「正直に言う。
僕のことは忘れるべきだ。
忘れるべきだと、離れる時に言ったはず。
君が、自分の道をまっすぐ進むことを願ってる。
さようなら。」
何故、あの時私は諦めなかったのか。
諦められなかった、というより、失えなかった。
私は、まだ私の愛を探していたから。
自分が誰なのかを。
愛するには程遠い自分を、まだ嫌いだったから。
あなたが行って4ヶ月が経ち、あの時あなたがくれたアドレスに、“どうしようもなくなり”メールをした私に、あなたはそう返事をした。
忘れるべきだと。
そう言ったはずだと。
……………………………
2008年の2月の半ば。
真冬の寒い日だった。
その数日前に静かに大雪が降り、それが溶けた東京の街。
あなたが行く前々日の晩。
雪が降る夜。夜22時頃、仕事を上がり家に帰るとあなたから電話がきた。
久しぶりに。
「会いたいけど、無理だよね」
会えない。さすがにもう家だから。
私がそう言うと、あなたは大きく息を吐き、言った。
「もう家の中空なんだ。荷造り終わった。」
その数日前、私は恐らくこれがあなたと抱き合う最後の時だという別れの日を、泣きに泣いて終わらせていた。
出発の日は知っていたけれど、いつが最後なのか分からず、いつまで会えるのか分からずにいた。
だから、出発の一週間前には腹を括っていた。
「あかなちゃん。
本当にありがとう。」
あなたは、電話口でそう言った。
「一度も言わなかったけど、僕は君が大好きだったんだ。本当に。」
初めて、あなたから言われた好きだと言う言葉。
一度も口に出さなかった言葉。
それは、すでに過去形だった。
初めてだったのに。
私は泣いた。ただただ、言葉にならず、泣いた。
子宮がまた縮んだ。
哀しいと、身体は言っていた。
ここに居てと。
でも、私は懸命に「ありがとう」と言った。
懸命に。
あなたが行く日の朝。
私は仕事で早番だった。
朝8時には、東京タワーの見えるその職場で仕事が始まる。
何時の飛行機なのか、どこから飛ぶのか、誰とその瞬間を迎えるのか、私は何も聞けなかった。
最後まで。
見送りには行かないと、ずっと前から決めていた。
ただ、その日の私はボロボロだった。
ボーッとして電車を乗り過ごし、仕事中はワイングラスを割った。
ふとしたら泣きそうな心を、必死につなぎ止めていた。
あなたが飛行機に乗るところを想像し、仲間に送られるところを想像し、NYという土地を想像した。
あなたの音楽を。
どうしようもない愛しさを堪えながら。
いつもは夜まで勤務なのだが、その日はマネージャーが私をランチタイムが終わる16時で帰らせた。
仕事場の誰にも、彼とのことは言っていなかったし、本当に偶然だったろう。
私が職場から霞が関の駅まで歩いていると、携帯が鳴った。
あなたからだった。
夕方5時近く。
まだ日本に居たんだ、咄嗟に私はそう思った。
電話に出る。
「行ってくるね」
あなたの、明るい声がした。
私は、伝えたい言葉を全て飲み込んだ。そして深呼吸をし、
「いってらっしゃい。簡単に帰ってくるなよ」
と言った。
「君は本当に、最後まで…」
彼はそう言って言葉を飲み込んだ。
そして、
「本当にありがとう。また会おうね」
とあなたは優しくゆっくりそう言った。
そして、短い電話はそこで終わった。
私は冬の早い夕暮れを迎えた東京のど真ん中で、一人立ち止まり空を見上げた。
振り返ると、夕日に照らされた東京タワーが見えた。
私は本当に一人になった。
一人。
やっと、一人になれた。
やっと。
終わった。
そう思ったが、寂しさで震えていた。
もう会えない。
会うことはない。
そのとき、私が聴いていたのがこの曲。
最後に君が微笑んで
真っ直ぐに差し出したものは
ただあまりに綺麗過ぎて 堪えきれず涙溢れた。
あの日きっと2人は、愛に触れた。
私たちは探し合って
時に自分を見失って
やがて見つけあったのなら、どんな結末が待っていても
運命と呼ぶ以外 他にはない。
君が旅立ったあの空に
優しく私を照らす星が光った
そばにいて 愛する人
時を超えて 形を変えて
2人まだ見ぬ未来がここに
ねえ こんなにも残ってるから
そばにいて愛する人
私の中で君は生きる
だからこれから先もずっと
さよならなんて言わない
あの日きっと2人は、愛に触れた
HEAVEN 浜崎あゆみ