見失っていたもの
この溢れる気持ちをどこに持っていけばいいのだろう。私は、自分が孤独だと信じていたし、自分が薄情な人間だと信じていた。ずっと、昔から。過去の想いをめぐる中で、それは過剰に自らを補償する行動だと気づいた。一定数、私のような人間を苦手とする人はいたと思うし、自分も自分を否定していたが、それはある種のエゴだった。身近にいた人からみた私は、ただのかなりの変わり者でそれが愉快に感じていたらしい。そう思うと、過去の私は今も存在しているし、その時の気持ちもその時の人たちもわたしの中で残っている。それが今の私になっているし、未来の私へとつながっていく。と思うと、人生は想い出をたくさん作ったほうがいいのかもしれない。ただ、やるべきことを盲目的にやるのではなく、そこに私の心情が加わると色がついた素敵な想い出になるのかもしれない。つくづく、私の周りには過去も今も素敵な人たちが多いと思う。恵まれていると思う。一方で、今まで私はそういう人たちをどれほど大切にすることができたのだろうかと反省する。自分の色眼鏡で人を判断し、いつも、自分のことばかりだった。と思っている。目の前の大切なことを見失っていた。ようやく21になって気づけたこと。大切なものに気づける私に、大切なものを大切にできる私になれることを願う。