春の優しい日差しが堕ち、冬の空気のようにピンと張りつめた冷たさが残る夜。

オレ達は、汝矣島の緑の祭りにやって来た

桜並木はほぼ満開で、見上げる人達は夜の空が見えなくなるくらいに埋め尽くされた薄いピンクに魅了されていた。

こんな人の多い所で好奇心の多いチェギョンが離れて行かないよう、オレはチェギョンの手を何時もより強く握りしめていた。

行き交うオトコの達の中には、自分の連れている女を無視してチェギョンをいやらしい目で追いかけている奴らもいたが、そこはオレの睨みで阻止していた。

桜並木が終わり,もう1周しても良い?とおねだりの目線にオレの口元が緩んでしまう。

チェギョンはオレの名前を呼び続け、彼女から好きという目線を体全身に浴び、癒されていく。

至福の時間を堪能しているオレに、彼女の発した言葉にオレの足元が止まってしまった。

「シン君、あの綺麗な人達のように肩まで、髪の毛を切っても良いですか?」キラキラと輝く瞳はライトアップされて益々輝き出す。

動きが止まってしまったオレを不思議そうな目で見つめる彼女。

「ダメですか?」純粋な瞳は真っ直ぐにオレを見る

「何度も言ってる筈だ。」少しの間をおき、出来るだけ冷静に言う。

「もー、切りたいのにー。」そう今日だけではなく、何度か相談された言葉。

「オレはチェギョンの長い髪の毛が好きなんだ。」彼女の艶々と輝く髪の毛を一房手に持った。

「えーっ、先輩達がチェギョンは会社に入りたての髪型も似合ってたよねーって言ってくれていたんです。だからー。」

会社に入りて?って事は、記憶がザー―っと戻りだす。

オレの事を嫌っていたチェギョンを思い浮かべた。

嫌いって言われなくとも、態度で分かるって。

チェギョンに一目惚れしても、婚約者ヒョリンの事もあるのて、想いを伝える事は無いものと諦めていたあの頃。

チェギョンか髪の毛を短くしたいと言う願いは頭では分かってる。

でも、オレにとっては又あの頃のようにチェギョンに嫌われてしまうかもしれないと言う隣り合わせの恐怖。

「シン君、どうしましたか?」まったく動こうとしないオレにチェギョンが不思議がる。

「あっ。嫌。」歯切れの悪い少ない言葉。

まったくー、オレの方が断然年上なのにー、いつ来るかもしれない恐怖に襲われてしまって何やってるんだ。

「思い出してました?」チェギョンの覗き込む目には、悪戯の光が見える。

「去年の新人の歓迎会、ここでやったじゃないですかー。その時シン君、私の事酔っ払いから助けてくれましたよね。」彼女の言葉と共に、突然突風が吹き荒れた。

突然の風に皆慌て、色々な声が叫び上がる中、満開の花びら達も舞い狂う。

オレは慌ててチェギョンを懐に入れて彼女を守る。

突風が治り、辺りはピンクの花びらで埋め尽くされていた。

「目にゴミ入らなかったか?」彼女を丸ごと抱きしめているため、そんな事は無かった筈だが。

「大丈夫です。」見上げる彼女の顔に違和感を覚える。

「チェギョン?」

まじまじと見つめる先には、長い髪の毛が肩まで短くなり、チェギョンの顔が段々幼くなっていき

「シン君・・・、室長ー。」そしてオレを呼ぶ名前が変わった。


目の前の状況に戸惑う

「冗談だろ?」抱きしめていた体を少し離してまじまじと見る。

「室長ー。さっきは助けてくださり有難うございました。」慌ててオレから離れて行く。

何が何だか分からない状況に、オレの頭は混乱する。

「室長。本当に有難うございました。」何度も何度も頭を下げる彼女に、クラクラと目が回りそうだ。

この状況に対応出来ずに俯き眼鏡を抑えると

「室長、どうかしましたか?」覗き込むチェギョンの顔はやはり,オトコを知らない少女のような顔だ。

入社当時、チェギョンはまだ大人になっていなかった。

決定的だ。

深い溜息を吐き出し、ジーッとチェギョンを見つめる。

もしかして、チェギョンと付き合っていた事が夢だったのか?

チェギョンへの想いが強すぎて、ずーっと妄想しまっくっていただけなのか?

「室長。そんなに見ないでください。もう皆の所に戻りましょう。」オレを置いて先に行こうとする彼女に

「待て。待ってくれ!!」オレの事を嫌っているチェギョンだろうが、とにかく離したくない。

悲痛な声に「室長、やっぱりなんか変ですよ。飲み過ぎですか?」立ち止まり振り返るがオレの元に戻ってこない

「チェギョン、チェギョン、チェギョン!!」この状況に耐えらなくなったオレは爆発する

「!!」体を屈め膝に手をつき、大きな声で自分を呼び続けるオレに、彼女の目が見開く

「チェギョン、頼むから元のチェギョンに戻ってくれ!!」オレの叫び声と共に、突風が駆け抜ける

それはすざましい音と共に、桜の花びら達が弾かれ遠くに飛ばされていく

色々な所から叫び声、屋台のテントのバタつくすごい音達が絡み合う。

オレは入社当時のチェギョンにどう思われても良い!と本能のまま彼女を抱きしめ

チェギョンの体には傷一つも付けたくない。

「ひっ!」チェギョンの引きつる声に申し訳なさを感じながらもオレの胸元にキツく隠した。

何度も通り抜ける風は、恐ろしいほど暴れ狂う


オレにガッチリと抑え込まれながら身を小さくしているチェギョンは「室長,、私を庇っていないでー。逃げて下さい。」コイツはこんな時にこんなことを言う。

まったくー「今はそれどころじゃないだろうー。とにかく、オレに掴まれ!」体を持っていかれそうになるのを必死に耐えていると。
チェギョンがようやくオレの言うことを聞きギュッと抱きついてきた。

チェギョン。

何時もの慣れた彼女の体を抱きしめられる喜び。この状況の中でもオレに安堵を与えてくれる存在。

髪が短くても長くても良い、オレと付き合っていないとか付き合っていようが、構やしない!

もう一度好きになって貰えるように努力するのみ。

ようやく決まった心と共に、あのすざましい風がピタリと止まった。

突然の突風が止まり、辺りに静けさが漂う。

急変した天候についていけない皆は辺りをキョロキョロとし合い、茫然としていた。

そういうオレも、突風が止み、力が抜けてしまった。
「シン君?」

オレの胸元から聞き慣れた言葉に驚き「チェギョン?」恐る恐る胸元から彼女を少し離した。

どうやらオレの知っている髪の長いチェギョンが「シン君?どうしたんですか?こんな人の多い所で、皆が見るじゃないですかー。」オレの事をシン君と呼ぶ彼女に抱きつき、安堵の溜息を吐く

「シン君、きついです。どうしたんですか?」どうやら彼女はさっきまでの状況が分からないみたいだ。

嘘のような話だが、一年前のチェギョンと今現在のチェギョンが入れ替わってしまったという仮説

あの突風が関係するかどうか分からないが・・・・。

とにかくチェギョンと付き合えていた事は,妄想じゃなかった事が分かり、ホッとした。

抱きつかれている隙間から覗き込んだチェギョンの驚きの声が上がる

「桜は?あの満開の桜は何処に行っちゃたんですか?」顔を動かし色んな所を見渡す。

「それに皆さんも疲れ切ってー。」オレも彼女の顔の方向を見上げる

あの一面薄いピンクに染まっていた空が、今では木の肌が見え祭りのカラフルな飾りが違和感でしかなかった。

「チェギョン、さっきの突風。」

「突風って何のことですか?私この祭りに来た去年の事思い出していました。買い出しに行った時に酔っ払いに絡まれてシン君に助けて貰ったんですよね。そう言えばあの時凄い風が強かった記憶がー。」

チェギョンの言葉にオレは驚いた。

去年の職場の飲みの時、ここではやったがチェギョンを助けたこともなかったし、突風が吹いた事もなかった。

・・オレは現実主義だがこの出来事は良く分からない。

チェギョンと付き合っていたことが妄想では無くホッとした。

「もう家に戻るぞ、今年の桜は終わった。」彼女の手を繋ぎ歩き出した。

「えt?シン君?」良く分からない彼女は納得がいかない声を上げていたが、強引に歩き出させた。

「段々寒くなってきた、さっさと帰って温まりたい。」ギュッと力を籠める

瞬間に分かった彼女の顔がピンクに染まる。

一瞬初心な頃の彼女に出会い困惑したが、一目惚れした彼女の顔は可愛かった。

そしてオトコを覚え、色々な快楽を教え込まれている彼女の顔も可愛い。

「桜は散ってしまったが、ここの桜をずーっと下から眺めていたい。」ピンクに染まった温かい頬に触れ、ニヤリと笑う

「もうー。」オレの言葉に反応して最近彼女のお気に入りの体位を思い浮かべ恥ずかしがる。

「オレは、この桜が一番好きだ。」快楽に身を委ね、何度も熱い息と熱い言葉に、汗ばんだ白い肌はピンクに染まる

オレ達が祭り会場から立ち去ろうとしていると、ようやく動き出した人たちの声が乱れ飛び交う

寒くなってきた体なのに、彼女と繋がれた手は段々熱を帯びていった。






後日、予約していた時間に間に合うように美容院に着いた時「お前の好きな髪型にししたらいい。」彼女の髪を1束持ち上げパラパラと動かす。

「え?なんでですか?何時も反対してたのに。」不思議そうな顔でオレを見る

「ずーっと反対していて済まなかった。心境の変化だ。ほらっ、予約の時間に遅れるぞ。」目の前の美容院を指差し、無理矢理降ろさせた。


そして迎えにきて下さいと言うラインを受け取り、扉から出てきた彼女を見て驚く。

車に乗りながら「10センチも切ってきましたー。どうです?春らしく軽くなりましたか?」嬉しそうな彼女の笑顔。

元々可愛いのに、気に入った髪型になり笑顔が倍増になっていて、オレはその顔に見惚れているしか無かった。

「シン君、どうなんですか?」オレの返事が無いため彼女が焦って聞いてくる。

「てっきり肩までの長さにしてくるかと思っていたから、ビックリした。」見惚れ過ぎていてアホ顔をしていたのを元に戻す。

「急な変更で肩までにしちゃおうかなーと思ったんですか。あの髪型にするとー、シン君が入社当時のように恐ろしくなるかと思いましてー。」恐る恐る言う。

「あの毎日の恐怖が又ーって言うのはもう無理で。」彼女は彼女であの頃の様に戻るのが、怖かったようで。

オレと同じで過去に戻りたくないと言う思い。

クスリと笑う。

「どうしたんですか?」

「あの頃のオレにはもう戻らない。」数々の仕事で泣かせた記憶が駆け巡る。

「この髪型はシン君と付き合い始めた頃の長さなんです。シン君は知らないと思いますが、私にとっては思い入れのある長なんです。」優しく、そして嬉しそうに笑う彼女に何度も惚れてしまう。

彼女を抱き寄せ「幸せ過ぎておかしくなりそうだ。」二回軽く唇を合わせる。

「シン君。」恥じらう彼女に益々キスをしたくて座席ごと押し倒そうとした時に、助手席の窓が叩かれた。

ちょうど側にいたオレの指がパワーウィンドウを下げるボタンを押した。

「チェギョンちゃん、忘れ物。」髪を結っていたゴムを持っていたオレも知っている従業員の顔が、一気に茹でタコのようになった。

「す、すみませんでしたー。」深々と頭を下げながら、輪ゴムを差し出す。

「シン君、恥ずかしいです。」重なり合っているところを見られたチェギョンも真っ赤になる。

「嫌、大丈夫。」店員から輪ゴムを受け取り「続きをしないといけないので、失礼する。」パワーウィンドーのボタンを押した。

再びチェギョンと続きをと思ったのに、彼女からの猛反撃で仕方なく部屋に戻る事になり、続きは必ずすると意気込んだ





「店長、さっきチェギョンちゃんに忘れ物届けたんですが。」二年目の従業員が中に戻って来て,パタパタと顔を仰いでいた

「どうしたの?春になったからって,そんなに暑くないわよ。」

「もう、チェギョンちゃんの彼氏さんとチェギョンちゃんがーー。」益々赤くなる。そう言えばこの子、付き合った事がないって言ってた。

「あのイケメンさんとチェギョンさんがどうしたのよ?なにキスでもしてたの?」あのクールイケメンを思い出し、あの人なら可愛いチェギョンさんを大事にしてくれるだろうねーと思浮かべていたら

「いえ、キスはしてませんでした。でも、チェギョンちゃんは押し倒されて今にもーー。」顔を手で押さえキャーキャー騒ぐ

「・・・・・私も見たかったわ。羨ましいー。」そういう事が久し振りな私は真顔で答えてしまった。


こんばんは。

四葉のお話を書いていたのを忘れてました。
スマホでFC2からコピペをしようとしても、全く出来ずどうしようと考えてたら、あー、パソコンがあったわー。
久々にパソコンを起動しました。

このお話は、ちょっとだけファンタジーの部分があります。
皆様、温かい目で読んで頂けたら嬉しいです。
では、もう寝ます。