新入生を無事に帰宅させ、ホッと一息ついた。
松本君は、一人で先に帰宅している。
今日くらいは、お祝いしてあげないとな・・・
・・・でも、2人でどこかに出かけるのも、誰かに見つかりでもしたら面倒だし。
デリバリーか?
それともテイクアウトで買って帰るとか?
大野を誘ったら来てくれるのだろうか?
そんなことを、職員室で考えている俺。
今日やらなければいけないことは・・・まだ山のように残ってる。
生徒から集めた書類に目を通し、事務に渡す書類・・・これは、学年で集めている書類・・・これは、俺が・・・
一人ずつの書類を確認し、最後に松本君の書類を見ていた・・・その時だった。
同学年の教師で、先輩でもある井ノ原先生に声を掛けられた。
「櫻井先生は、今日は行けるの?」
「ん・・・あ、すみません。今日は先約があって。」
「へぇ・・・櫻井先生にもとうとう春が来たんですか?」
「え?まさかっ・・・」
毎日ではないけれど、恒例になっている呑みの誘い。
独身教師が、毎晩ではないけれど、かなりの頻度で飲み歩くのもどうかと思うけど、これが意外と情報共有の貴重な時間だったり、新たな発見がある実のある時間でもあった。
だけど・・・入学式当日に、いきなり一人にさせるのも悪いよなぁ・・・。
本来なら、家族で祝ってあげているだろうこの日。
松本君の家族はアメリカなのだから。
言い訳のように自分に言い聞かせるている俺。
そんな理由がなくても、さっきまで松本君の為に、今日のメニューは何がいいかなんて考えていたのに。
「本当に恋人ができたとかそう言うんじゃないです。友人が家に来てまして。」
「もしかしてそれが女性とか?」
「違いますよ。」
「何だ、つまらないなぁ。」
当たり障りなく、やんわりと断りを入れ、松本君の書類をカバンにしまうと、俺は職員室を後にした。
何となく・・・皆の前では松本君の書類を見るのも何となく・・・気が引けたというか。
悪いことをしている訳ではないのに
・・・本当に何となく。
あ、そう言えば、松本君は料理をしてくれているんだった。
それなら松本君に話を聞いて・・・それから買いに出るなり、宅配を頼むなりすればいいか。
18時を過ぎて、ようやく夜の帳の降りたこの時間。
いつもは、こんなに早く歩くことなんて無いのに。
家に彼が待っていると思うからか・・・いつの間にか、小走りになっていた俺。
電車に乗って3駅が、何だかもどかしい距離。
本当に恋人でも待ってるんじゃないかって・・・周りに思われても仕方がないくらい、浮かれているような気もする。
ちゃんと家に帰っているのかとか
道に迷ってないかとか
電車の中でもソワソワしちゃって
自分でも、どうしたんだろうって思うほど、高揚感があるのは分かる。
ただの同居人・・・
俺のクラスの生徒・・・
俺たちの関係はただそれだけ。
そう割り切っているはずだったのに・・・
ポケットからマンションのカギを取り出し、玄関のドアを開ける。
「ただいま~。」
そう言った俺の目に飛び込んできた景色。
それは・・・
「あ、お帰りなさい。」
そう言って微笑む・・・
・・・肩にフェイスタオルをかけた、上半身何も身に纏っていない松本君の姿だった。