新年ですね

2023年になりましたね!

喪中のため、新年のあいさつは控えますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、今年の目標なんかをお話しようと思うのですが、

まず第一に「健康に過ごす」を目標にします。

 

去年はなんだかんだ体調を崩しに崩しまくり、急性腸炎になったり、適応障害と診断されたり、何なら今4ヶ月生理来てないというとんでもない状態なんですけど、今を懸命に生きていく、というのが目標ですかね。

妊娠していないのは婦人科に行ってわかっているんですが、採決の結果をもらわなきゃいけないのでまだまだ通院が必要かなと…。

困ったものですホントに…。

 

こんなに生理こないの初めてなんだけどなぁ。

どうしちゃったんでしょうかね。

 

あとは研修を終えて、必死に店舗研修を頑張っていますが、なんと予定が変わりひとり立ち期限(過ぎても可)がもう目前に迫っているという…。ほんとどうしようですよ。

急に期限変わったもんだからもうてんやわんやですよ。こまったこまった。

 

まぁでも一生懸命真面目にやり抜くことには変わりないのでね。

誠実に真摯に、仕事に励みたいと思います。

 

そして、いつかキラキラした人生を歩めるように。

健康に、ひたむきに、真面目に過ごします!!

 

今年もあかまこをどうぞよろしくお願いいたします!

 

今日はお休み!

久々に昼寝をするなどのんびりしました😴

そんな私はこんな夜更けに明日のお弁当のおかずを作ってました。


え、偉すぎる...(自分で褒めていくスタイル)


なんか冷食を使うとたくさんお金を使っている感覚がしてどうもダメで...


おかずは基本全部作ってるんですけど、この前実家からお肉が届いたので、チャチャッとこんなもの作ってみました。




ててーん!!!

ピーマンの肉詰め🫑


おたふくソースとケチャップ使って簡単にソースも作って。


う、美味すぎる...!!!うまいぞ...!!!


幸せにひたったあかまこでした。


短いブログですが、たまにはこんなのもいいかなと。

それではまた!

 

 研修終わりました!

研修終わりました~~~!

あっという間の10日間でした。

 

研修最終日は本当にあっという間に過ぎ去っていって、気が付いたらお別れの時間でした。

最初始まったころはだるい、めんどくさい、かえりたいとか言っていた私が、毎日通うのが楽しくなっていって、最終日皆にコメントを言うときにびーびー泣いてしまいました。

 

研修には人事教育のトレーナーさんがいるのですが、正直私は出来がいいほうではありませんでした。

何度やってもうまくいかない、自分に向いていない、やっぱり適応障害の私に仕事は無理なのかな…、とひたすら自分と向き合ってそのたびに責めていました。

 

でも、トレーナーさんは絶対に褒めてくれる。

 

前回より良くなったところを必ず言ってくれる。ちゃんとできているよって。自分を認めてくれる。

そこから「自分でいまのどう思った?」って必ず聞いてくれて、私の思った感情に寄り添って、次はこうしていこう、ああしていこう、大丈夫。やればできるから。って。

そう認めてくれるんです。

 

その言葉が本当にうれしくて。

 

最後、トレーナーさんがみんなの前で自分の過去を話してくださって、その時に「忙しそうだからって聞きに行くことができなかった、それで思い詰めていたものとか、張り詰めていたものが全部あふれて大号泣した」とおっしゃっていました。

 

それがすごい自分に重なったんですよね。

私もそのタイプで、今忙しそうにしているから、聞かないほうがいいかな、とか後回しにして、それでメンタルがつぶれる。

まんま、今までの私でした。

 

でも、今回の研修はなんだか違くて。

わからないことをその場で聞けるようになって、気遣いや言葉のニュアンス、言い方のところで私の足りないところや、知識としてこれはどうなのか?というのを感じたときに、思い立ったら今聞こう!と行動できるようになりました。

そうすると必ずトレーナーさんは応えてくれる。それが本当にうれしくてうれしくて。

 

ひとりひとりこの研修でのコメントを発表していったのですが、あんなに泣くつもりじゃなかったのに自然と涙があふれて、びしゃびしゃになり、メイクもぐちゃぐちゃになりました(笑)。

それでも、本当に楽しかった。

1日も遅刻せず、お弁当も作り、いつからか、気持ちはしゃんと前向きになっていて。

 

最後に、トレーナーさんに個人的にありがとうございましたとお礼を言いに行ったのですが、言葉が出てこなくて、涙がぶわっとあふれてしまって、しばらく話せませんでした。

そんな時でもトレーナーさんはニコニコと笑ってくれていて、話すのを待ってくれました。本当にどこまでも優しい人です…。

 

ちゃんとありがとうございましたと伝えることができました。

 

「あなたはいつも自分を後回しにしちゃうところがあるから、ちゃんと自分を大切にしてね。」

「大丈夫、あなたなら落ち着いてやればできるから。」

 

10日間でここまで自分を知ってくれているなんて、ほんとにトレーナーってすごいなって思いました。

 

そうやって感謝の言葉を伝えている時に、急に言葉が出てこなくなった瞬間があるんです。

泣きすぎて言葉が出てこなくなったんじゃなくて、「こんな覚えの悪い私を」とか、「出来が悪くて迷惑ばかりかけてすみませんでした」とか、そういう自分を卑下する言葉が急に喉をつっかえたように出てこなくて。

 

その時に気が付いたんです。

あぁ、私、心も変わったんだ、って。

 

だから、「いつもならこんな覚えが悪くてとか、迷惑ばかりかけてとかって言葉が出ちゃうんですけど、どの言葉もトレーナーさんに失礼だなって気が付けて…。心を前向きにしてくれて、変えてくれてありがとうございました」ってぐしゃぐしゃになりながらも言葉にできました。

その時、ちょっとだけトレーナーさん涙がにじんでて、私の言葉を真正面から受け止めてくれるんだって感じました。

本当に、どこまでもどこまでも素敵なトレーナーさんです。

 

ここから店舗に戻ってまた新たな生活が始まります。

店舗に戻っても研修のその先があって、時にはつらいこともたくさんあるだろうなとちょっとビビっています(笑)。

 

でも、不思議なことに、この研修を最後まであきらめずに頑張れた今なら、胸を張って言えます。

今までは自信がなくて、目に見えない不安におびえていたけれど。

 

わたしなら、落ち着いて、やれば、できる。

わたしなら、できる。

 

これからも心に負けずに、しゃんと前を向いて、頑張ります。

 

以上あかまこでした。

皆さんの心に、幸あれ!

 

お久しぶりです。あかまこです。

 

久しぶりのブログになってしまいました。

 

今、新しく入社した会社の研修で毎日せわしなく生活しています。

6時に起きて8時に家を出て、会場に着いたら研修をして、くたくたになって帰ってくる。

けれど、心はとても満たされていて、なんだかんだ充実しています。

 

いろいろ難しくて壁にぶち当たっており、悔し涙を流したんですが、そんな時には彼氏に助けていただいて…。

本当に素敵な人に出会えたなぁと思います。

 

適応障害になってからというもの、自分と向き合いつつ研修をしていたんですが、気付いたことがあります。

 

自分に興味のあることを仕事にすることはとても楽しいということ。

 

化粧品やスキンケア商品をしったり、肌のことを知るのは本当に楽しくて、私の大好きな教科でもある日本史の勉強をしている気分。

自分の興味のあることを勉強している時って、なんだか勉強している感覚じゃないんですよね。

 

新たな知識をインプットしているというか…うまく言えません。

 

年齢も26歳を迎えて、自分の肌やスキンケアを深く考えるようになっていたのでとっても楽しい。

私はわかりやすすぎるくらいの混合肌で、クレンジングも洗顔もメイクもいろいろと寄り道したり迷子もしているのですが、こういう肌タイプの勉強もしたんです!

 

きれいな肌になりたいので、なにかいいのがあったらまたお伝えしますね。

 

短くはなりますが、本日はこの辺で。

 

自分の心に素敵な変化がありますように。

それではまた!

 

博多旅行に行ってきました

 

こんにちは。あかまこです。

 

11月4日~6日にかけて、博多旅行に行ってきました。

彼氏といったのですが、美味しいものを食べて、とても幸せな時間を過ごすことができました。

 

早朝の便で出発したのですが、途中見えた富士山がとってもきれいでした。


朝日を浴びる富士山


雪がけうっすらと積もっていて、普段見ることのできない上からの富士山でした。

とってもわくわくするのと同時に、今年の5月に亡くなったおじいちゃんのことを思い出して、すこしホロリ。

 

私の父の実家が宮崎にあり、夏の時期は毎年帰っていました。

ですが、仕事の都合が合わずなかなか帰れずにいたころ、母親から1本の電話がありました。

 

「宮崎のおじいちゃんが亡くなった」

 

本当に突然のことだったので、実感のわかないままお葬式を終えたのですが、涙はとても出ていて。

飛行機に乗るのは宮崎に帰省するときくらいだったので、次に宮崎に帰るころにはおじいちゃんがいないんだと思うと物悲しくなってしまって、泣いてしまいました。


彼にはバレないように窓側を向いていたのですが、元気がないのを察したようで、どうしたの?と声をかけてくれました。

正直におじいちゃんの件でしょげていたと伝えると、手を握ってくれました。本当に優しい人です。


そんなこんなで着きました!

博多駅とうちゃく!

朝早く到着して、ご飯も食べずに出てきたので2人してお腹がぺこぺこ。現地で朝ごはんを食べました。


ご覧下さい。

この古き良き日本の朝ごはん。


はかた天乃 KITTE博多店


最初はもっと映え〜なお店に行く予定だったのですが、結構な並びだったので2人して挫けちゃいました。

白米味噌汁の質素なご飯食べたいねと話していて、調べたところ、上のお店が出てきました。

 

​これが美味しいのなんの。

お魚に脂がのりにのっていて、噛めば噛むほど旨みと脂がじゅわ〜っと広がるんです。どうしたもんか。

旅行のスタートダッシュが決まり、これは最高の旅行になるなという予感をひしひしと感じました。


そんなこんなでお昼はめんたい重!

...悲しいことになんと1日目のご飯の写真は朝ごはんのみです。お腹がぺこぺこでもう気がついたら全部なくなっていました。ずーっと美味い美味い言いながら食べていました。


さながら杏寿郎さんのよう。


ホテルに着いてぐっすり寝たら、外は真っ暗ご飯時。

少し歩いて屋台通りに行きました!

ここのとんこつラーメンやらおでんやらがおかしいくらい美味しかったです。お出汁がしみしみラーメンずるずる...幸せを噛み締めました。


ひとまず1日目はこんな感じですかね。

また後日お話しますね。お楽しみに。


以上あかまこでした。

 

はじめまして。あかまこです。

 

こんにちは。

はじめまして。あかまこと申します。

 

私のことを知っていただくために、まずは自分の経歴を話そうと思います。

 

 

 

22歳、パニック障害に。

 

 

よくある話です。お局様のご機嫌を取ることができず、ひたすらに嫌われていました。

最初のころは新人だからと仲良くできていました。

 

ですが、2ヶ月が経った頃。

雲行きが怪しくなりました。

 

「前にも1回教えたよね?」

「なんで1回で覚えられないの?」

 

ゴルフ場のレストランで働いていたのですが、どこに何があるのかすぐにわからず、自分で探すと時間がかかると思った私はその時一緒にいたお局様に聞きました。

返ってきたのは、ため息と嫌味でした。

 

すみませんと一言謝り、その場はしのいだものの。

 

その日から私の地獄は始まりました。

 

周りのスタッフにこれはこうですか、あれはこうですよねと仕事を進めていると、どこからともなく大声で聞こえてくる罵声。

 

「なんで教えてあげてんのにできないの?」

「バカはいらないんだよ」

「あいつはおかしい」

 

負けちゃいけないと、ひたすら耐え続けました。

泣いても罵声を浴びせられる。だから、ずっと我慢をしていました。

 

そんな時、先輩の1人がおもむろにノートを取り出して私に見せてきました。

 

「お局様のノート、見る?」

 

正直、震えました。

時折ノートを取り出して何かを力いっぱい書き殴っている背中を見てはいたのですが、個人のものだからと中身までは見ていませんでした。それに、仕事関係のことをかいていたら私が見てもわからないだろうし。

なのに、人間の好奇心とは怖いですね。先輩と一緒にそのノートを見てしまいました。

 

そのノートに書いてあったのは、お局様が自分や周りの人間に対しての不満がぐちゃぐちゃに書かれており、

名指しで〇ねと書かれていました。

 

不満の吐き出し方は人それぞれです。

それこそ、口に出すのではなく、ノートに書いてうっ憤を晴らすでもいいでしょう。

それでも、名指しで不満を山のように書かれ、4ヶ月も経ったころには無視をされるようになった。

 

そんな環境で強く生きるのは難しくなっていきました。

 

絶対に間違えちゃいけない。

ミスをしてはいけない。

完璧に仕事をこなさなければいけない。

 

そう考えれば考えるほど。

 

間違えて。

ミスをして。

完璧に仕事ができなくて。

 

人が少ないから仕事をやめるわけにはいかない。

そんな私が仕事を続けるために、心を保つために始めてしまったのは、自傷行為でした。

 

カッターで腕を切るのは痛いから、ひたすら左の手首を爪でひっかいていました。

腕をひっかきました。手の甲をつねりました。声も出にくくなり、出せ、と首の皮をつねりました。

 

ひっかけば痛くない。つねれば傷は残らない。そんなことしか頭になくて。

気が付けば手首と腕はかさぶただらけ、手の甲と首は内出血であざだらけでした。

 

両親は、だんだんと私の目が虚ろになっていくのを感じていたそうです。

いつもの私じゃない、というのを何となく感じていたようですが、特に手は差し伸べられませんでした。

でもどうしても助けてほしいと思った私は、相談をしました。

母は看護師で、元々精神科に勤めていたこともあったため、いろいろな助言をしてくれました。

 

ですが、父は自衛官で「俺より厳しい環境はない。泣き言を言うな。」とお説教が始まりました。

 

母が制止をかけましたが、ボロボロだった私はお説教中の父の話を遮り、自室に閉じこもりました。

父に反抗したのは、人生でそれが初めての経験でした。

 

そんなボロボロなのになぜ辞めなかったのかというと、その当時、私は声優の養成所に通っていました。

それだけが、生きる理由でした。

養成所のレッスン費は自分で払っていたため、やめるわけにはいかなかったのです。

 

そうして続けていったある日。

 

過呼吸と痙攣をおこし、救急搬送されました。

 

気が付いた時には真っ白な天井が視界に入り、ベッドに横になっていました。

腕には点滴をされていて、精神安定剤を打たれたせいか、頭もぼーっとしていて。

母の迎えでその日は家に帰りました。

 

 

ですが、仕事はやめていませんでした。

 

 

心身ともに限界だから、もうやめるべきだと今でこそ判断が付きますが、私はやめませんでした。

 

続けないと、父に何か言われる。

続けないと、お局様に何か言われる。

続けないと、他のスタッフに何か言われる。

 

正常な判断がまったくできていなかったのです。

 

そんな時に精神科に通うことになりました。診断結果は『パニック障害』。

抗不安薬などを処方された。「飲み続けながら様子を見ましょう」と、先生は優しく声をかけてくれた。

 

それでも、ダメだった。

 

1ヶ月で4回救急搬送された。

 

仕事の休憩中にODして、気絶し、気が付いた時には休憩時間をとっくに過ぎていて、「あぁ、やってしまった」と、過呼吸、痙攣を起こし泡も吹いて運ばれた。

 

やっと限界なんだと、周りに理解をしてもらえた。

 

退職手続きはすべて母がしてくれました。本当に感謝しています。

父からは、なにか言葉をかけられたような、かけられていないような。覚えていません。

でも、口数は前より格段に減っていて、こっそり母から「お父さん、言いすぎたって反省していた」と聞かされました。わけもなく涙が出ました。

 

そうして治療を開始して数年。

発作も起きなくなり、社会に出て、1人暮らしを始めた。

それなのに、まだ終わっていませんでした。

 

26歳。適応障害に。

 

これもまた、お局様だ。つくづく運が悪いのか、なんなのか。

無視はされなかった。でも、仕事に関する進め方で、そりが合わなかった。

 

「前に1回教えたよね?」

「なんでできないのか理由を説明して」

 

あぁ、まただ、と目の前が真っ暗になった。

そして私は、逃げるように先日やめました。

 

26歳。金はなく。

お付き合いを初めて日の浅い彼氏がいる。

 

本当に、ただそれだけ。

 

だから、強く生きたい。

以前の自分には合ったキラキラした何かをまた取り戻したい。

強くなりたい。

 

そう思って、ブログをはじめてみることにしました。

幸い、就職先はすぐに決まっていて。

どんなにしんどくても、つらくても、逃げないって決めました。

 

厳しくて泣いても、それでも、頑張れる理由が自分の将来にあるはず。

付き合いたての彼氏は、本当によくしてくれる。

この先、別れるのかも、結婚するのかもわからないから。

 

この1年は、自分のために費やしていきたいと思います。

 

長々と失礼しました。

 

どうぞ、あかまこをよろしくお願いいたします。