はじめまして
ふと文章をかけたほうがいいなぁと思い
過去幾度も立ち上げたブログ達を遠く想いながら
練習がてらブログを立ち上げてみました。
普段ネット上で本名を載せることにためらいは無い僕ではありますが
尾藤イサオ程度には珍しい氏名だという事と
記事を書く時に少しでも躊躇を無くせる様にと
本名を載せるのはやめました。
なので今日ビックリマンチョコを食べている時にぼやっと出た
明石澤という名前にしときます。
「誰かに似てるって言われない?」
合コンや飲み会などで序盤に切り込み隊長としても使えて
ローリスクハイリターンに放てる優秀な一言でありますね
皆さんも言われたり言ったりした事があるでしょう。
大体が「佐藤健はいってないー?」や「目の感じ 石原さとみっぽいよね」
などとその人の良き顔の成分を抽出し褒めるのが定石で 言われた方もまんざらじゃない顔を
しているのをよく見る
事前に「石原さとみがタイプ」という事を発表しておくなどしておけば
途中トイレにいった石原さとみ似の女の子がノーパンで帰ってくるくらいの事は望めるかもしれない
いや、目の前できゅうりの漬け物をエッチに食べてくれるかもしれない。
しかし僕は場がこの話題になると
一気に内蔵が伸縮し 小学校の時にはんこ注射の順番待ちをしていた時のような気分になる
それは僕が大体「バナナマン日村」「ゆらゆら帝国の坂本さん」など
満月の夜に小高い丘で会っても不細工であろう人々の名前が飛び出してくるから
という事がひとつの理由である。
しかし僕が一番恐れているのはもう一つの方の理由によるものだ
それは、気を使って「オダギリジョーっぽいよね」とか言う輩がいる事である
これが一番タチが悪い
日村さんや坂本さんに似ていると言われれば「誰が日村やねん!」などと
スパっと笑いに変えやすいし周りも「まっ、日村は言い過ぎか」という空気になって
あっさりと尾をひかず綺麗な切り口で次の話題へ移っていく
しかし「オダギリジョー」などという 僕と爪すらも似ていないであろう
イケメンの名前を出されると 一気に居酒屋は会議室へと変わり
脳内のオダギリジョーと目の前の僕の顔を比べ始める
「えーー、どうかなぁー」などの ズバっと否定はできないが否定はしたいゾ感まるだしの
ガヤが飛び出す
メイクキャッパーという漫画で「醜い者を虐める時は侮辱するのではなく褒めるんだよ」
という言葉がある通り、僕はスポットライトを当てられたウンコの様な気分になる
そして「おせじにも言えない」という言葉すら言えない人の顔はそこらの俳優には演じられない
まさに「顔に書いてる状態」になります
これは「お前嫌いだ」より「アイツあんまり好きじゃない」と言われる方が辛い事にも似ていますね
言った本人も気を使った結果こうなったということで 僕は誰も責める事はできない
山奥の霊園でもいいからワープさせてほしいと切実に祈ったりもします
この話題には真理があり それは もともとの顔のレベルがものをいうということ
イケメンが芸人の小藪に似てるよね とか かわいい子がなんかちょっとモアイっぽい
などと言われようとも それ以前に顔が良いという事実と自覚があり
周囲もそれを理解しているから あっははと笑い飛ばせる
もし心が傷ついたり疲れる事があったとしても
暖かい家庭のように心の中で待っている
「事実俺かっこいいし」という本来の場所に帰っていくのです
東大生が「おまえのチンコリップクリームみたいやな」や「ハゲてね?」などと言われても
「東大生」というアドバンテージからくる自信で動じないのと一緒なのです
いや、これはちょっと違うか。
ふと文章をかけたほうがいいなぁと思い
過去幾度も立ち上げたブログ達を遠く想いながら
練習がてらブログを立ち上げてみました。
普段ネット上で本名を載せることにためらいは無い僕ではありますが
尾藤イサオ程度には珍しい氏名だという事と
記事を書く時に少しでも躊躇を無くせる様にと
本名を載せるのはやめました。
なので今日ビックリマンチョコを食べている時にぼやっと出た
明石澤という名前にしときます。
「誰かに似てるって言われない?」
合コンや飲み会などで序盤に切り込み隊長としても使えて
ローリスクハイリターンに放てる優秀な一言でありますね
皆さんも言われたり言ったりした事があるでしょう。
大体が「佐藤健はいってないー?」や「目の感じ 石原さとみっぽいよね」
などとその人の良き顔の成分を抽出し褒めるのが定石で 言われた方もまんざらじゃない顔を
しているのをよく見る
事前に「石原さとみがタイプ」という事を発表しておくなどしておけば
途中トイレにいった石原さとみ似の女の子がノーパンで帰ってくるくらいの事は望めるかもしれない
いや、目の前できゅうりの漬け物をエッチに食べてくれるかもしれない。
しかし僕は場がこの話題になると
一気に内蔵が伸縮し 小学校の時にはんこ注射の順番待ちをしていた時のような気分になる
それは僕が大体「バナナマン日村」「ゆらゆら帝国の坂本さん」など
満月の夜に小高い丘で会っても不細工であろう人々の名前が飛び出してくるから
という事がひとつの理由である。
しかし僕が一番恐れているのはもう一つの方の理由によるものだ
それは、気を使って「オダギリジョーっぽいよね」とか言う輩がいる事である
これが一番タチが悪い
日村さんや坂本さんに似ていると言われれば「誰が日村やねん!」などと
スパっと笑いに変えやすいし周りも「まっ、日村は言い過ぎか」という空気になって
あっさりと尾をひかず綺麗な切り口で次の話題へ移っていく
しかし「オダギリジョー」などという 僕と爪すらも似ていないであろう
イケメンの名前を出されると 一気に居酒屋は会議室へと変わり
脳内のオダギリジョーと目の前の僕の顔を比べ始める
「えーー、どうかなぁー」などの ズバっと否定はできないが否定はしたいゾ感まるだしの
ガヤが飛び出す
メイクキャッパーという漫画で「醜い者を虐める時は侮辱するのではなく褒めるんだよ」
という言葉がある通り、僕はスポットライトを当てられたウンコの様な気分になる
そして「おせじにも言えない」という言葉すら言えない人の顔はそこらの俳優には演じられない
まさに「顔に書いてる状態」になります
これは「お前嫌いだ」より「アイツあんまり好きじゃない」と言われる方が辛い事にも似ていますね
言った本人も気を使った結果こうなったということで 僕は誰も責める事はできない
山奥の霊園でもいいからワープさせてほしいと切実に祈ったりもします
この話題には真理があり それは もともとの顔のレベルがものをいうということ
イケメンが芸人の小藪に似てるよね とか かわいい子がなんかちょっとモアイっぽい
などと言われようとも それ以前に顔が良いという事実と自覚があり
周囲もそれを理解しているから あっははと笑い飛ばせる
もし心が傷ついたり疲れる事があったとしても
暖かい家庭のように心の中で待っている
「事実俺かっこいいし」という本来の場所に帰っていくのです
東大生が「おまえのチンコリップクリームみたいやな」や「ハゲてね?」などと言われても
「東大生」というアドバンテージからくる自信で動じないのと一緒なのです
いや、これはちょっと違うか。