今回は「大丈夫?は追い込む言葉」
「大丈夫?」という言葉が人を追い詰める事がある。
「大丈夫?」は優しさの象徴のように思える。
相手を気遣い心配しているように聞こえるからだ。
しかし、この言葉が時に鋭い刃のように突き刺さる事がある。
人はメンタルに不安を感じている時、自分が「大丈夫ではない事」を誰よりも理解している。
自己嫌悪に陥り頭が回らず理由のない恐怖にふるえている。
その中で「大丈夫?」と問われると「大丈夫じゃない事を言葉にして説明しろ」と言われている気がして心が苦しくなってくる。
それに答える余裕などない。
ただ耐える事に精一杯で言葉を選ぶ力すら残っていない。
だからこそ「大丈夫?」という問いは、優しさでありながらも同時に心の負担にもなり得るのである。
何も言わずに隣に座り続ける。
励ましもなければ問いかけもない。
ただ同じ空間にいて同じ時間を過ごす。
その存在そのものが彼に「居場所」をつくる事がある。
人は弱っている時ほど「何かを返さなければならない関係」に疲れてしまう。
言葉を返す事、期待に応える事、それ自体が重荷になる。
そんな時に必要なのは「何も求めない関係」だと思う。
一方で「大丈夫だよ」という言葉には全く違う力がある。
相手に何かを求めるのではなく「ここにいていい」「そのままでいい」と居場所を示す言葉。
この違いは受け取る側にとって大きい。
回復した人たちは「あの時、全部を変えようとしなくてよかった」とよく言う。
状態を良くしよう、元に戻ろうとするほど、かえって心は苦しくなっていく。
そんな時に必要なのは、「全部変えなくていい」という安心感なのだ。
崩れてもいい。
立てなくてもいい。
ただ「自分がここにいていい」という感覚。
そしてそれは誰かの何気ない在り方によって心にスッと入ってくる。
「大丈夫?」ではなく「大丈夫だよ」を伝える姿勢で。
人を救うのは特別な言葉ではない。
むしろ、言葉を減らした先に残るものの中に本当の支えがある。
だから僕は伝えたい。
何かをアドバイスしようとしなくていい。
何かを変えようとしなくていい。
ただ、その人の隣にいて「居場所」をつくって欲しいと。
きっと人はそれがあれば崩れながらも生きていけると思うから。FIN.
