オランダの次はポーランドに行きました。
アインドホーフェン空港からクラクフへ。
飛行機はおなじみのRyanairっす!w

自由席。リクライニングなし。
着陸時の謎のファンファーレと乗客たちの拍手。
でも格安だから色々仕方ない!^^^

2時間の移動だったかな。
飛行中は隣の席のポーランド人のお姉さんとオランダ人のおじさんとお喋りしてました♪
この美人なお姉さん、め~っちゃ優しくて、飛行場に着いてからも私の宿まで案内してくれました;_;
もしいなかったらかなり道迷ってたと思う。ほんとにいつも人に助けられて、感謝です。
宿はBenedyktaというHostel。3人部屋を予約したんですが、運よく私だけ!
久々のりらっくす。朝食も着いて1泊700円くらい。さすがポーランド。
ついた日はもう夜遅めだったので、軽く散歩してきました。

この日の気温は最高-2℃、最低-12℃!
激寒。でも綺麗でしょ?*°
スペインやフランス、イタリア、、などあの華やかな感じではなくて、
東欧。やはり少しスラブの雰囲気が漂う、また全然違った美しさです。
どこか寂しい気持ちになるんだけど、それがまた良い。ちなみに旧市街は世界遺産です。
晩ごはんは久しぶりにレストランに入り、この旅初めての肉類を食しました。
なんせ肉も魚も野菜も食べず、ポテトとワッフルばかりの悪い食生活でついにクラクラし始めてたのだーー;;
2人席でしんみりちょっと寂しかったですが、無事入国できたことにほっこり一人で乾杯。
今回は言語も通貨も全く違うし、けっこう不安だったのです;o;
ふぅ~。
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静かな朝。


朝食時に一緒だったチェコ人とブルガリア人のカップル?からユダヤ人地区へのフリーウォーキングツアーのことを教えてもらい、11時半から参加することに。
その地区はスピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』の舞台でもあり、
というか実話なので、シンドラーのオフィスを訪ねることができました。
でこれは映画の中で、ある親子が身を隠す所。

まだ映画を観ていない方にオスカー・シンドラーという人物を簡単に紹介すると、
彼は第二次世界大戦中に工場を造り、沢山のユダヤ人たちを雇うことで彼らの命を救ったドイツ人の実業家。
ちなみに彼のお墓はエルサレムにあるそうです。
ちょっと英単語が難しかったけど、ガイドさんの解説も詳ししくてかなり良いツアーだった!
お昼はツアーで一緒だったメンバーの何人かでご当地グルメ。

Zapiekankiって言う、ピザトーストみたいな食べ物。
なんと一つ80円くらいでした!w

でかくない?w しかもむっちゃ美味しい。
ご馳走さましてからはフランス人のおじさんと旧市街まで帰りました。
彼、4年前にパリから香港まで全部陸路で旅行したことがあるらしい。
想像すると、けっこう凄い^^;w
良い人でしたが、話していて珍しくちょっといらいらしてしまいました。
だって、語尾(時々文の間にも!)に必ず"you know?"ってつけるねん!
「brabrabra~ ユノウ? brabra~ユノウ? bra~ユノウ?」って!もう!つけすぎ!しつこい!w
時々使うのはちょっとかっくいい感じするけど、ずっと自分の話だしなんか一緒にいてものすごく疲れて、、ぐた~~
ユノウおじさんって勝手に名前つけちゃいました。まぁ今となってはこれも思い出。ユノウ?
宿に戻って一休みして、リビングで仲良くなったブラジル・ポルトガル人のロドリゴとご飯を食べにお出かけ。夜の雪景色、めっちゃ綺麗だった!

ロドリゴなんかキまってる!w

歩く時背中や腰に手を添えたりしてくれたけど、
この時私、カイロ6枚も貼ってて身体パリパリ&ポカポカやったから恥ずかしかった(爆)ww
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ポーランド旅一番の目的地、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所へ訪れる日。
バスで1時間半ほど。
「アウシュビッツ」という名前はヒトラーが付けたドイツ語名で、本当は「オフィシエンチム」と呼びます。
事前にメールで、唯一の日本人ガイドの中谷さんへ連絡を取って日本語ガイドに参加しました。
今回は語学の勉強などより、しっかり知りたかったので。
この日は雪雪雪でした。
有名なゲート。「働けば自由になる」とかいてあります。
これもドイツ軍がユダヤ人に造らせたのですが、よく見ると「B」の文字が上下反対。
ユダヤ人の静かな抵抗です。

でも悲しいことに、2年くらい前にこの「B」が何者かによって盗難に合い、現在はレプリカだそうです。

強制収容所は2箇所の地帯に別れていて、アウシュビッツの方の中はミュージアムになっています。
被害者たちの、靴、メガネ、ハブラシや人形まで、列車へ乗るときの預ける鞄には(本当は全部捨てられるのに)、ちゃんと戻ってくるようにと自分の住所と名前が書かれてあって。
でも一番精神的に辛かったのは髪の毛の山でした。
少し離れたビルケナウでは、アンネが収容されていた場所へも訪れました。
後は収容所内のベッドやトイレを見たり。悲惨。沢山の亡くなった方々にお祈りしました。
春や夏の方が雪もないのでもっとよく知ることができるそうですが、
この季節に訪れることができて私は良かったと思います。
もちろん当時のその残酷さ、痛みは彼らにしか分からないけれど、この寒さの中あの薄い囚人のような服で、と少しは想像することができたかなぁ...
自分で感じること、考えること。
中谷さんはそれらを深めるためのお手伝いをしてくれました。
どうだった?と周りに聞かれるけれど、言葉で表現することが私にはできない。
出来れば信じたくないけれど、でもここで起きた悲惨な出来事は、同じ人間として知っておく責任があると思うのです。
"過去の出来事"で終わらせちゃいけない。考え続けることが大事なんだ。
今回実際に足を運べて良かったです。
帰り道はツアーで出会った森さんというライターの方と一緒に。
旅の本とかも出したりしている、旅の達人!
森さんとかなり気があって何時間もレストランで語り続けました。

ずっと話止まらなかったなぁw 森さん最高。
良い感じに撮れた!と思ったけどきっと森さんが自身が良い感じだからなんだと思う★
いつかまた再会できるのを楽しみにしてます!
お別れして、宿に一旦戻ってからロドリゴとブラジル人のチアゴと夜飲みに行くことに。
お城前の火を噴くドラゴンの前で。

夜景☆

乾杯~!(次の日早かったので私はジュースw)


これは名物のピエロギ!
まじで水餃子って感じw 不思議な気持ちになったけど美味しかったです!

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宿に私以外にもう一人いた日本人の健太くんと一緒に世界遺産のヴィエリチカ岩塩抗に行ってきました!
(健太くんはカナダで留学してて英語はネイティブ並み..(・o・;)
このヴィエリチカ岩塩抗、今までに見た中でも最も見応えのある世界遺産の一つになりました。
地下130m以上、どんだけ深いねん!(小さい階段を50階以上降りて行きます..)

そして...ぬあ~~っ!塩の世界!

とにかく全部塩。壁も舐められるんですw(味は当然しょっぱいw)
塩の教会があったり、とにかく広い。
2時間くらい歩き回るツアーでしたが、これは全体の塩鉱の1%に過ぎないんだとか!
最期の晩餐。塩ver.

とにかく圧倒されましたw 写真ではちゃんと伝わってないだろうけど!> <;
クラクフに訪れることがあればぜひーー!!

帰りはバスでトラブルに遭いながらも(健太くんありがとうw)なんとか宿へ。
ポーランドでの最後の晩餐は日本から持ってきてたサトウのごはん!と味噌汁!
健太くんがツナマヨを用意してくれましたー♪
いーたーだーきーまーす!

和んだ!!
スペインにいると和食無しで全然いけるけど、やっぱりこの旅では恋しくなってたのですー
他の人たちとも色々お喋りして、まったり素敵な夜だったなぁ^^
ポーランドにやって来る旅人はただ「飲むぞ!」「パーティーするぞ!」ではなくて何か違う目的があったりするユニークな人が多い気がしました。
一人旅してる人も多くて、宿の広間にいれば常に誰かと話をしていた気がします。
みんな色んな国から来ていて、この時、あぁスペイン語勉強してて良かったなと思う瞬間でした^^
みんな話すとしたら英語がスペイン語のどちらかで、そこにいたメンバーによって話す言語を選んでいたのが面白かったです。会話の途中でいつの間にかチェンジしてたりw
でもやっぱりどちらの言語も私のレベルはまだまだで、もっと話せたらもっと深い話ができて楽しめてたんだろうなぁと思うとちょっと悔しい!努力していかなきゃ。。
宿のみんなとお別れをして、夜行列車へ向かいました。
さようなら、ポーランド。私にとって大切な4日間となりました。
またそのうち戻ってこないといけないなと思う特別な地です。






























