アメトビ掲載して頂いたようで
沢山の方に読んで頂き嬉しいです。
こちらのblogは鬱や精神障害に悩む方 サポートされてる方に 読んでもらえると嬉しいです。
私がどの様に立ち直ったか閉鎖病院の中での過ごし方や、入院中に出会った方々の事を書かせて頂いております。 
読んでくださりありがとうございます。




入院は任意の入院だと3ヶ月と決まっていた。だいたいみんな不安を纏いながら退院して行く。私もその日が近づいていた。


そして 私も退院が決まった。


入院最後の日仲良くなったFちゃんとYちゃんと話した。 

「仲良くしてくれてありがとう。色々話せて良かったよ。みんな色々な問題あるけど これだけは約束しよう。死なない事」と言うと

2人は笑った。

「普通の人から聞いたら何言ってるんだね。」

でも私達にしたら これが1番の約束

右差し左差し

退院日、Fちゃんが手紙をくれた。話しかけてくれてありがとう。

作業療法でしてた手芸とても上手だったよ。

続けてね。

自然に涙が流れた。感情を取り戻せてる。

泣いてるはずなのに、嬉しい気持ちにもなった。

 「3ヶ月ありがとうございました。」主治医と看護婦さんに伝え 「無理しないでね。薬はちゃんと飲んでよ。何かあったら電話したらいいからね。」と

私は閉鎖病院を退院した。



退院後、旦那の実家に頼った。

初めて人に頼りながらの育児 義理父母はなにも言わず手伝ってくれた。

1ヶ月程身体を慣らしながら育児をした。

「ありがとうございました。

家に帰って子育てします。」

「そうか!良かった。いつでも頼ってよ。」と義理父母はそう声をかけてくれた。



毎日のメニューは週で旦那がメニューを考えてくれた。

私はそれをこなす。

保育園に入ることが決まった娘 

新たな生活が始まった。


沢山の人に頼って子育てしたらいいだよ。

先生にもらった言葉。

鬱になって、辛かった日々 家族に迷惑をかけてしまった事

しかしになった人しかわからない辛い気持ちそれが今の私にはわかる。

経験しなくてもよいことだったかもしれないが人生経験しないとわからないこともある。

失敗は成功の元

遠回りしたこともあるけど、これが私の人生

私は、首を吊っているところを発見してもらい蘇生をして助かった。

助けてもらった恩は今は返さないと今なら思える。

だかあの時の現状は死にたかったのだ。

友達が手を握って子供が大きくなる成長見ようと言ってくれてるのに、その意味さえわからなかった。この人は何を言ってはるんだろうと思っていた。

それくらいの時は考えられなかったし脳が回っていないし通常できてる事ができなくなる私は買い物やお金の支払いまでできなくなり心は無 それほど怖い病気 鬱


しかし、ちゃんと治療 投薬身体を休める事が大事だとおもいます。


閉鎖病院編 読んで頂きありがとうございます。今後は、幼少期 家族 カウンセリングなどの日記をあげていこうとおもっております。