながら後ろ手で応接室のドアを閉じると、藤田は自分の席に戻りつつ、一人つぶやいた。
「さあて・・・。我が社初の狂言回しくん、か。しっかり働いてくれよ。」