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でも、独り相撲になるのはどうしてかな?
作るものが必要とされていないと感じる時、ここを切り抜けられるのかな?
小さく、大きく、不安な悲しい気持ちになる
ユラユラ揺れている不安定なブランコでの逆立ちは孤独な道化師のようで
ダイビングしたい衝動にかられながら悲しく揺れている
作るものとパーソナリティとどちらにも魅力がないのかもしれない
フワッと包み込まれるような安心感が欲しい
裏山の木の実や蔦を使って楽しもう!!!ということで企画していたらひょんなきっかけで別々なところで繋がっていた女性も加わり縁結びのリース会のようになってしまいました
3人で裏山に籠を持って散策して大収穫‼️
植物に詳しいKちゃんのおかげで知らなかった植物の名前とか珍しいんだね〜という植物が生えていることとかがわかって楽しかった
でも覚えられない
メモすれば良かった
皇帝ダリヤというのは覚えてる
紫色のわりと大きな花で打ち捨てられていたやつをいただいて持って帰って来た
和製山帰来が珍しいらしくKちゃんが大興奮していた
中国産のと違って上品な感じ、だそうだ
わかるような気がするが山帰来と言えば中国産でも花屋さんでかなり高いお値段で売ってることもある
とても可愛い紅い実の蔦だ
黒い実も緑の実も紫の実も、みんな可愛い😍
植物はこんな可愛いのにヒッソリと人目を憚りおとなしく毎年花や実をつける
小さな小鳥がそれをついばみ小さなフンを落とす
そしてコッソリと芽吹き、また細く逞しい枝葉を広げていくのだろうな
チョキンと切ったりして痛かったかな?ごめんね
でもおかげでとても優雅な時間を頂いた
教えてもらいながら作ったクリスマスリースも素敵に出来た
山の収穫もみんなで分けたけど残っていた残骸も愛おしく、ナチュラルリースやブーケなんかも簡単に作った
秋の楽しみ方
また秋が来るのが楽しみになるだろう🍁

こんな感じ
ナチュラルリースも後で作ったブログしばらく書いてなかったな
二宮のベジカフェさんであかねこ食堂をやらせていただくことになって11月はなんとなく忙しく過ごしています
ベジカフェさんでお客さんが来なかった日に材料や仕込んだものが余ってFacebookで泣きを入れたらベンさんが救いの手を差し伸べてくれて鎌倉のFiestaであかねこ食堂をやらせてもらったのをきっかけにちゃっかり月一でやらせてもらえることになった
有難いことだ
着物の方も浅野から代々木骨董市に友情出店させてもらえたり、小船の家に着付けのお稽古に友達が来てくれたり
ハンコの方もたまにオーダーが入ってきてる
あぁ、でもなかなか必要な収入には追いつかない
友達は有難い
優しい友達が沢山いることがわたしの財産だなぁ
ここのところ温泉によく行くようにしている
今日も箱根の温泉に浸かりながら思ったこと
わたしはこの地球の子供
なにがあったとしてもわたしは一人ぼっちなんかじゃない
わたしの親はこの地球なんだから
ずっとそばにいてくれるんだ
こんな風に暖かく包み込んでくれる
そう思ったら涙が出てきた
ありがとう
動き出しそう
だから体力つけておきたい
でも身体の痛みがここのところあまり楽じゃない
首や肩、背中が辛い
少し不安
決めちゃって良いのだろうか?
突然できなくなったりしないかな?
二宮のカフェであかねこ食堂を火曜、水曜とやることになったり小田原の市の企画でタバコ屋さんだった空き家の古民家でのイベント
それからあかねこ着物研究所
骨董市出店などなど
楽しみにしてることばかり
元気が欲しい
体力がほしい
先日友人とかなりディープな話をした。
あまり人に話したことないディープなことを話すことになってしまったのたけどこれが意外にサラッと口を伝ってこぼれ落ちた。
けれどサラッとした口調とは裏腹に何故だか身体からいきなり痙攣のような震えと歯の根の合わないようなおかしな症状になり驚いた
もうとうの昔のこと、悲しみも苦しみも清算してきたつもりだったのに
身体の奥から湧いて来るようなこの震えは何だろう?と思った
わなわなわなわなわなわなわなわなわなわなわなわなっとなった
恐ろしかったんだ
悲しかったし
悔しかったし
それが蘇るような瞬間だった
どんなに時間がたってもこんなにまだ生々しいのか…と、正直面食らった、自分自信に
心の傷は脳の傷として残るものだと何かで読んだことがあったがその脳の黒い部分を何か楽しいことで埋めたいと思う
人は多かれ少なかれ何かの心の傷を抱えていると思う
それを一生抱えていくのかもしれないけれど普段はそんなことを考えたりはしない
考えたりしなくてもいいようにフィルターがかかっているからなんでもないように過ごすことができるのかもしれない
戦地に生まれた人は強い刺激的な悲しみや苦しみをたくさん経験していると思うからたとえ今は平和な場所にいたとしてもなかなか取り払うことのできない傷と向き合わなくてはならないこともあるだろうな
それでも普段その事を過ぎた事のように薄くおもっていられたりするんだろうか?
または虐待された経験も
身体は正直だな
だからもう嬉しくなる事を身体で感じられるような生き方をして傷口を優しく包み込んで行こう
世界中の心の傷口が歓びと幸福感に包まれていくといいな












































