一年前は、愛する家族と日本海を見ていた。
今日は、愛する人とごはんを食べていた。
レストランはとてもあたたかくて、一面の窓から、車も、大人も、子供も、見えた。
それは春に向かう、やわらかな日曜日だった。
一年前は、愛する家族と日本海を見ていた。
今日は、愛する人とごはんを食べていた。
レストランはとてもあたたかくて、一面の窓から、車も、大人も、子供も、見えた。
それは春に向かう、やわらかな日曜日だった。
2012年、世界中が愛に満ちた一年になりますように。
目に見えない色々なものは信じて、占いや迷信は信じない性質ですが、それでも、さざ波程度にいつからか、何かの予感というのを感じるようになったのです。
自分の意思とは違うところで動いている何か。
さあ、30までに何が起こるの、起こすの、一つのクライマックスやぁー
うわー最近全く文章書いてなかったはー
あ、私的な、か。
何というか今更、語学バカになってパートナーにうざがられている今日この頃。
アルファベット見るとテンション上がる!どゆこと!
まだ暑かった頃に、思ったことなんだけれど、
私は徹底的に、冷静で冷酷で理性的に生きていると思っていました。
でもかなり感情的、情動的なのかもなぁ。まぁ女だし、
検証するのが好きで(というか癖で?)、事あるごとに何でだろう何でだろうと考えてきましたが、
結局自分の人生の進み方はシンプルだった。
諦観ではない、とてもあかるいと思うことですが、
この世に決まったこととか、変わらないものなんてそんなにない。
固まっている多くの物事は、私にとって魅力的じゃない。
ただ自分がどうしたいか、どう感じるか、いま痛いんかやなんかいいんか、
あ、何の分野においても、クリアな状態、自然な状態を意識下のもと作りだすのは
とても困難なことで、
すると対人の場合そうなるってことは、やっぱすげえことなんじゃないか。
誰かのその状態を作り出せるとしたら、それはとてつもなく尊いことなんじゃないか、
昔、激しく恋をしていた頃、
自分は毎日生まれ変わる(は!?)、という相手の言葉ほど、私を絶望させるものはなかった。
私がその人に追いついたのか、元々世界の成り立ちがそうなのか知らないけど、
まさかの自分の心も、そうなりつつある近年。
全てがリセットされる日はある。
東京での、夢や幻や感情、覚えた言葉や愛し方でさえ、すべて、
そのとき残っているものも、めっちゃシンプルと思う。
色々変わるなぁ、定まらない愉しさよ、
つか、自分について、とかもういい加減、飽きてきた。
生物の自然な流れに身を任せたいなぁー