もう少しで、あかりが精一杯生き抜いた平成がおわります。
もう少しで、あかりが生きていくはずだった令和がはじまります。


またいつか令和から新しい元号になるとき、あのときはと今日のことを思い出すのかな。


あかりといっしょに生きたかった。
毎日思います。

これからどんなことがあっても。
私はずっとあかりといっしょに生きたかったと。思いながら生きていくんだと思います。

令和を生き抜いて、また新しい元号を生きに抜いて。その次はわからないけど。
しっかり生き抜いたら、あかりに会えるんであればそうしたいと思います。

新しい時代がいい世界でありますように。




前回からかなり間が空いてしまいましたが、平成のうちに書いておこうと思います。









9月下旬
産科の先生、小児科の先生、私たち夫婦、私の母でケースカンファがありました。

脳神経外科の先生の意見書ももって。




このブログの最初の頃に書いた脳瘤のこと②あたりに書いてあることがそこで話されたことです。



頭ってきっと人類の真髄なところがあって、奇跡が起こるんじゃないか。
もしかしたらその1人目になれるんじゃないか。

いろんなことを考えました。




結論からいうと、私たち夫婦は、積極的治療を望みませんでした。
おなかから出てきて、治療のため離れ離れになるのではなく、私たち夫婦の腕の中で精一杯生きるあかりを自分たちで看取ろうと決めました。



それがどのくらいの時間になるかわからないけど。そうしようと決めました。


あかりを包む私たちの腕の中でありったけの愛をそこに注ごうと思いました。





そしてこの選択を一生夫婦で背負ってとも違うけど。一生忘れないでおこうと夫婦で話をしました。


逆のことを考えたらきりがないんです。



治療をしていくことも、しないことも、そこに愛の大きさの差なんてないし、むしろお父さん、お母さんが考え抜いたことがベストなんだと思ってます。

ほかがとやかく言えることじゃないんです。

簡単に結論なんてでるわけがなく、みんな考えて考えて、考え抜いて。
夫婦でもしっかり話し合って決めるんです。



だからそれがベストだと思います。





きっとあかりも自分の父ちゃんと母ちゃんならこの選択をするってわかっていたんじゃないかと。
きっと我が子はすべて知ってるんじゃないかなぁ。



これが、ケースカファを向けてわたしたちが出したことです。