Bitter With the Sweet
 
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1年は364日

なんだか理由も無く妙に気分がそわそわして、眠れない。

こういう時は思考がくるくる回って、昔の事を思い出したりする。

本か何かを読んで、人間の記憶というものはとても曖昧なもので、簡単に作り変えたりできるということに気づいてから、「昔は良かった」とかそういう思考をしないように気を使っている自分が居る。

逆をいうと、それほど自分の人格が、今までの経験に支配されているということ。

簡単に作り変えることができるものに支配されている自分を考えると、消えてなくなってしまいそうだもの。


だから今から書くこの事も、とても自分というものに影響を与えているのだと思う。



その頃、私は仕事が変わるちょうど合間で、1ヶ月くらいフラフラした毎日を過ごしていた。

もともと眠る事が苦手で、それはもう苦手で、片っ端から安眠グッズを試していたくらいなんだけど、その時は朝起きなくても良い生活をしてたから、

「1日を25時間サイクルで過ごして、1ヶ月で1日少ない、1年364日を作り出す」

という、しょうも無い思い付きを実践していたの。


結果としては、1日を25時間で過ごそうとしていたら、26時間くらいになっちゃって、何日分か少なくなっちゃった。


それでも、地球上の生き物の宿命から少しでも逃れたような気がして、なんか生き物としてのタブーを犯しているような気がして、恐怖を感じるというよりも何か勇気をもらったような気がしてた。

毎日を同じリズムで過ごす苦しみ、繰り返しに対する恐怖。

自然の摂理。生物の繁栄と滅亡。


都会の中で暮らしていると、そういうところから離れてしまっている気がして、よけいに気になる。

逆に囚われて、逃げられないものを感じる。


人類がいくら繁栄したって科学が進歩したってドクター中松が発明したって私がSEXしたって、宇宙の中の銀河系の中の地球の中のルールは崩れないわ。


私は1年を364日で過ごすことによって、私の中の宿命を少しだけ破ったの。


今また、毎日のサイクルに囚われてしまっている気がする。

今度はどんな風にしてルールを破ろうかしら。


でも、途方も無くなって眠くなってきた。今日のところは少し眠ります。



檜と備長炭の癒し枕


関連付けられた顔と名前

久々に地下鉄に乗ると、山手線と違って人が少なくてうれしい。

目の前にすわっている少し濃い顔のおじさんに勝手に名前をつけて遊んでいた。

ちなみに山本さんとつけたんだけど、そしたら本当にそのおじさんは山本さんのような気がしてきた。

斜向かいのおばさんに、さと子おばさんと勝手に名前をつけたら、そのおばさんは私の中では完全にさと子おばさんとなった。

さと子おばさんは私が降りる駅の1つ前で降りていった。

山本さんは、私が降りるときに目が合った。




名前っていうのは人間の情報の一つとしてとても大きく存在しているんだなと感じたの。



私の友達の顔を思い浮かべてみる。

名前と顔が一緒に出てこない?



こないだ思い切って大人買いしたラーメンズのDVD-BOXなんか特にそう。

あの人達はそのあたりの感覚をうまいこと使ってるなぁとつくづく思ったわ。

キャラクター設定が、もう名前とくっついちゃってるもの。



私だって、会社ではキャラクターを作っている。

比較的頼られやすいキャラクターを設定してるのよ。



だけど、恋人の前ではついつい頼ってしまう自分を良く知ってる。

そして、時としてそのせいで恋が立ち行かなくなる事も良く知っている。

あなたは、私が家でメソメソ泣いているなんて、考えたこともなかったでしょうね。



傍若無人にふるまうTVの中の人だって、本当はもしかしたらとても繊細な人が演じているのかもしれないね。



ラーメンズDVD-BOX


始めに

ここは私の表現する場所。

日常生活にはあまり姿をあらわさない私がここに居る。

目の前は真っ白。

入学したての小学生とも、キャンバスを目の前にした絵描きとも少し違っているような気分。

この胸の奥のほう、ジリジリとしたこの感触を、うまく文章に表現できるかしら。