その4 昨日の敵は・・・

 

年が明けて

2008年1月4日17時 

共産主義党北区支部の賀詞懇談会の会場に、日本生協組合の東京北ブロックエリア長に連れられて高橋は到着した。

既に、交歓会は始まっている。

立食形式で、ところどころにあるテーブルを囲むように、

皆々が歓談を楽しんでいるようだ。

そんな中地元の顔役が壇上にあがり、あいさつを行っていた。

 

当日の高橋は、忙しかった。

10時からの党本部賀詞交歓会に顔を出し、北区議員の顔役である木原を紹介される。

その後、共産主義党の関連団体で、体裁上、席を置く日本生協組合の人事部長と形ばかりの面談を行い、配属先の責任者である東京北ブロックエリア長を紹介され、今後の高橋の活動方針について説明をうける。

この半年以内に行われると見込まれる北区議会補欠選挙にでるための活動をする。

配属は、体裁上、王子生協配送センターとするが、出社の必要なし。

支援者のあいさつまわりには、その地区を統括するブロックエリア長 鈴木氏がこれを担う。

 

で、この日は、鈴木エリア長に連れられて、関係各所を回ったのち、

この賀詞交換会に到着した。

交歓会は中盤に入っており、高橋は到着早々、木原から壇上に促される。

噂は、早い。

ここに集うものは、高橋が、新聞で話題になったこと

党が、イメージ戦略でその彼を取りこむため、ごり押ししていることを

理解していた。

仲間をいじめた上に、落下傘候補としておいしいところをもってくように見えるから、

初めから、心証が悪いに決まっていた。

高橋は、壇上に進む中、冷たい視線を強く感じる。

壇上に登って、集う連中を見回すと、それが間違っていなかったことを

さらに強く感じた。

そして、高橋からみて壇上手前の右奥のテーブルには加藤元教頭先生とその仲間がいる。

高橋は目線をそらし、あいさつを始める。

当然無難な内容で、決まりきった文言を連ねたのだが、

時折、声が裏返ってしまう。

アウェイであることは、最初から覚悟していたが、実際に、露骨な態度を取られると

平成を保つのは、非常に難しい。

なんとか、あいさつの言葉を結んで、お辞儀をした。

一つの拍手もないことを覚悟していたが、右手から少人数の力ず良い拍手が聞こえる。

高橋は、顔をあげて、そちらのほうを見ると、一生懸命拍手をしているのは、

なんと加藤教頭先生のテーブルの6人だ。

他のほとんどの輩は、わざと拍手をしない状況の中、

その6人のみが、高橋に向け、やさしい顔で笑み、拍手を続ける。

そして、加藤はそそくさと壇上にあがり、茫然とする高橋の手を握り、

自分の仲間のいるテーブルまで、引っ張っていく。

高橋は、申し訳なさそうに、頭をさげる。

「先生!俺、あんなことしたにに・・・」

加藤は、高橋の手をしっかりと握る。

「高橋君も、もう共産主義党の一員でしょ。

 片ぐるしいことはいいから・・・」

「ごめんなさい!」

加藤はやさしく微笑む。

「もう。いいから、顔をあげなさい。

 もう、怒ってないわ。高橋君、本当に苦労したのね!!!

 東山さんから聞いたわ!

 先生、まったくしらなくて!!!」

高橋は久々に泣く。

人のやさしさに触れたのは久しぶりだ。

「先生!!!本当にありがとうございます。

 俺!!!俺!!!」

「これから、補欠選挙でしょ。

 わたしたちがしっかり、サポートするからがんばりましょう!

 わたしたちは、木原さんとこみたく、本部にはいい顔するくせにうごかない

 なんてことはないから」

高橋は、勇気百倍の心地がした。

少数でも、自分の味方をしてくれる人間がいるということを重大さを改めて思った。

 

補欠選挙の日は、思ったより早くやってきた。

1月18日金曜日 午前11時

党本部の東山秘書室長に北区の議員の代表格である木原より連絡がある。

「木原さん・・・おひさしぶり1月3日の党本部の会合以来かな・・・

 ちゃんと高橋君の世話見てもらえているよね・・・・」

木原は、おどける。

「わかってんだろう。

 彼の面倒は加藤女史がみているよ。

 俺も、まったく協力してないわけじゃないけど・・・

 加藤女史は、完全に俺を敵視してるぜ・・・」

「それは、あなたが、ちゃんと役割を果たしてくれないからでしょう?

 1月3日の北区の賀詞懇談会でも、ほとんど、高橋君をほっぽいていたじゃないですか?

 あれほど、頼んだのに・・・」

「あはは!!!

 俺の立場も理解してよ・・・

 けど、東山室長がねじ込んだおかげで、加藤さん一派は完全に彼の味方

 加藤さんは、やっぱ先生をやっていたせいか?加藤さんには、みんな配慮するから

 俺の支援より、よっぽどよいかと・・・

 東山室長には、脱帽ですよ・・・」

「わかりましたよ。

 けど、これから高橋君のことお願いいたしますよ。

 これは、書記長の後押しもある書記長案件と思っていただいていいので・・・

 で、用件とは・・・区長の件」

「そうそう、もう知っていたのか?、

 今朝、北区区長 お亡くなりになったそうだ。

 選挙は、2月4日公示の2月17日選挙になるみこみですよ。」

「ご連絡ありがとうございます。

 思ったより早いですが、高橋君のデビュー戦ですね!

 勝ちは見込めなくても善戦さえしてくれれば、次につながりますから・・・」

木原は申し訳なさそうに、告げる。

「で、申し訳ないんだけど、落選中の鈴木尚子なんだけど、何が何でも

 選挙に出ると言ってきかないんだ。

 どうせ、通らないんだからいいだろ!っていっても、ここで譲ったら、

 次の選挙に出れなくなるからって聞かないだよ・・・

 困っていてさ・・・」

「役割は果たしていただいていたようで、お礼を言います。

 鈴木さんの件は、任せてください。

 書記長から、区長選挙にでるように電話しますから・・・」

東山は、自信満々に答える

「でも、区長選挙は、徳山さんがでる予定だったのでは・・・」

「それは、調整済みです。徳山さんも70歳ですし、

 書記長とこの前、会食したときに、後身に席を譲ることを承諾してもらってます。

 あと、明日の東都新聞の朝刊には目を通してください。」

 「何があるんだ。

  記者に仕込んだということか?」

 「その通りです。

  高橋君にかんする記事がでます。

  同情票もとれるでしょうから、勝てないまでも善戦が見込めます。

  さらにテレビの取材も入りますので・・・

  これで、かれは、これで全国に知られるシンデレラボーイに躍り出るでしょう!!!」

木原は、尋ねる。

「あの、両親が自殺して・・・って話

 本当なの?」

「その通りです。

 そして、この話を入れます。

 結構、いい勝負になるんじゃないか?と思っています。」

「さすがだね・・・仕込みに抜かりないね!

 さすがは、室長殿だ・・・

 やっぱ、そういう話に、日本人は弱いよね・・・

 こっちでも、それが噂になって、前と違って、彼の評価、変わってきてるしね・・・」

「まあ、彼は、それだけじゃないけど・・・

 ある意味、私は、党の転換点になる重要な選挙と考えてますので

 よろしくお願いいたします。」

「承知した。」

木原は協力を約束した。

 

それから時は流れ、

2月7日 夜8:30 選挙運動の制限時間を超えて30分

北区豊島3丁目商店街の一角に構えた選挙事務所の机で、寂しくコーヒーを飲む高橋を見つけた加藤元校長は、声をかける。

「頑張っているようじゃない。

 あなたの行くとこ、行くとこ、人だかりと聞いているわ・・・

 もしかしたら・・・」

「先生だめだよ・・・

 集まる人間は、テレビで見た人間みたさだけ・・・

 俺の話なんて上の空さ・・・

 やっぱり、ありきたりの話じゃ・・・」

「じゃあ、自分の思っていること言えば、いいじゃない・・・」

「けど、党からは、方針書渡されているし・・・

 自分勝手にやると、皆に迷惑が・・・」

加藤はカッと怒る。

「誰がそんなこと言ったの・・・

 木原さん 鈴木さん それともほかのだれが言ったの・・・」

高橋は、言葉を濁す。

確かに、いろいろな人間から、好き勝手されると・・・云々と嫌味を言われた。

木原は、良心からのように思えるが、輪を乱すと、東山さんに迷惑が・・・という話もされた。

しかし、チクるような真似はしたくない。

加藤は、思い出す。

本来、この子は気遣いすぎて、思ったことを口に出さない子。

恩ある東山さんに迷惑がかかると思うと動けない。

それでは、彼はつぶされる。

「高橋君・・・あなたはほかの人と違うの・・・

 あなたは、その発信力を買われて、ここにいる。

 そもそも型に収まる必要もないし、そんなことを東山さんも望んでないわ・・・

 頭のいい貴方なら、何をすべきか?わかっているはずよ・・・

 自分のことしか考えられない党のうじ虫なんか無視しなさい!

 むしろ、私にした時のように、国民をアジりなさい!

 遠慮して失敗するより、むしろ、思うがままやって終わったほうがせいせいするでしょ!!!

 あなたには、世の中を変える力がある。

 間違わないで、あなたにとって、ここは通過点、思いっきり駆け上がっていくべきよ

 そして、あなたは、国政の場で、国のありようを変えるべきよ。

 そして、あなたには、それができる。」

高橋は加藤元校長に頭をさげる。

「加藤先生・・・ありがとう。

俺、吹っ切るよ!

自分の言葉で、国民に訴えるよ」

「そう。頑張りなさい」

高橋には、そういって励ましてくれる加藤の笑顔が、百万の味方に思えた。

心の中で、自分の言葉で吠えるべきであるとは、最初からわかっていた。

多分、それが東山さんの望みであることも、けど、一方で、それが輪を乱し東山さんを

苦しめることになるかもしれないことも・・・

改めて、加藤に言われたことで、踏ん切りがついた。

少しでも真の味方がいれば、頑張れる。

人間とはそう作られている。そう思わずにはいられなかった。

 

次の日から、吹っ切れた高橋は、朝から夜まで、吠えた。

吠えた。自分の思いを・・・世の理不尽を・・・理不尽な世の中を変えたいことを・・・

高橋の行くところ、行くところ、人が集まる。

テレビ、マスコミの力もあろう。

しかし、高橋の心からの叫びは、人を魅了した。

選挙運動も、日を追うごと、人が増えてくる。

高橋自身も、手ごたえを感じ始めていた。

最初は、高橋と一緒に行動することを嫌がっていた区長候補である鈴木も、選挙戦後半にはすりより、

一緒に行動するようになっていたほどだ。

 

2月17日 選挙日当日、

13時過ぎ、東山は東京北区豊島の商店街にある選挙事務所に入った。

既に、そこには、地域の重鎮である都議会議員の木原と、加藤元校長が談笑していた。

木原が、事務所に入ってきた東山に、明るく話しかける。

「東山さん!いらっしゃい!

 室長押しの高橋さん!すごいよ!

 本当にいい勝負するんじゃないか?」

確かに、高橋の行くところ行くところ、人だかりだった。

しかし、与党の民自党の候補と一騎打ちでは分が悪い。

そもそも共産主義党の支持率は5%弱、

選挙投票率が通常の5割強だと、

共産主義党は10%弱の得票率であり、

多数当選の区議会議会であれば、定数60人の議会で5-7名の議席を確保できるのだが、

今回の一騎打ちになれば、議席を取るのは不可能だ。

しかも、区長選挙とセットで、他の野党は、国政とでは対立しているくせに、節操なく勝ち馬にのって、民自党に協力をしている中では、どこまで善戦するかというのが、今回の目標なのだ。

加藤も続ける。

「そうよ。この2週間で、共産主義党への入党も30名もあったわ!

 彼に過激な物言いをするな って言った人もいたけど・・・」

加藤は、木原に嫌味な視線を送る。

木原は、頭をかく。

「誠に申し訳ないとしか・・・

 先見の明がありませんでした。

 彼には、思いっきりやってもらってよかったと思うよ・・・

 選挙選後半まで、人気かげることなく・・・人を引き付けるからね・・・

 彼は、きっと、この党のありようを変えていくね・・・

 ずいぶんと、北区支部のみんなも変わった。

 いい意味で、彼に毒されてきている・・・」

「ふーん。そう・・・」

東山は、当然のことのように言葉を返す。そして顔のニヤニヤ感が傍目にみても露骨だ。

「で、高橋君は、どこ?」

木原が答える。

「さっきまでいたんだけどね。

 候補者は、選挙が閉じてからくるもんだと言って、

 自宅に帰した。

 用事があるなら、呼び出そうか?

 東山さんの用事なら、すぐくるだろう!!!」

「いいや、呼ばなくていいです。夜8時回ってからで十分ですよ。

 で、書記長も8時前にここにくるから・・・」

木原は、もしやと思う。

「東山さんは、どうせ、マスコミから、この選挙結果の予想聞いてるんだろう。

 書記長がくるって言うことは・・・」

笑みがこぼれる東山は答える。

「まあ、鈴木さんは残念でしたが・・・」

「うそだろう!」

木原は大きな声を出す。

加藤元校長は、本当なの、本当なのと東山の答えを促す。

東山は声を潜める。

「まだ、選挙中ですから、口外はなしですよ。

昼までの出口調査も踏まえての予想ですけど・・・

浮動票どころか?民自党の票も流れてくるようで、7:3で高橋君の完勝です。

昼時点の予想ですけど、もうこの流れが変わることないでしょう?

8時投票締め切りと同時に当確がでます。」

その言葉に木原は、興奮する。

加藤は、大粒の涙を流している。

「鈴木さんも、高橋君人気に乗って、善戦ではあるんだけど、高橋さんと逆で、3:7です。

 当初の読みは、1:9ですからまあ頑張ったほうでしょう」

木原がつぶやく

「俺、黙っている自信がねぇ~

 とにかく、8時前にみんな集まるように連絡しなきゃ・・・」

東山が注意する。

「くれぐれも、選挙中なので、結果予想については、他言無用ですよ・・・

 書記長が来る件は言って頂いて問題ないので・・・

 あと、テレビカメラもきますから・・・」

「本当、準備万端だね

 去年の12月25日から、これを予想していたかのようだ・・・

 東山さん

 あなた、彼は、党を変えるといったけど・・・

 本当、その通りだ。

 なんか俺も、久しぶりに、日本を変えるために頑張りたいと思えているし・・・」

 東山は二人に向かって、顔を引き締める

「これで、終わりじゃない。

 これから始めるんです。これから国を変えていく

 気を引きしめていきましょう」

と言いつつ、すぐに東山の顔をほころぶ。

涙の引いた加藤元校長は、銀座に当選祝いを買いに行くといって、そそくさと事務所を後にした。

 

午後8時前、高橋は、事務所にいた。

両隣には、波書記長と都議会議員の木原が横を固める。

8時ジャストからは、高橋にとっては、スローモーションの中にいるようだった

当確の放送が入り、フラッシュがたかれ、

当選祝いの花束を片手に、だるまの目に黒丸をつけ、駆け付けた支援者の喝さいの拍手を受けた。

支援者の皆々と握手をし、歓談し、

加藤元校長からは、議員生活に使ってと高級万年筆を送られた。

あっとゆうまの4時間だった。

午前1時、高橋は、王子7丁目にある都営住宅101号室の自宅に戻っていた。

高橋は、この1か月を振り返り、多くの人に支えられた日々を思いかえす。

チャンスをくれた東山さん、罵倒したにも関わらず、支えてくれた加藤元教頭先生には感謝しかない。

もらった万年筆を眺めながら、今後のことを考えていた。

 

ふと携帯電話がなった。

「ちー坊か?」

きき覚えのある声に、高橋の背筋に寒気が走る。

 

次回 消したい過去…