昼休み、静かな図書室に逃げ込んでいるオレを探し出した美術教師
爽やかな微笑が、鼻につく。
ちょっとだけ目線を、美術教師に向けたがまた本に戻した。
二人の間には、シーーンとこの部屋よりも冷たい空気が流れている。
「時間もないので、要点だけイイですか?」その笑顔はオレにとっては薄気味悪く写る。
目線を、そいつに向けると。
「皇太子妃様を、授業のデッサンのモデルに起用したいのですが、宜しいですか?」
「・・・・・・。役に立たないオレよりも、宮に訪ねたら如何ですか?」ちょっとばかり嫌味を込める。
「もう段取りは取りました、後は夫の貴方の返答しだいだそうです。」夫の言葉が少しばかり小さかったような気がする。
「・・・・。」
又、二人の間には静けさが漂う。
「皇室が、国民の為に身を犠牲にするのは、当たり前です。どうぞ、彼女に言ってください。」本のページをパタンと閉じた。
すっと立ち上がり、入り口に向かって歩いて行った。
あれから何週間も経っているが、彼女とは余程じゃない限り、話をしていなかった。
毎日のようにオレに言葉を掛けてくれているが、無駄なこと。
オレの決心は崩れない。
図書室を出て、映像科に向かっていると、途中美術科があり色んな声が騒がしい。
できるだけチェギョンには会いたくないのだが、図書室に行くにはこの廊下を渡らないといけなかった。
クラスの中のチェギョンを見たくなく、目線を落として歩いていると。
「シン君。」小さな声が聞こえた。
オレの名をこう呼ぶのは彼女しかいない。
フッと見てしまった彼女の顔。
しかめた眉毛に、泣きそうな潤んだ目の周りもピンクに染まっていく。
段々鼻の頭もうっすらと赤くなっていく。
「学校じゃ、ここでしか会えないから、呼び止めてごめんね。」お団子頭じゃない彼女の髪の毛は、話す度に綺麗に揺れる。
触れたい。
こんなに近くにいるのに、触れることもできない。
ポケットに入れている手にもっと力を入れて握りしめ、歩き出そうと足を一歩出した。
「あっ!行かないで」呼び止めた彼女の手がオレの腕を掴む。
熱い!彼女が掴んだ場所に、一瞬に熱が集まる。
そしてオレの心臓は、有り得ない位の速さで鼓動を打つ。
どんなに彼女の事を無視して、話もしない彼女から離れようと色んな事を実践してきたが。
腕を掴まれた瞬間に、彼女への想いが溢れ出す。
好きだ。
好きで好きで堪らない。
だから、見たくないって言うのは強がりで、休み時間ちょっとでも彼女の顔を見たくて、図書室に通うようになった。
自分の想いを閉じ込めてしまっても、見たい衝動。
ほんと、矛盾しているオレの行動。
「シン君、待って!ちゃんと私の話し聞いて。」オレを見上げる彼女の目には涙が溜まり始めている。
可愛過ぎる、どんだけお前の事抱きしめたいのか、お前はわからないだろうな。
「・・・チェギョン。」オレがつい言ってしまった彼女の名前。
一気に彼女の目からは、ボロボロと涙が落ちていく。
「名前呼んでくれた。嬉しい。」ボロボロと落ちていく涙はキラキラ光っていく。
「だってシン君、倒れてから全然名前も呼んでくれなくなった。だから今名前呼ばれただけなのに、嬉しい」涙で真っ赤に染まった頬は、可愛くて可愛くて、オレの固い決心を壊す事も出来そうだった。
「・・チェギョン。」
「チェギョン、こんな所で何してるんだい?」オレの嫌いな声がする。
「こんな廊下で夫婦でいると、みな君達に興味が在り過ぎて」フッと顔をチェギョンから離すと。
何十人もの目がオレ達を見ていた。
慌てて彼女の手から離れたオレ。
「チェギョン、イ・シン皇太子からデッサンのモデルの承諾もらったんだ。もう引き受けてくれるよね。」ニッコリと笑う美術教師
「えっ?シン君イイの?」チェギョンの眉毛が下がる。
「断る理由がない。」クルッと体の向きを変えて歩き出した。
チェギョンの引き止める声が聞こえたが、気にせずに歩き出す。
仕方ないだろう、仲のいい二人のとこなんか見たくない。足は自然に早歩きになっていく。
チェギョンの事を見たくて図書室に通っていたのを。もう止めよう。
又二人っきりのとこを見てしまう。
悔しい気持ちを、廊下の壁にぶつけた。
ダン!廊下に響く凄い音。
拳を思いっきり、壁にぶつけたせいで血が落ちていく。
ポタッ。
周りにいた生徒達がビックリして、オレの傍から離れていく。
こんなの自然に止まる。ぶつけた所が有り得ないほど痛み始める。
ざわざわとオレを見て話している皆の中を、少量の血を落としながら、自分の教室まで歩いていると
「シン!」オレの名前を呼び捨てする女
フッと目線を下ろすと、ヒョリンがオレの前に立ち塞がっていた。
「血が出ているわ。」オレの右手を取り、傷の状態を見始めた。
「触るな!」チェギョン以外の女なんかに触られたくない、ヒョリンの手を払いのけても、彼女は又オレの手を掴んだ。
「傷口からバイ菌が入ったら、大変なんだから!韓国の皇太子でしょっ。自覚しなさい」自分のポケットからハンカチを取り出し、血が出ている所にきつく巻きつけた。
「ほらっ!ちょっとした止血だから。腕を心臓の上に上げて。」ヒョリンの的確な厳しい声に、驚く。
一緒にいた頃は、大人しく大きな声を立てる事などしなかった。
それに、人前でオレの名前を呼ぶ事など絶対にしない。
「取り敢えずの事はしたから、後は保健室に行って。」綺麗に笑う。
「だって、シン、私と一緒にいると嫌でしょっ?」綺麗な顔がちょっと歪む。
そうだ。チェギョン以外の女なんかといたくない。
一人で歩き出そうとしたら、周りに凄い人が囲んでいた。
「どけっ。」オレはワザと低い声で威嚇した。
いっせいにどけ始める生徒達、その中を一人で行こうとした時に
「シン君!」チェギョンの声が響いた。
「大丈夫?さっきクラスの子から教えられて、慌てて来たんだよ。」まだ顔が赤い彼女は走ってきたんだろう息が弾んでいた。
「イ・シン皇太子殿下!怪我ですか?保健室に行かないと。」チェギョンの傍には、オレの嫌いな美術教師が立っていた。
二人並ぶ姿に、オレの怒りが最高レベルに上がってしまった。
カッと血の上ったオレは、傍にいたヒョリンの手を取って、歩き出した。
「えっ!?」皆の声がさっきよりもざわつくのが分かる。
「シン?イイの?こんな事して?」ヒョリンが周りを見ながら、ヒソヒソと話した。
言い分けない。そんなの知ってるさっ。
チェギョンと言う妻がいながら、違う女の手を掴んでいるんだ、とんでもないことだ。
でも、今のオレは怒りでおかしくなっているから、何でこんな行動に出たのか分からなかった。
無我夢中で保健室の前に着き、ヒョリンの手を離した。
「あっ。」彼女が自分の手を見つめ言葉を零した。
何だろうと思い、目線を彼女に向けたら「手が真っ赤。凄い力で握られていたから、でも嬉しかった。初めてシンに触れられてドキドキが止まらない。」大事そうに手を撫でている。
「・・・・。」
「じゃあ。シン。ちゃんと手当てしてもらって。」彼女はそう言いながら、オレから離れていった。
彼女の後姿を見て、少し前まで抱いていた感情がすっかりなくなっているの、感じた。
あんなに好きだったのにな。
ズキンズキンっ、ヒョリンのハンカチに滲み始めた血はゆっくりと広がっていった。
夜、必要以上に巻かれた包帯をしていて書きづらい職務をこなしていると、コン内官が明日からの公務をもう一度確認し始めた。
「判りました。あなたに任せておけば、全てうまくいくでしょう。」オレの言葉を聞いてコン内官は深々と頭を下げる。
コンコンっ。小さく鳴る扉。
「お待ちください。」頭を下げていたコン内官は、流れるような動きで扉を開けた。
そこには、チェギョンが立っていた。
「シン君、明日からタイに行くんだね。下手だけど、無事に帰ってくれますようにって、お守り作ったの。良かったら、持ってくれるかなー?」モジモジと恥ずかしそうに小さな青い袋を差し出している。
オレの目線は、ジッとそれを見るが、首を横に振る。
「シン君。」辛そうな声。
そんな声出すなよな、ギュッと抱きしめたくなるだろう。
手の平の青い袋は行く先が決まらず、彼女の手の中にずーっといる。
「シン君、手は大丈夫?何で怪我したの?」机から立ち上がり、自分の部屋に向かおうと歩いている時、彼女は怪我の事で問いただしてくる。
仲の良い二人を見て、気持ちが荒くなってしまったってなんて、言えやしない。
オレは、彼女の横を通り過ぎて、職務室を出た。
「シン君!あのね。タイから帰ってきたら大事な話があるの。だから絶対に戻ってきてね。」オレの背中に向けて彼女の言葉はゆっくりと言った。
大事な話ってなんだ?もしかして、あいつとのことか?聞きたくない!
チェギョンが何かを話していたが、聞きたくないオレはさっさとその場所を離れて行った。
蒸し暑い。
公務で一人、タイ王国に着いたオレは色んな行事をこなしていく。
幾ら車での移動とはいえ、韓国との温度差はやはり体にきつい。
それに拳の血は止まったもの、まだまだ痛みはとれない。
2つの憂鬱を抱きかかえているオレは、異国での羽伸ばしをする気にもなれなかった。
一日目の公務が終わり、ヘトヘトになりながら、ホテルに帰ってきた。
ロビーを通り抜けようと、色んな人達に囲まれて歩いていると。
ロビーのソファに座っている姿に、見覚えがあった。
バレリーナのコスチュームのままボーっと座っている女の名前は、ミン・ヒョリン。
こんな異国の土地で知り合いに会うなんて。
彼女の姿から目を放せないでいると、彼女が顔を持ち上げた。
何時ものしっかりと意志の強そうな顔ではなく、どんよりと生きているのか?って聞きたいくらいに、落ち込んでいるようだ。
オレと彼女の目がしっかりと合い、彼女は自然に手に持っていたスマホを耳元に当てた。
そして、オレのスマホを持っていたコン内官のポケットから音が鳴り始めた。
慌ててスマホを取り出し、オレに寄越すコン内官。
通話ボタンを押して、何ヶ月振りに耳元に響く声が力なく話し始める。
「シン、なんで此処にいるの?此処はタイよ。」
「公務だ。それよりなんで此処にいる?」
「このホテルで、バレエコンクールがあったの。これで優勝するとバレエのプロへの道が約束された筈だったのに。優勝どころか、入賞も出来なかった。
付き添ってくれた先生は、入賞も出来なかった私への支援を止めるって。
どうしたら良いのか。これからどうやって生きていこうか。
シンのプロポーズを断ってでも、続けたかったバレエだったのに。」
電話の向こうからは静かに泣き始める声が耳元に響く。
「・・・・。後30分したら、着替えてロビーに来い。話くらい聞いてやる。」
「えっ?シン?いいの?だって、ずーっと無視してたのに。」
「オレの気が変わらない内に、さっさと着替えて来い。」ブチッと切った。
可哀想と思っただけだった。
元々オレと彼女はタイプが似ている。
だから気心が知れていて、安心できた。
今は全然彼女には何の気持ちも持っていないが。
ただ可哀想だと思った。
ロビーに着替え終わって現れた彼女と上手い具合に、ホテルを抜け出し。
彼女の止まっている小さなホテルの一室に逃げ込んだ。
二人っきりの部屋は、小さくてベットとテレビしかなかった。
オレの泊まっている部屋に10部屋くらい入れそうなこんな部屋初めてだ。
キョロキョロと見回していると「やだっ、そんなに見ないでよ。庶民が泊まる部屋はこんなものよ。」恥ずかしそうに笑う彼女。
帰るときには着替えていこうと思って、途中で来る時に買った薄いシャツを横に置いてベットに座った。
ベットに座っていた彼女が、驚きながら「ごめんね、ソファもなくて。」
「気にするな。で、話は?」
「フフフッ、シンって変わってないね。私の話を聞いてくれる?」
淡々と話し始めた彼女。
さっきに比べて大分落ち着いたのか、何時もの静かな話方だった。
「聞いてもらってありがとう。なんか吹っ切れた!バレエがダメになったからってねー。まだまだ色んな事が出来るよね。」
「・・・・・。」
「今だからちゃんと言うわ。シン、貴方の事が好き。プロポーズを断ってしまって、凄く後悔してしまった。だから、バレエにも集中できなくて、こんな結果になってしまった。自業自得よね。
それに、貴方はアノ子の事を好きになった。
でも、アノ子の目線は、あの先生を見続けている。お互い報われない恋をしてるわね。」寂しそうに笑う。
音の煩いエアコンの音が鳴る部屋に、二人ジーっとただ座っていた。
チェギョンに会う前に、二人で良くこうしていた。
何をする訳でもない、ただ傍にいるだけ。
でも、オレは「ヒョリン。もう前みたく戻る事は出来ない。オレとお前の道は交わる事はない。
今日は、ただお前の話を聞いてあげようと、前にヒョリンが良くしてくれた事をしただけだ。
話を聞いて貰うと少しは、スッキリしたからな。」ベットから立ち上がり、この部屋から出て行こうとした。
「シン。ありがとうね。あっ、これに着替えるのでしょっ?」彼女の指先は、さっき買った薄いシャツをさした。
オレは、着替えようと自然に上着を脱ごうとしたら。
「シン!」彼女がオレに抱きついてきた。
「好きなの。大人しく話を聞いてくれた貴方を送り出そうとしたけど、今だけでもイイの。アノ子を好きでも構わない。アノ子の代わりでもイイから。」必死に縋ってくるヒョリンに、自分の姿を重ねてしまって抵抗することも出来ない。
チェギョンへの報われない想い。
「・・・離せ・・離せ・・ヒョリン。」
「嫌、今だけチェギョンって呼んでもいい。」
一緒にするな!あのカワイイチェギョンと、お前がか・・・
「好きな人から、少しは愛されたいと気持ち、シンなら分かるでしょ?」
見下ろした目と見上げた目は重なる。
愛されたい。
チェギョンから愛されたい。でも、それは叶わない事で毎日が辛い日々。
彼女が美術教師に目を向けるようになってから、触れることがなくなってしまった。
どんなに彼女を抱きしめたくても、彼女がアイツの事を好きなのなら彼女の想いを優先させてあげようと、自ら彼女を遠ざけていた日々。
「愛されたい。チェギョンから愛されたい・・・。」小さく呟く言葉はヒョリンにも届いた。
「今だけ、チェギョンって思って。」ギュッと抱きしめられていた体は、ドンっとベットに雪崩れ込んでしまった。
「シン好きなの。」彼女はオレにキスをしようとしたが、それをかわした。
「キスはダメだ。」無抵抗なオレだけど、キスだけは嫌だと伝えた。
ジーっと見つめていたヒョリンは、突然着ていたワンピースを脱いだ。
その体は、オレの着ていたシャツのボタンを外しにきた、一つ一つ外されていくボタンと共に。
オレの気持ちはただの雄になる。
この報われない気持ちを、この女の中に吐き出したい。
シャツのボタンがすべて外されて
「シン・・・好き。」彼女のこの言葉で、オレの雄の本能が目を覚めた。
体を起こして、全てを脱ぎ捨てる。
彼女の最後の下着も取り外して、二人抱き合う。
南国の小さなホテルのベットで、オレはチェギョン以外の女を抱きしめている。
バレエで鍛え抜かれた体は鋼のような素材で、抱きしめても気持ちは冷めたままだった。
違う!こんな体チェギョンじゃない!
頭では判っているが、体の本能は止まらない。
「チェギョン・・・チェギョン.こんなに好きなのに。」
「シン・・・いいのよ。滅茶苦茶にして・・・。」ギューっと抱きつかれるオレ。
もう、前戯なんか構わないもう中に入って、オレのチェギョンへの想いを吐き出したい
彼女の足を大きく広げて、オレの体は入りやすい位置に跨り。
このまま中に入ろうとした。
皆様、こんばんは。
バイトが終わって外に出たら、吹雪でした。
今は止んでますが、もう冬なのねー。(泣)