こんにちは、ミックです。
初めて生理が来たことを覚えている女性が世の中にどれくらいいるだろうか。
私は覚えている、鮮明に。
あれは小学5年生の夏だった。
待ちわびていた生理に
キタヨキタヨヽ(゚∀゚=゚∀゚)ノキチャッタヨ-!!!!!!
と大興奮した。
子供心に
生理=大人というステイタス
と感じてた。大人になりましたーーーーーーー!と宣言するようにナプキンの入ったポーチを振りかざして毎休み時間トイレにGO。
最初は少量だからそんな必要なかったんだけども。
時はたち2015年。私は23歳になった。大人12年目である。
今私はあることをひしひしと感じている。
「赤信号は一人で渡ろう」
赤信号は渡っちゃだめだよ?だとか
はたまた「赤信号みんなで渡れば怖くない」
じゃないの?とかつっこみはいろいろあるだろう。
まずこれは比喩の話だ。そして人生のスタンスとして、の比喩である。
このことばを説明するには私の置かれている状況を話すことが一番手っ取り早いだろう。
23歳になる私は常にマジョリティーとして生きてきた。
地元の公立中学を卒業後、地方の二番手私立進学校に入学。まあまあがんばって大学受験して地元国立大学を含むすべてに合格。
上京してそこそこ有名で優秀な私立女子大学に入学した。留学も一年いった。
まあまあうまくいってるように見えるだろう。
ほとんど悩みもなく生きてきた。
そしてそれが問題だった。
なにが問題かというと大きく分けて以下の二点である。
1"みんなそうだから"という理由で人生の大事な決断をしてきた
2自分のレベルで飛べる範囲のハードルしか飛んでこなかった
まず1であるが、大学進学のときにどれほどの人が卒業後のプランをもっているのだろうか?
就職や将来見据えて、特に学びたいことはないがとりあえず4年間大学に行ってから将来なにするか決めようと考える人が多いのではないだろうか?
あるいは、クラスの子もみんな大学にいくし、社会的にも行った方が行くらしいし行くか。
ぐらいのテンションで進学する人も多いと思う。
そんな人たちには
マジョリティーの波に乗っておけば人生成功すると思うなよ!!といいたい。
私はこの問題を就活を通してひしひしと感じている。
就活において企業は学生に対して「他とは違う特別なところ」を要求してくる。
大学進学というマジョリティーで平凡な道を歩んできた人たちに対してだ。
ものすごい矛盾を孕んでいるように感じるのは私だけであろうか?
そんなに特別なやつが欲しいなら、マイノリティな人生歩んでるやつらにも門戸開いてやれよ!!!!と思うのだ。
企業が応募条件に四年制大学卒業って書いておきながら個性的な学生を求めるている現状は
豚骨ラーメンダイエットしている友人Yちゃんを見ているときと同じくらいの違和感を私にもたらす。
まあ、対学生にアドバイスするなら
多数派でいることは無価値だ!!!ということです。
2は後編につづく。。。
